第23話 新しい仲間と共に

 狭山アイを背負いながら、カイとリサはダンジョンの出口へと急いでいた。アイの呼吸は弱々しく、いつ途切れてもおかしくないほどだった。


「もう少しで出口だ……! リサさん、先に外の様子を確認して!」


 カイがそう叫ぶと、リサは「任せて」と短く答え、紅蓮の光をまとって洞窟の先へ駆け出した。


 出口に差し掛かったリサが目にしたのは、異様な光景だった。


 大な二体の大蜘蛛が、互いを引き裂くように戦っている。お互いにダメージを負っているが、一体の青い目の色をした方の蜘蛛が激しく傷ついていてる。その横には既に息絶えた大蜘蛛が倒れていて、周囲にも無数の子蜘蛛の死骸が散らばっていた。


「……あれは……」


 リサの視線は、傷だらけになった青い目の大蜘蛛に向けられた。


 その背後には逃げた人々の足跡がかすかに残っており、それが事態の全貌を物語っていた。


「リサさん、何があったの!?」


 遅れて到着したカイが、その光景に目を見開く。


「青い目の方……君が従えた大蜘蛛みたい。ここでずっと守ってたみたいだね……。」


 リサの言葉に、カイは信じられない表情で傷ついた大蜘蛛を見つめる。


『我が主よ……人間たちはすべて避難させました……しかし私は、もう……』


 かすれた声で青い目の大蜘蛛が語る。その体には深い傷が刻まれ、今にも倒れそうだった。


「ありがとう……でも無理をさせてごめんね……」


 カイが駆け寄ろうとした瞬間、赤い目の大蜘蛛が青い目の方の蜘蛛にとどめを刺そうと足を振り上げた。


「させない!」リサが瞬時に矢を構え、紅蓮の輝きを宿す。



「いけぇ!——紅蓮爆裂」 —ズヴァーン!


 炸裂する炎の矢が赤い目の大蜘蛛を貫き、一撃でその命を奪った。


「君も逃げればよかったのに……」


 カイが青い目の大蜘蛛の体に触れると、その傷ついた体が微かに震えた。


『いえ、蜘蛛の姿のままでは外の世界で混乱を招くでしょう。私がここに留まることが、主への最後の忠誠だと……』


 その言葉にカイは拳を握りしめた。そしてふと思い出し、ポケットから進化の魔石を取り出した。


「ねえ、この魔石を使ってみて。もしかしたら人間の姿になれるかもしれない。それなら、一緒に外に出られるよね?」


『……そのような希少なものを、この私に?』


「当然だよ。君はボクの仲間なんだから!」


『私を、仲間と……』


「もうここに味方はいないんでしょ?孤独な君だけ残すなんて出来ない、一緒にここから出よう」


 大蜘蛛は一瞬ためらったが、カイの優しさと真剣な瞳に打たれ、静かに頷いた。



『——わかりました、人の姿へと進化し、これからもお仕えいたします……』



 大蜘蛛は進化の魔石を受け取り、自分の核と融合させる。

 

 体が青白く輝き始め、その姿は次第に変わり、蜘蛛の脚が引っ込み、長い黒髪がなびく。


 輝きが収まると、そこに立っていたのは、カイと同じ年頃の少女だった。


「え……人間になった!?」


 リサが驚きの声を上げる。


「え、あの、君はあの大蜘蛛なんだよね?」

「……しかもけっこう可愛いじゃないの」


 カイとリサはその変わり様に驚いているが、進化した大蜘蛛冷静に答えた。


「はい、なるべく主と釣り合う姿をイメージして進化しました。この容姿でよろしいでしょうか?」


 冷静な声とともに頭を下げる少女。その額には青いガラス玉のような飾りが三つ並んでいる。


 するとリサがさらに驚いた声をあげる。


「しゃべった!そんな声してたんだ……ていうか声も可愛いんだけど」


「あ、彼女はボクとはずっと喋ってたよ。人化で声がせるようになったんだよ」


「あっそ!こそこそと、二人でよろしくやってたんだ〜」


 するとカイは首を傾げて困った顔をした。


「え……なんでリサさんイライラしてるの?ボクなにか悪いこと言ったかな……」


 すると人化した大蜘蛛はカイの前に一歩前に出て、ひざまずいた。


「我が主、私に新しい名を与えていただけますか?」


「あの……その『我が主』って呼び方やめようよ……」


 カイは困惑し、頭を抱える。


「では……何とお呼びすれば……?」


「『カイ』って呼んでくれていいよ」


「まさか、主を呼び捨てには出来ません。では『カイ様』とお呼びしますね」


 リサが横で吹き出しながら、軽く肩を叩いた。


「カイ様、ねえ。いいじゃん、似合ってるじゃん!」

「もうやめてよ……」


「ではカイ様、どうか私に名をお与えください。人間社会で生きるのに、ふさわしい名前を……」


 深々と頭を下げるその様子に、カイは思わず頬を掻いた。


「名前か……そうだね。何がいいかな……」


 カイは考え込み、しばらくの沈黙が続く。


 リサが腕を組んでため息をついた。


「早く決めなさいよ。せっかく人間になったのに、このままだと『元・大蜘蛛』とか呼ばれちゃうよ?」


「うーん……じゃあ、『無名ムメイ』とかどう?」


 カイが控えめに提案すると、リサが目を丸くして振り返った。


「ちょっと待って、それ本気!? 」


「えっ、なんで? シンプルでかっこいいと思ったんだけど……」

「何も考えてないでしょ! こんな可愛いのに台無しじゃん」


 カイは無垢な顔で答えるが、リサは呆れたように大きくため息をつく。


「カイ、そういうのを『デリハラ』って言うのよ。」

「デリハラ?」カイは首を傾げる。「なにそれ?」


 リサは指を突きつけ、得意げに説明を始めた。


「デリカシーハラスメントよ! 相手の気持ちも考えずに適当なことを言ってる無神経な行動のこと! まさに今のあんたみたいなやつ!」


「いやいや、そんなつもりじゃないよ! 名前をすごく真剣に考えた結果なんだけど!」


 カイが慌てて弁解するが、リサはさらに畳み掛ける。


「だってさぁ『無名』って、名無しってことじゃない? 進化してせっかく新しい姿になったのに、その名前ってどうなのよ!」


「……そ、そう言われると……確かに」


 カイは肩を落とし、再び考え込み始める。


 進化後の彼女はそのやり取りを静かに見守っていたが、カイを気遣うように口を開いた。


「主のお言葉であれば、どのような名でも私は喜んで受け入れます。どうぞ、最良と思うものをお選びください。」


 その健気な言葉にカイはさらに困惑し、頭を掻いた。


「えっと……そうだな……じゃあ……『メイ』はどう?」


「メイ、ですか?」


彼女はその名を繰り返し、静かに頷いた。


「響きが美しいですね。ありがとうございます、カイ様。」


 リサが横からひょいっと顔を出し、半笑いで口を挟んだ。


「やっとそれっぽい名前になったじゃん。うん、この子のイメージに合ってると思う。」


「え?そ、そうかな……」


 カイが赤くなりながらそっぽを向くと、リサは大きく笑った。


 メイはそんな二人を見ながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「カイ様、リサ様。お二方のやり取りはとても活気があって素晴らしいですね。」


「……メイ、ちょっと褒め方がズレてない?」


 リサは目を細めながら苦笑した。


 その時、洞窟の薄暗い空間に、かすれた声が響いた。


「あの……なんか、もう体が……」


 狭山アイが弱々しく背後から声を漏らすと、メイが即座に駆け寄り、膝をついて彼女の顔を覗き込んだ。


「カイ様、彼女は危険な状態ですので治療しますね」


 メイが柔らかい声で告げると、手のひらに青白い光が宿る。そこから淡い輝きが広がり、狭山アイの体を包み込み癒していく。


「すごい……メイ、そんなこともできるんだね!」


 カイが驚きの声を上げると、メイは静かに頷いた。


「はい、私は元々、回復とタンクを担当してたので」


「だから、あんな多数と戦っても耐えられたんだね……」


 アイの顔色が少しずつ戻り、呼吸も安定していく。リサが隣で腕を組み、目を細めながら呟いた。


「やるじゃない、メイ。回復までできるなら、私たちの負担が減りそうね。」


 メイが光を収めると、少し険しい顔で言葉を続けた。


「しかし……完全に治療するには、適切な設備と時間が必要です。この場での回復は一時的な応急処置に過ぎません。」


「外に出たら、きっと助けがあるはずよ。急ぎましょ!」


「うん……すぐ外に出よう!」


 カイが立ち上がり、狭山アイを支えながら歩き出す。


 リサが先導し、四人は洞窟の出口に向かって進んだ。


 ダンジョンの出口を抜けた瞬間、四人を包み込んだのは、眩い太陽の光と轟くような喧騒だった。


「な、何これ……?」


 リサが目を細めながら立ち止まり、周囲を見渡す。


「あ!出てきたぞ!」

「本当だ!こっち向いて!」


 そこには数百人もの人々が集まり、カメラのフラッシュが絶え間なく点滅していた。記者たちはマイクを持ち、必死に前へ押し寄せる。その後ろではスマホを掲げたギャラリーたちが何かを叫びながら写真や動画を撮り続けている。


「本当にS級ボスを倒したんですか!?」

「あの後ダンジョン内で何があったんですか!?」

「その救助された女性はどなたですか!?」

「黒髪の女性は誰ですか?」


 無数の声が入り混じり、質問の嵐がカイたちを飲み込んでいった。


 あまりの注目に呆然と立ち尽くすカイ。


 考えてみれば300万人が視聴する前で、前人未到のS級ダンジョンを、たった二人で攻略したのだ。


 この状況を予測しておくべきだったとリサは嘆いた。

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