第21話 赤が似合う君へ〜紅蓮の誓環〜
溶岩湖の中央で超高熱で発光するイフリートは、元の形を失い、ただ燃え盛る炎の竜巻と化していた。
かつて人型をしていたその姿は、白炎へと完全に溶け込んでしまい、もはや人間が触れられる存在とは思えない。
白炎の渦が天井まで届き、湖面を揺るがせ、無数の爆発を引き起こす。空気は燃え尽きる寸前のように薄く、灼熱の熱波が襲い掛かる。
『我が名はイフリート!太古の星を焦がし、天地を焼き尽くした“炎の原罪”なり!』
空間を震わせるその声の前で、リサはカイの作った防壁ドームに守られつつも立っているだけで精一杯だった。
「……炎の原罪……?」
リサの喉が渇ききったように掠れる。目の前の存在が、どれだけ常識外れの強さを持っているのか、肌で感じるしかなかった。
『我は怒りそのもの。この地を焼き払い、すべてを灰とするために存在する。貴様ら人間が、この我が怒りの意味を知ることなど、その儚い寿命では不可能というものよ』
イフリートの声は轟音と共にリサの耳を打つ。溶岩湖はさらに活性化し、泡立つマグマが飛び散る。その灼熱の飛沫がカイの前に降り注いだが、彼は微動だにせず、その蒼い光で炎を受け止めていた。
「でも——ボクには理解できるんだよ……」
カイは白炎の竜巻を見据えながら、静かに前へと進み出た。彼の周囲に輝く蒼い光は、まるで怒れる炎を沈めるかのように、どこまでも穏やかだった。
「ボクは“原初の調和”を知るもの。水、火、風、地——そのすべてを統べる存在だ」
『原初の調和だと……なぜその理を知っているのだ……』
「あなたが”原初の怒り”なら、ボクはそれを包み込む“終焉の静寂”だ」
その言葉に、リサは目を見張った。カイが発する言葉には、威圧ではなく静謐な力が宿っていた。イフリートの炎すら、彼の言葉に揺らぐように感じられた。
『黙れ、愚か者!貴様に分かるはずがない!人間に我が怒りを沈める力などない!』
白炎の竜巻がさらに勢いを増し、全空間を埋め尽くそうとする。それは、すべてを飲み込む暴虐そのものだった。
ティックバードは防御ドームに守られたリサの側から離れずに配信を続けている。
【リサちゃんに近すぎて萌え死ぬ!】
【カイきゅんきゅんとなら燃えていい】
【なんか洞窟が溶鉱炉みたいになってないか?】
【これくらったら火傷どころじゃねえぞ】
【カイ、どうやって倒すんこれ】
カイは蒼い光に包まれた手をかざし、深く呼吸を整える。その瞳には、炎と水、風と地が交わるイメージが浮かび上がっていた。
「怒りは破壊を生むだけじゃない。その裏にある悲しみや嘆き、ボクはそれを受け止めるよ」
蒼い奔流がカイの手から解き放たれる。それは炎の竜巻に立ち向かい、空間を満たしていく。
蒼と炎が激しく拮抗し、爆発が起こるたびに水蒸気がイフリートを覆い尽くす。だが、やがてその爆発が和らぎ始め、炎の勢いが徐々に沈静化していった。
『何故だ……何故、灼熱が弱まる!?』
イフリートの声に動揺が滲む。カイの放つ蒼い奔流が、溶岩湖の熱を奪い、炭化していた大地を冷却していく。その冷えた地面に、雨が降り注ぎ、やがて小さな緑が芽吹き始めた。
「大地と水、風と火——すべては輪廻している。調和を拒んで怒りに身を委ねる炎なら、いつか孤独に燃え尽きるだけだ」
カイはもう一歩、白炎の渦の中心に向かって踏み出した。
『我が……孤独だと?我が怒りは……破壊と破滅の原初!それを否定するというのか!?』
イフリートの声が揺れる。カイは首を振り、静かに答えた。
「ボクは否定も肯定もしない……ただ力は破壊だけのためにあるんじゃない。怒りを超えた先で、誰かと繋がるためにあるんだ」
徐々にイフリートの白炎が弱まり、その中心から赤い核が姿を現した。それは怒りを司る、荒ぶる心臓そのもののように、脈動していた。
『貴様がこの原初の赤に、その核心に触れらるとでも思うか……!』
カイは躊躇なく手を伸ばし、その核をそっと包み込む。すると、炎の渦が完全に鎮まり、空間には静けさが訪れた。
『……貴様、何者だ?』
イフリートの声だけが、空間にかすかに響く。
「ボクは、ただの人間だよ。ただ……千世、いや万世の孤独に耐えただけだ」
核が微かに光り、イフリートの声は次第に穏やかになる。
『調和……ひさしくその言葉を忘れていた。かつて我が炎は、人間と共に燃えていた……。だが、人間の『諸行』に落胆した『無常』が、我を怒りの赤に染めたのかもしれんんな……』
イフリートの赤い核が一際の輝きを放ち、小さな赤いクリスタルのような形状へと変化した。
さらにその周囲に銀色の輪が現れ、やがて赤い宝石が収まった美しい指輪となりカイの手に残された。
『我の力を、お主に託そう。我が怒りを鎮め、原初の調和を知る者よ……』
声が消えると同時に、溶岩湖が静まり返り、炭化していた地面には緑が広がり始めた。
【やばい、なんか目から汗がとまらない】
【本当だ、なんでわたし泣いてるんだろう】
【おまえらもか?俺もだ……】
【今一瞬、カイが神様みたいに見えたんだが】
【イフリート倒したんだよな?】
【SS級の化物をカイがやったんか……まじか】
同時接続数——300万人(入場規制中)
その信じられない光景にリスナーの誰もが、驚きと余韻に浸っていた。
そしてリサも、ゆっくりとカイに歩み寄っていく。
「……カイ……あなたって、本当に何者なの……?」
リサが呟く。彼女の中に浮かぶのは、感謝と驚き、そして彼の正体への強い疑問だった。
「ボクはただ、君を守りたいと思っただけだよ。」
カイは微笑み、イフリートが残した指輪を見つめる。
「あ……リサさん、手を見せて」
するとカイはり静かに手を伸ばし、イフリートの核から生まれた指輪を、リサの左手に滑り込ませた。
まるでその行為が自然なことのように、迷いのない仕草だった。
「……え?」
リサの瞳が見開かれ、思わず顔を赤らめる。
彼女の左手の薬指に収まったイフリートの指輪は、赤い光を放ちながら、炎の模様が揺らめいている。
それはまさにイフリートそのものが宝石へと形を変えたような存在感を放っていた。
「ねえカイ……。女性に、しかも、この指に指輪を贈るって……どういう意味かわかってやってる?」
リサが静かに問いかけると、カイは首を傾げ、しばらく考え込む。そして急に焦った様子で手を振り、言葉を探した。
「え!?いや、別に深い意味とかじゃなくて……ごめん!えっと、その……!」
彼の必死な姿に、リサは小さく笑いを漏らす。
「ほんと、そういうところがカイよね。けっこう、好きだけど」
リサの軽やかな笑みと言葉に、カイは一瞬きょとんとし、次に顔を真っ赤にした。
そのやりとりに、リスナーたちは大興奮だ。
【カイおめでとう!!】
【おい、おい300万人の前でプロポーズか!?】
【これもう結婚だろ、みんな祝え祝え!俺は泣く】
【リサちゃんが羨ましいいいい!!ぎぃぃぃぃ】
【たった今、俺たち全員ふられました……】
【もうなんでもいい、この世界はおまえのものだ】
「ほら、リスナーまで面白がってるじゃない。もう……」
リサが頬を赤らめながらも、微笑みを浮かべる。
そして指輪の詳細を確認するためにアナライザーを起動し、ステータスを表示させた。
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アイテム種別:指輪(魔法具/アクセサリー)
ランク:SS級
イフリートの核から生成された唯一無二の指輪。
その紅蓮の炎は、かつてイフリートが守護を誓った地を燃え上がらせる力であり、再びその誓いを捧げた者に与えられる。
ステータス効果
火属性耐性:絶対防御
炎に関するすべての攻撃を無効化。純粋な火属性魔法すら完全に受け流す。
<炎の守護者>
装備者の体が炎と一体化することで、すべての物理攻撃が火属性を帯びる。
・攻撃時に火炎の追加ダメージを付与。
<炎核魔力供給>
指輪の核から魔力を直接供給。
・消費した魔力が短時間で回復する。
ユニーク・スキル
<灼熱火球>
炎の魔人が操った火球を放つことが出来る。
範囲攻撃:広範囲を灼熱の業火で焼き尽くす。
紅蓮爆裂:火球を凝縮し爆裂させ、単一対象に絶大なダメージを与える。
<紅蓮の化身>
指輪の力を解放し、装備者の体がイフリートの炎を纏う。
・炎を纏い、素早さと攻撃力が大幅に上昇。
・炎で気流を生成し、短時間の飛行が可能。
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「これ……凄すぎるわ……。こんなもの、私がもらうわけにはいかないよ!」
リサは指輪を外そうとしたが、カイは首を振った。
「ボクが戦うためには、リサさんが強くなってくれたほうが助かるから。それに、リサさんには……この力が、赤が似合うと思うんだ」
「赤が似合うからって……わかった。じゃあ……受け取る。ありがとう、カイ」
カイの言葉にリサは目を伏せたが、微笑みを浮かべ、再びしっかりと指輪を指に収めた。
(そうよ——カイに守られるだけじゃなく、守れる存在にならないと)
次の瞬間、指輪の紅い宝石が輝き、リサの体の周囲を炎が包みこんだ。内側から力が湧き上がる、体温が上がるような感覚だが、全く熱くない。むしろ心地よい。
「リサさん……大丈夫?」
カイが心配そうに声をかけた。リサは軽く頷くと、腕を掲げて自分を包む炎を見つめた。
「これ……すごい。炎なのに、怖くない。まるで……炎と一つになったみたい」
「やっぱり似合ってるよ……あれ、なんか変だ」
すると突然カイがふらつき、リサに軽く寄りかかる。
「……ちょっと疲れたみたいだ。ボク、少しだけ休むね」
そう言った直後、カイはその場に崩れ落ちそうになる。慌てたリサは炎を納め、彼を支えてそのまま地面に座り込むと、彼を自分の膝枕に乗せた。
「ほんと、限界まで無茶するんだから……」
リサはカイの髪を優しく撫でながら、小さな溜息をついた。その表情には、どこか安心したような穏やかな微笑みが浮かんでいる。
彼の静かな寝息が響く中、リサはそっと呟いた。
「でも、大丈夫。あなたが休んでいる間は、私が守ってみせるから」
イフリートの指輪が淡い光を放ち、リサの言葉に応えるように赤い輝きを灯した。
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