第49話 復活の希望・地上の戦い
塔の中、広間にただならぬ静寂が漂っていた。
瓦礫の隙間から差し込む光は儚く、どこか冷たい。カイはシンジの犠牲を胸に刻みながら、倒れたメイのそばにひざまずいていた。その顔には、これまでにない険しさと決意が刻まれている。
「メイ……」
カイはそっと彼女の頬に手を触れる。冷たい感触に息を呑むが、わずかに彼女の胸が上下しているのを見て、かすかに安堵した。
「ボクはもう、同じ過ちを繰り返さない……そのためなら」
カイは拳を握りしめ、全身に力を込めた。自らの意思で新たな力を覚醒させる必要があると悟った。
おそらくこの記憶障害は、強すぎる力で世界を混乱させないためのセーフティなのだろう。
——だったら、そんな配慮はもう必要ない。
カイは意識を集中し、心の奥底に眠る力へと呼びかける。
「……来い、ボクの記憶に閉じられた真の力――」
すると、カイの体から黄金色の光が溢れ出し、周囲の魔素エネルギーを引き寄せ始めた。
そして、自らの意思で記憶にかけられた鍵を解いた。
——九界、治癒能力の獲得と肉体の再生……
自然と細胞を同調させることで超回復させる能力を覚醒させた。
「なるほど、自己洗脳に近い制限なんだな……だったら」
カイはメイの周囲の魔素エネルギーを治癒属性へ変換しながら、メイと自分の肉体と細胞を光の触手で繋いだ。さらに自らの細胞再生能力をメイに移植し同調させることで彼女の傷口を塞いでいく。
その光はメイの周囲を包み込み、バルバトスの触手と逆で、カイのエネルギーを彼女へ還元していく。
「メイ、絶対に助けるからな……」
カイの力は、メイの細胞の自己修復能力を加速させ、彼女の肉体を内側から再生し始めた。破れた皮膚が少しずつ癒え、止まらなかった出血も収まる。
数分が経ち、メイが微かにまぶたを震わせた。
「……カイ様……?」
その小さな声に、カイは顔を上げた。彼の目には涙が浮かんでいる。
「メイ、良かった……意識が戻ったんだね」
「……カイ様の声が、体の中から聞こえたような、不思議な、心地よい感覚がありました……」
メイの声はか細かったが、カイの手を握り返す力にはわずかに力が宿っていた。
「まだしゃべらなくていい。君の自己治癒能力を加速させたから、傷を完全に癒すことに集中してくれ」
「……ですが、リサは……どこへ?」
その言葉にカイの表情が曇る。彼はゆっくりと頭を振りながら答えた。
「……ボクが甘かったせいで、シンジと分離した堕天の使徒、バルバトスに攫われてしまった……シンジはボクの鎖縛を解くために死んだ……」
メイの目が見開かれる。
「そんな……!カイ様、私のことはいいので、すぐにリサを――」
カイは彼女の言葉を制するように、彼女の肩に手を置いた。その表情には、今までにない冷たい決意が滲んでいる。
「メイ、ボクは誓ったんだ……二度と同じ過ちを繰り返さないと。だから、君が完全に回復するまではここを動かない」
「でも、それではリサが――!」
「メイ、信じてくれ。ボクは二度と、仲間を失いたくない。そしてあいつらを絶対に許さない!」
「カイ……様?」
カイの声には今までとは異質の圧力があった。彼の目に宿る暗い炎が、メイの心にも伝わる。
「……だから今は回復するんだ。ボクにもまだやる事がある」
「わかりました……早急に回復してみせます」
塔の中、カイとメイが決意を固めたころ、地上では終わりの見えない戦いが続いていた。
東京を覆う眷属の大群に立ち向かう
島津連司は妖刀『大典太光世』を手に戦場を駆けていた。
「薩摩次元流…真・一刀両断!」
闇の中で妖しくも輝くその刀身が振るわれる度に、確実に眷属の一体が葬られている。その重厚な黒い刃が敵を断つたび、眷属達の目に恐怖が浮かぶ。
「島津さん、右側をお願いします!」
伊集院ミレイの冷静な声が響く。島津は彼女の指示に応じ、迫りくる眷属の群れへと突っ込んだ。
「うるせえ!言われなくても分かってる!」
島津は大典太を両手で握りしめ、一閃した。その一撃は、ただ斬るだけではなかった。刀が放つ妖気が眷属たちを絡め取り、まるで影の手が襲いかかるように敵を押しつぶしていく。
「この妖刀は、欲望と恐怖を斬るためのものだ。てめえら眷属にはおあつらえ向きだな!」
その力は、島津自身の気迫と共鳴し、さらに増幅されていった。
伊集院ミレイの胸元には、『八尺瓊の勾玉』が輝いていた。その勾玉は、彼女の幻影術を強化し、形を持たない存在に実体を与える力を持っている。
「陰陽道・反映術式――《式神顕現》」
冷静沈着な声が響くと、彼女の影から次々と幻影の分身が飛び出し、白虎、朱雀、青龍、九尾など伝説の妖獣が式神なって現れ、眷属たちに襲いかかった。
伊集院の描く盤面を式神が規則的に闊歩し敵を撃破していく様は、まるで一個師団の軍勢のように見える。
「島津さん、その右側の穴を塞ぎます。数は気にせず、私に任せてください」
「わかった!」
伊集院の指示は的確で、戦場全体の状況を常に把握していた。彼女が繰り出す式神たちは、眷属を引き付け、混乱させ、戦場の隙間を埋めるように動いていく。
一方、天知ひかるの手に握られているのは、白銀に輝く『天叢雲剣』。刀身にはまるで雲が流れているかのような模様が刻まれ、そこから放たれる光は敵を焼き尽くすような神々しさを宿している。
「ここで退けば、人々の希望が途絶える。人気者の僕が退くわけにはいかないよね……!」
天知が剣を高く掲げると、刀身が太陽光を吸収し、その力を剣全体に宿した。
「日輪の輝きよ、天に轟け! 我が刃に力を宿し、全てを浄化せよ――『
輝く刀身を振ると、光の奔流がまるでレーザーのように直線を描き、空中の眷属を次々と貫いていく。
眷属たちは光に焼かれ、次々と地面に落ちていった。その一撃は、太陽の力を極限まで凝縮させた日本独自の技術の結晶だった。
その頃、作戦室で地上戦の様子を見つめる神楽アヤメは、倒してもなお増え続ける眷属の数に危機感を募らせていた。
「カイ達が回復するまで、なんとか持ち堪えて!」
作戦室の薄暗い光の中、同席する本間総一郎は戦場の映像を無言で見つめていた。
視界には、奮戦する0級やJEDANの隊員たちの姿。圧倒的に不利な状況でも諦めずに戦い続ける彼らは、英雄そのものだった。
しかし、その映像を見れば見るほど、本間の胸には重い影が広がっていく。
「リサ……」
彼の口から漏れたその名前は、深い苦悩の象徴だった。画面越しに、今は堕天使バルバトスに囚われた娘の姿が脳裏をよぎる。手を伸ばしても届かない、守るべきものを失った感覚が、本間を苛む。
「私は……何をしてきたのだ……」
机の上に拳を置き、その上に頭を垂れる。自らの無力さを責める思いが、彼の胸を締め付ける。ダンジョン公安庁の長官として、日本を守るために戦ってきたはずだった。
だが――
「日本を守る、未来を守ると言いながら……一番大切な娘すら守れなかった」
彼は拳を握りしめ、机を揺らした。その目には、後悔と怒りが混じっている。
「今の私は、かつて自分が嫌っていた官僚そのものだ。結局何も変えられず……未来を担う若者達を苦しめているだけの」
「本間さん……」
アヤメが彼の名を呼ぶ。彼は一瞬、迷うように顔を上げた。彼女の目は鋭くも優しく、本間を見つめている。
「神楽アヤメ、ここからの指揮は私に任せてくれ。君は戦場へ行きたいのだろ?」
「本間さん……でも私には総指揮官としての責任が。ここを離れるわけには」
「君には後悔して欲しくないんだ。責任に縛られるな、自分の本当の気持ちを、意思を貫いて生きてくれ」
アヤメは一瞬、言葉を失った。指揮官としての役割を背負っていた彼女にとって、この申し出は信じられないものだった。しかし――本間の目に映る真剣な覚悟が、彼女の心を動かした。
「行っても良いのですか……?」
「日本最強のハンターである君こそ、現場に必要な存在だ。今、あの子たちを、日本を守れるのは、君しかいない」
「……わかりました。本間さん、必ず勝利を掴んできます」
アヤメは深く頷き、戦場へと向かう決意を固めた。
「神楽アヤメ……私は――」
本間が言葉を紡ごうとした時、アヤメは静かに首を振った。
「その言葉を続けないでください。本間さん、あなたは無力なんかじゃない」
彼女は一歩、本間に近づいた。その目には確かな決意が宿っていた。
本間は彼女の目をじっと見つめた。彼の胸に漂っていた暗雲が、わずかに晴れるような気がした。
「……頼む……どうかこの国を救ってくれ」
彼の目には涙が滲んでいた。日本の未来を託すように、そして父親としての最後の希望を込めるように、彼は深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇
静寂に包まれた塔の広間で、メイは自己回復に集中していた。回復の光が彼女の体を包み、命の灯火が再び輝きを取り戻しつつあった。
その隣で、カイは膝を組み、じっと目を閉じて座禅を組んでいる。彼の呼吸は落ち着いているが、その背中から漂う気配には、今までにない静かな緊張感があった。
その心の中では、ある決意が固まっていた。
——もう、誰にも負けない。誰も傷つけさせない。そのために、残された全ての力、十二界までの記憶を解放する。
広間の空気が僅かに揺れ始める。カイの体から放たれる光が徐々に強くなり、彼の周囲に漂う魔素を吸い込んでいく。
塔の上空では黒い雲が渦巻き、堕天の儀式が進行している。その気配を感じながら、カイの体からさらに強い光が放たれる。
彼は静かに深呼吸をし、再び瞳を閉じた。
「全てを解放したその先に、ボクの答えがあるはずだ」
広間に漂う緊張感が頂点に達したその瞬間、黄金色の光がカイを包み込み、眩い輝きが広がり始めた――
次回、「十二界解放」
―― 一万二千年の神力を取り戻せ。
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