第50話 十二界解放

 地上ではJEDANとゼロ級の連合チームが奮闘していたが、眷属の黒い波は止まることを知らなかった。大軍放つ咆哮が空間を震わせ、瓦礫に響く足音が戦場全体を支配していた。


「もー勘弁してよ! こんな数、さすがの僕でも限界だっての!」


 ゲイブが肩で息をしながら、周囲を取り囲む眷属たちを睨む。


「でも、僕が止まったらみんなやられちゃうし……ま、しぶとくいくしかないわね!」


 剣を振り下ろし眷属を斬り裂くが、彼の体は明らかに疲弊していた。『不死』の力を持つゲイブですら、復活のたびに動きが鈍り、その回復速度は目に見えて落ちていた。


「ゲイブ、下がって休め!」


「そんなこと言ったって、島津さん!僕が休んだらもっと敵が増えるだけじゃないの!」


 島津連司は妖刀『大典太光世』を握りしめ、次々と眷属を切り伏せていたが、その動きにも焦りが見え始めていた。


「これじゃキリがねえ……!」


 一方で、伊集院ミレイは冷静に幻影の式神を操りながら、包囲網を必死に押し返していた。しかし、彼女の眉間には深い皺が刻まれている。


「隙が多くなってきている……私の盤面が狂い始めている」


 幻影の式神が眷属を次々に押し返すものの、彼女の得意とする精密な戦術が敵の数と圧力に押されて崩れかけていた。


「馬鹿な、攻撃がはずれた……?」


 ミラは自らの攻撃が敵の要所を外したことに気づき、わずかに眉をひそめた。彼女の強運――敵の隙を引き当て、状況を有利に導くその力に、これまでに感じたことのない不安が忍び寄っていた。


「おいおいおい、まだ来るのか……!」


 ミラと共に戦っていた天知ひかるの顔に焦りが浮かぶ。彼女の『強運』で適当に撃っても当たっていた攻撃が徐々に外れる回数が増えていく。

 

 そして、指揮官ミラの『強運』よって支えられていた戦場のバランスが微妙に狂い始めていた。徐々に各員の攻撃が今ひとつ決定打に欠けるものとなっていく。


「このままでは結界が持たない」


 さらに結界を広げて避難を誘導していた天仁が、あまりの眷属の多さに、もはや限界が近い事を作戦室に報告する。


 もはや全軍撤退か?各々に絶望感が漂いかけたその時——


「全員、持ちこたえて!ここからは私が指揮を執る」


 鋭い女性の声が戦場に響いた。


 低い音とともに地面が震え、眩い光が空を裂いた。次の瞬間、巨大な衝撃波が戦場を一掃した。


「な、なんだ!?」


 振り返ると、そこに現れたのは白銀の鎧を纏い、漆黒の長剣を手にした一人の女性――神楽アヤメだった。


 アヤメの声には迷いがなかった。その手に握られた剣は、神話の名を持つ一振り『布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ』。


 その刃先が放つ輝きは、見る者に希望を抱かせ、敵には恐怖を刻み込む。


「アヤメさん!」


 天知ひかるが驚いたように声を上げたが、その表情には安堵の色も混じっていた。アヤメは手に握った神剣『布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ』を構え、視線を眷属の群れに向ける。

 

「これから私が戦線を立て直す!」


 アヤメが剣を振りかざすと、眷属たちの群れが動きを止めた。彼女の気迫に圧倒されたかのように、一瞬の静寂が訪れる。


「布都御魂の力よ……この穢れを祓い清めたまえ!」


 アヤメが一歩踏み出すと、剣の刃が光を帯びた。その瞬間――


神威浄滅かむいじょうめつ!」


 剣から放たれた光が眷属たちを覆い尽くした。その光はまるで浄化の雨のように降り注ぎ、闇に覆われた大地を焼き払いながら、眷属たちを消し去っていく。


 ――ドォォォォン!


 轟音とともに眷属たちが次々と崩れ落ちた。彼女が振るう布都御魂剣の一撃は、まさに神話に語り継がれる神剣の力そのものだった。


「さっすがアヤメさん! ほんと頼れるわ~!」


 天知が歓声を上げるが、アヤメは冷静なまま戦況を見据えている。


「ミラ、ゲイブは一旦、陣形の裏に回って体力を回復!」


 アヤメは振り返り、疲弊した0級たちに檄を飛ばした。その声には指揮官としての威厳と信頼感が宿っている。


「島津連司、右側の突破口を埋めて!天知ひかる、後方からの支援を再開して!」


「了解だ……ったく、総司令が最前戦に出てくるなんて聞いたことないぞ!」


 島津が妖刀を構え直し、再び眷属たちの群れに飛び込む。その背中を追うように、天知の『天叢雲剣』が輝きを取り戻した。


「式神を再展開します!この隙に敵を押し返しましょう!」


 伊集院も再び勾玉の力を発動させ、戦場に混乱を取り戻す。


 戦場の最前線に立ちながら、アヤメは視線を上げた。塔の頂上――そこでは堕天の儀式が進行している。


「……カイ、結局あなたに賭けるしかないようね」


 その呟きには、希望と祈り、そして僅かな不安が混じっていた。塔を見上げるアヤメの目には、まだ戦いを諦めない強い光が宿っている。


「この戦場は私たちが何とかする。だからカイ……あなたが堕天を止めて!」


 祈るようなその言葉は、戦場の喧騒にかき消されたが、空に届くかのように力強かった――



◇ ◇ ◇



 塔の中腹の広間。闇が渦巻く空間に黄金色の輝きが広がった。


 カイの体を包む光はますます強さを増し、その周囲の魔素エネルギーを飲み込みながら輝き続けている。


 カイは目を閉じ、自らの内なる記憶へと意識を潜らせていた。十二界に秘められた力が、今まさに彼の中で解き放たれようとしていた。


「……全ての力を、今ここで解放する」


 その言葉とともに、カイの周囲に金色のリングが現れる。それは次々と回転を始め、輝きが強まり、宇宙の星々のように煌めきながら塔全体を包み込んだ。


 十界――未来視と予知能力


 カイの視界が一瞬にして広がった。そこには、今戦場で起こっていること、そして未来に起こり得る全ての可能性が見えた。眷属たちの動き、アヤメたちの奮闘、そして塔の頂上で進む堕天の儀式――。


 彼は宇宙の理を知り、戦況を予知し、すべての可能性を把握する力を得た。


 そして再びカイの手が光を宿し、その中で小さな球体が浮かび上がった。


 十一界――創造と破壊の力


 それは新たな物質を創造する力の象徴だった。だが同時に、彼の手が触れた空間が音もなく消え去る。


「思い出したよ……万物を創り、そして消滅させる……創造と破壊の力の理を」


 彼の目には恐れはなく、ただ静かな決意が宿っていた。この力を手にしたことで、世界そのものを変える可能性が目の前に広がっていた。


 ——そしてついに、すべての記憶の蓋が解かれる。


 十二界――神の心と意思の獲得


 最後の記憶が解放される瞬間、カイの体が黄金色の光に包まれ、彼の背後に巨大な光の輪が現れた。その瞳は神々しい輝きを宿し、カイの存在そのものがこの世を超越したものへと変わっていく。


「……この境地、まさに一万二千年かけて辿り着いた十二界の景色だ」


 彼は再び神としての使命を悟り、その心には揺るぎない意志が宿っていた。


 この力を持ってすれば、堕天の脅威さえ超越できるような感覚が彼の全身を満たしていた。


 そのとき、カイの意識の中に静かな声が響いた。それはかつて神託の修練の中で聞いたあの『声』だった。


『カイ、お前にその力を与えたのは、この時のためだ』


「……『声』、か」


 カイは目を開け、空間に向けて語りかけた。


『堕天を封じるためには、神託を授戒しなければならない。お前には選択肢がある』


その言葉に、カイは眉をひそめる。


「……選択肢?」


『そうだ。非暴力の誓いと引き換えに、『魔封』を得よ。『魔封』は堕天を封じ、数百年から数千年、彼らを再び奈落に戻す力だ』


「封じるだと……滅することはできないのか?」


 カイの声には疑念が混じっていた。神託の力を得た今なら、滅ぼすことができるはずだ――そう思っていたからだ。


『神力をもってしても堕天の魂は消滅不可能。だからこそ過去の神託者たちも、彼らを封じることで災厄を乗り越えてきたのだ』


 その言葉に、カイは一瞬目を伏せた。だが、すぐに顔を上げ、声に向かって冷たく言い放つ。


「……非暴力とは、どういう意味だ?」


 カイの声は低く静かだったが、その裏には強い疑念と怒りが滲んでいた。


『非暴力とは、いかなる状況においても攻撃を禁じること。神託者が攻撃を放棄することで、神の慈悲を体現し、世界に秩序を取り戻す力だ』


「攻撃を放棄する……?」


 カイの眉が動く。彼の拳が微かに震え、胸の中にわき上がる感情を押し殺すように深く息をついた。


「じゃあ、神になり『魔封』のスキルを得たら、ボクは堕天を殴れなくなるってことか?」


『その通りだ。しかし、『魔封』を得た神託者は絶対無敵となる。堕天やその眷属からのあらゆる攻撃が通じなくなる』


「つまり耐え続けろ……と」


 カイの声が低く響く。その言葉には怒りと疑念が重なっていた。


『そうだ。『魔封』が発動し完了するには数時間の時が必要だ。その間、堕天とその眷属は多くの人間を殺し、塔を伸ばして天界を目指そうとするが、結局は『魔封』され奈落に封じられる』


 その言葉に、カイの目が険しく細められる。胸の奥にある不快な感覚が、彼の心を締め付ける。


「つまり、仲間が……人間がどれだけ殺されても、その間はただ耐えろってことか?」


『そうだ。だからこそ、最も長き修練に耐えた人間が神託者に選ばれる。それが太古より繰り返されてきた人の定めだ』


「……定めだって?」


 カイの拳が強く握り締められる。その握りしめた指が微かに震え、彼の怒りを物語っていた。


「……冗談じゃない……」


『それがこの世界の秩序なのだよ』


「冗談じゃない!ふざけるな!」


 カイの声が大きく響いた。その声には、明確な拒絶と怒りが込められていた。


 カイは問答に呆れたような冷たい笑みを浮かべ、静かに立ち上がる。その目には、神託者としての使命への疑念と、今までの犠牲への怒りが宿っていた。


「……だったらボクは神になんてならない」


『なんだと……』


「その神託を拒否する」


 次回、「拒絶――運命を断ち切る者」


 ――カイの選択が新たな未来を切り拓く時、神と堕天の運命が揺らぎ始める。





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