第39話 0《ゼロ》の秘密
カイとメイが黒塗りの車で向かった先は、港区にあるUSA大使館だった。重厚な鉄のゲートをくぐり、厳重な警備を通過して案内されたのは、地下にある作戦会議室のような一室だった。
部屋には既に数人の要人らしき人物が座っており、カイたちの到着を待っていたようだった。壁には複数のディスプレイが設置され、各国の情勢を示すような地図や報告書のデータが映し出されている。
カイは室内を見回し、そして微かに眉をひそめた。
(ここにいるのは、平均的な気配の人間ばかり……
メイもすぐにカイの横に立ち、周囲を一瞥したが、表情に特に変化はない。
案内役の黒服が席を示したため、カイとメイは指定された場所に座った。すると、テーブルの中央に座っていた白髪の白人男性が穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「お会いできて光栄です、カイさん。それと、護衛のメイさんも。私はジェラルド・ハドリー、こちらでUSAの日本大使を務めています」
ジェラルドは少し手を差し出すような仕草を見せたが、カイが軽く会釈を返すだけで終わると、隣の人物を示して紹介を続けた。
「こちらは、ダンジョン国務長官のマイケル・ウェバーです」
マイケルは、ジェラルドとは対照的に険しい顔をしていた。鋭い目つきでカイたちを一瞥すると、ぶっきらぼうな調子で言葉を放った。
「最初に謝っておきたい。じつは君と会う予定だったUSA側の
マイケルの苛立ちが言葉に滲んでいた。彼は手元の時計をちらりと確認し、舌打ちをしそうになるのを堪えるような仕草を見せた。
「あいつは日本に来たなり浮かれて遊びに出かけたあげく、集合時間を守らないばかりか連絡もつかない。まったく、奴に紐……いや、GPSでもつけておくべきだったと今さら後悔しているよ」
その発言に、ジェラルドが苦笑しながら口を挟んだ。
「マイケル、怒りをカイさんにぶつけるのはお門違いですよ。せっかく来ていただいてるのですから、少し冷静になりましょう」
温和なジェラルドの態度に、マイケルは不満そうな表情を浮かべながらも黙った。
「さて、カイさん。今回、あなたをお呼びした趣旨を簡単に説明させていただきます」
ジェラルドの声は柔らかいが、どこか重い響きを持っていた。
「USAは数年前から『堕天』の兆候について察知しており、その対策を進めてきました」
「堕天の対策……ですか」
「はい、世界各地で、ある時点から人間が『神託の次元』と呼ばれる特殊なダンジョンに招かれ、特別な修練を受けて帰還していることを……カイさんは、既にご存じですよね?」
カイは軽く首を傾げたが、言葉は挟まなかった。ジェラルドは続ける。
「その帰還者がいわゆる
「……つまり、ボクもその一人ってことですか」
カイの静かな問いかけに、ジェラルドは頷いた。
「ええ。これらの事実は、古代の文書、例えば死海文書の記述にも一致することが確認されています。ただ、『
マイケルがそこで口を挟んだ。
「
カイは僅かに眉を寄せた。
「どうして、日本政府を通じて正式に話をしないんですか。こうやってボクが直接呼び出される意図がよくわかりません」
その問いに、マイケルがため息をついて答える。
「その協力体制に障害が出てしまっているからだ……先日、君が中国の超S級チーム、
マイケルの表情には困惑が滲んでいる。
「対応策が決まるまでは、公式に日本政府を通じて君にコンタクトをとるのが難しい状況なのだ。もちろん中国抜きで日本と協力体制を築くべきという意見もあるんだが……我々の
カイは静かに目を細めた。
「だから、今ここに呼ばれたんですね。でも、当の
マイケルは頭を抱え、少し疲れた声で言った。
「それが、どこに行ったのかまるでわからない。あいつには呆れるばかりだ。本当に申し訳ない」
深々と謝罪するマイケルを見て、カイは少しだけ肩をすくめた。
「話の趣旨は理解しました。もしそちらの0級が戻ってきたら、改めてコンタクトを取るということでいいですよね」
「ええ、それで構いません」
ジェラルドが軽く頭を下げた。カイは頷くと、メイとともに席を立った。
黒塗りの車は、大使館を出てからも一定の速度で滑るように進んでいた。車内は静かで、エアコンの音だけが微かに響いている。
カイは窓の外をぼんやりと眺めながら、頭の中で渦巻く思考を整理しようとしていた。USA大使館で聞いた話――
(神託の次元てボクが修練したあの場所のことだろうか……他の
彼の視線は、窓の外に広がる景色を通り越して遠くへと向かう。
(もし、天威部みたいに敵対することになったら、ボクは勝てるのか……)
その時、隣に座るメイが小さな声で話しかけてきた。
「カイ様……気付いてますか?」
カイは一瞬目を閉じ、静かに頷いた。
「うん、ずっと尾行してるね」
カイは窓越しに視線を巡らせ尾行者の気配に意識を集中させた。車の速度はそれなりに出ているはずなのに、その背後から微かに感じる足音が消えることはない。
(……生身で車を追ってくるなんて、どう考えても普通じゃない)
目に見えるわけではないが、尾行者の異様な動きが頭の中に浮かぶ。足音のリズムから推測する限り、その人物は速度を緩めることなくこちらを追い続けている。
(単に速いだけじゃない。風を切る音や地面を蹴る衝撃音が妙に軽い……身体能力が人間のそれじゃないのは確かだ)
カイは静かに息をつき、メイに視線を向ける。
「メイ……どう思う?」
メイは一瞬目を閉じ、再び開いたときにはその表情がわずかに引き締まっていた。
「相手は一人……ですが、油断はできません。敵意があるかどうかはまだ判別できません」
カイは深く息を吐きながら、前の座席に向けて声をかけた。
「運転手さん、悪いけど車を停めて」
運転手は後ろを振り返り、困惑した表情を浮かべる。
「しかし、学校まではまだ距離が――」
カイは軽く手を挙げて遮った。
「学校まで行くと目立っちゃうでしょう。だから、この辺で降ろしてくれる?」
メイも穏やかな口調で付け加えた。
「私たちの方が安全な対応ができますので、どうかご安心を」
運転手と付き添いの男性は互いに顔を見合わせたが、最終的にカイの言葉を信じて車を路肩に停めた。
「では、くれぐれもお気をつけて」
カイとメイが車を降りると、黒塗りの車はゆっくりと走り去っていった。
静けさが戻った通りで、カイは背後に感じる視線を確かめるように肩を回した。
「メイ、行こう」
二人は尾行者を引きつけるため、人通りの少ない道へと足を進めた。目的地は、周囲に人影のない廃工場の裏手だった。
風が錆びた鉄柵を揺らし、かすかな音を立てている。カイは立ち止まり、周囲を見渡すと静かに口を開いた。
「この辺でいいかな……USAの
その言葉に応えるように、路地の奥から軽やかな足音が響いた。薄暗い影から姿を現したのは、驚くほど整った顔立ちを持つ男性だった。
日差しを浴びるとブロンズ色の肌が輝き、鋭い顎のラインや彫刻のように整った鼻筋が際立つ。身長はカイより頭一つ分高く、引き締まった細身の体にはアスリートのようなバランスの取れた筋肉が見て取れる。
肩に無造作にかかったダークブラウンの髪、トレンドを抑えたカジュアルなシャツとパンツをさらりと着こなしている。その姿からは余裕と洗練が漂い、思わず目を奪われるような存在感だった。
「やだー、バレちゃった?さっすがゼロって感じね」
その男――ガブリエル・ロザリオは、いたずらっぽい笑みを浮かべながら手を軽く挙げた。その低く心地よい声と柔らかな口調は一見親しみやすいが、その目には鋭い知性と威圧感が隠れている。
カイは相手をじっと見据えながら、静かに応じた。
「あなたが、ボクに会いたがっていた人で、合ってますよね?」
「その通りよ。僕はガブリエル・ロザリオ。でも、みんなゲイブって呼ぶの。だから、カイくんもそう呼んでちょうだい」
そう言ってガブリエルはウインクを飛ばしながら手を差し出した。その仕草はあまりに自然で、どこか遊び慣れた雰囲気さえ漂わせている。
カイは少し戸惑いながらも、差し出された手を軽く握る。
「……よろしく、ゲイブさん」
ガブリエル――ゲイブは、満足げに笑いながら手を離した。
「こちらこそ。で、そちらの美人な護衛さんも自己紹介してくれるかしら?」
彼の視線がメイに向くと、彼女は一歩カイの前に出て警戒を示す。表情にはわずかに険が見えたが、その態度を崩すことなく冷静に答える。
「私は、カイ様の護衛でメイといいます。まず用件を伺えますか?」
ゲイブは肩をすくめ、からかうように笑った。
「まあまあ、そんなに怖い顔しないでよ。話がしたいだけ。あんな堅苦しい場所より、外で直接会った方が本当の君たちの姿が見えると思ったの」
「それで、あえて大使館に行かず、ボク達を尾行してきたと?」
カイの冷ややかな声に、ゲイブは一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「ええ、それだけよ。でも気になるなら試してみる?僕が本物の
挑発的な言葉に、カイの目がわずかに細まる。その視線を受けながらも、ゲイブは余裕の笑みを崩さなかった。
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