第19話 炎の魔人イフリート
扉の向こうに広がっていたのは、巨大な溶岩の湖を思わせる異世界そのものだった。
赤黒い光が天井から揺らめき、どこからともなく低い唸り声が響いてくる。空気は高温に満ち、呼吸するたび肺を焦がすような熱が流れ込む。
天井から揺らめく赤黒い光があたりを染め、溶岩の湖面が泡を弾けさせながらぐつぐつと煮え立っている。
音もなく崩れ落ちる壁の一部が、無数の小さな火柱を立てていた。その光景は、この世のものとは思えない威圧感で二人を飲み込んでいた。
リサは足を止め、汗が背筋を伝うのを感じた。
「なんなの……ここ暑い……火山の中みたい」
その言葉には、これまでのどんなダンジョンとも違う異質さが含まれていた。カイもまた慎重な表情で溶岩湖を見渡し、眉をひそめた。
「……あの祭壇から、何かとんでもない気配を感じる」
カイが静かに言葉を漏らした瞬間——。
溶岩湖の中央で突然火柱が渦を巻き始め、その勢いが次第に増していく。
湖面が隆起し、火柱が連鎖するように燃え上がる。高温の熱風がカイとリサを直撃し、リサは思わず後退りしそうになるが、カイの腕で支えられ踏みとどまった。
「リサさん、後ろに下がって!」
「……なに?一体、何が——」
そして突然、空気が大きく震えた。
台座の空中に巨大な炎の柱が渦を巻き、周囲の火柱が連鎖するように強く燃え上がる。まるで空間そのものが震え、押しつぶされそうな圧迫感が増していく。リサは思わず後退りしそうになるが、足を踏みとどめた。
「来る……!」カイが身構える。
暴力的な炎の渦がさらに激しく回転し、その中心から何かが現れた。
まず見えたのは、鋭く尖った角。次いで赤黒い輝きを放つ巨大な体躯が姿を現した。
全身を纏う燃え盛る炎が、その存在を際立たせている。中空に浮遊し不敵に腕を組む立ち姿は、圧倒的な威厳と暴力性を象徴していた。
リサは息を呑む。声が震え、口を開くことすらためらわれる。
「カイ!待って!」
彼女は前に進もうとするカイの腕を掴んだ。彼は驚いたように振り返る。
「リサさん?」
「……まず相手のことを調べないと。あの姿……普通じゃない。下手に動けば命取りになる」
カイは少し考えるように目を細めたが、すぐに頷いた。
「わかった。リサさん、まかせるよ」
リサは震える指でアナライザーを起動した。目の前の存在をスキャンすると、画面に次々と情報が表示される。その文字を見た瞬間、彼女は息を呑んだ。
「SS級?……なにそれ」
今まで見たことのない等級が表示されている。目の前の存在は、通常のS級より強いことは想像出来るが、基準がわからない。
さらに情報を読み進めるリサの瞳が、驚愕に見開かれる。
「名前……炎の魔人イフリート……!?」
カイが首を傾げた。
「イフリートってあの?」
リサは動揺しながらも続けた。
「たぶん……神話やファンタジーに出てくる炎の魔人と同じ名前よ。炎を司る最強の精霊……!炎属性の魔法や攻撃が得意、物理攻撃が効かない。弱点は……水属性。」
【イフリートキター!】
【うわ!本物?ゲームで見たぞこれ】
【魔法が無いと勝てないんじゃないの?】
【鉄も溶かす温度じゃなかった?】
【おいおい、やばすぎるだろ!】
その時、イフリートの赤い瞳がゆっくりと二人を捉えた。声が空間を震わせ、耳をつんざくように響く。
『人間ごときが、よもやこの地に足を踏み入れるとは……滑稽だな』
その威圧感に、リサは立っているのがやっとだった。だが、カイは一歩前に出る。冷静な表情のまま、相手の力を見極めようとしているようだった。
『ほう、少年よ……その肉体に宿る力、相当なものだな……だが、我の脅威とはなり得ぬ』
イフリートが右腕を振り上げる。その動きに連動するように天井から巨大な火球が降り注いだ。
「リサさん、下がって!」。
カイはリサを押しのけ、自分が前に出た。その瞬間、火球が地面に炸裂し、爆炎が空間全体を覆う。
熱風が吹き荒れ、足元の溶岩が吹き上がり、壁の一部が崩れ落ちる。
爆風の中心に立つカイは、なんとか直撃を避けたものの、腕には深い火傷を負っていた。
『愚かな少年よ……その目覚めぬ力で、何を成すというのか』
赤い光がさらに強く輝き、戦いの幕が切って落とされた。
カイは、近接し無事な方の腕で渾身の拳をくりだす。しかし、イフリートの体をすり抜け、逆にカイの拳に火傷のダメージだけが返ってきた。
「攻撃が効かない……!」
カイが炎のダメージに耐えながら短く呟いた。イフリートは笑い声を上げ、さらに炎の壁を発生させて二人を追い詰めていく。
『人間の攻撃が、我に届くと思うな』
イフリートの言葉通り、カイによるあらゆる攻撃は炎の体に吸い込まれるだけで、まるで手応えがない。リサの矢も途中で燃え尽き、何の役にも立たなかった。
「くそっ……!」
『人間よ……その身の力で、我に抗えるとでも思うか?』
イフリートは不敵な笑みを浮かべ、再び火球を生成し始める。その威力は、一発で岩を溶かし、生物を灰にするほどの破壊力を孕んでいた。
カイは壁面を駆け上がり、上空からイフリートの顔面に合わせて蹴りを放つ、その攻撃はその頭部に直撃した——はずだった。しかしその瞬間、やはりすり抜けるように空を切り、逆に炎の熱で足の皮膚が焼かれる。
その後、何度攻撃しても無力さを思い知らされるだけだった。
それ以上に、カイの皮膚は何箇所も赤く爛れていて、ダメージが蓄積が許容できないレベルに達しつつある。
その時、リサが叫んだ。
「カイ!このままじゃまずい!」
彼女は中空に魔法陣を描き始めた。その表情には必死さが滲んでいる。
「リサさん、何をする気?」
「私が試してみる……水属性の魔法を!」
リサが震える手で魔法陣を完成させると、矢を構え呪文を口ずさむ、すると空間から水分が抽出されるかのように、矢の周囲を水の属性の青い光が包み込み眩い光を放ち始めた。
その一瞬、炎の空間が冷たい風で包まれる。
「お願い……効いて!」
武王の弓から、魔法の水の矢が放たれ空中で分散すると、イフリートに豪雨の様な強烈な攻撃が命中し、次々と水蒸気爆裂を起こした。
すると、イフリートを取り巻く炎が揺らぎ、一瞬だけ体の一部が消えた。
【さすがにこれは効いてるでしょ!】
【おお!リサちゃん魔法もいけるんだ!】
【なんて才女!だいすき!】
【だまれ俺の嫁だぞ】
【俺にも効いた、もっとほしい】
『ほう、この娘も少しは力があるようだな。しかし、足りぬ』
イフリートは冷酷に告げると、リサの頭上に巨大な火球を発生させる。
「リサさん!」
カイが駆け寄ろうとするが、間に立ち塞がる炎の壁に阻まれ、近づくことが出来ない。
「……カイ、ごめん、もう動けない」
リサは咄嗟に魔法を発動させようとするが、慣れない魔法で精神力が尽きて膝をついた。
『なんと儚く脆い生物よ……これで終わりだ』
その姿を見たイフリートは、不遜な笑い声を上げる。
【リサちゃん逃げてくれ!】
【やめろ!この放火魔やろう!】
【カイ!たのむ!なんとかして!】
【人間が触れていい存在じゃねえ】
【怖いよ、これ現実なの?】
——現在:同時接続数 147万人 ダンジョン配信の新記録
多くのリスナーが固唾を呑むその瞬間——絶体絶命。
イフリートの、鉄をも溶かす灼熱の火球が、リサに迫ろうとしていた。
---------あとがき---------
モンスター等級の強さ
A〜E級はランクが上がる度に2倍の強さです
DはEの2倍 CはDの2倍
なのでAはEの16倍の強さになります
Sからは計算が変わって
SはAの10倍でSSはSの10倍
つまりSSとAの差は100倍になります
なのでAを倒せた人間でもSを倒せないわけです
さっき考えたんですけどね!
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