第17話 捕食者の逆転劇
逃げ場が完全に塞がれた空間で蜘蛛たちは、静かに糸を張りながら輪を狭めていく。このままでは総勢50名を超える配信者の集団が一網打尽にされる未来が見える。
三体のS級の大蜘蛛は等間隔に後方で控え、その巨体から発せられる威圧感だけで配信者たちの動きを封じている。小蜘蛛たちは無数に散らばり、鋭い赤い瞳を輝かせながら規則的に動いていた。
カイはじっとその様子を観察しながら、隣のリサに静かに耳打ちした。
「リサさん、これからボクの言う通りにしてくれる?」
リサはその内容に驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷き、矢筒を確かめる。
「わかった。カイだからね、信じてやってみる」
その言葉を聞いて、カイは前方の大蜘蛛に向かって一気にダッシュした。その瞬間、無数の小蜘蛛がカイを取り囲むように動き出した。
『動いたか……愚か者が。絡め取って……嬲り殺せ——』
低く冷たい声がカイの耳に響いた。蜘蛛たちの指示を聞きながら、カイは黙って走り続けた。しかし、数秒後、小蜘蛛たちが一斉に白い糸を吹き付け、カイの足元を絡め取った。
瞬く間に動きを封じられたカイを見て、小蜘蛛たちはさらに迫り、攻撃を仕掛けてくる。牙が輝き、鋭い爪が狙いを定めたその時——
爆発音と共に、矢の雨が降り注いだ。
リサが放った武王の遺弓からの矢は空中で分散し、広範囲に着弾して次々と爆裂を起こした。小蜘蛛たちが苦痛の声を上げながら吹き飛ぶ。
その瞬間、地面が割れ、足元の空洞に小蜘蛛らが落ち、瓦礫や自分達の糸に絡まって身動きが取れなくなった。
『この男、足元に空洞があることを、知っていたのか!?』
「罠に嵌めるのが得意みたいだけど……自分がやられた気分はどう?」
爆発の余波で足元の糸が裂けたカイは、力強く糸を引きちぎりながら体勢を立て直した。一方、リサはアナライザーを起動させ、混乱する小蜘蛛たちの弱点を正確に見極めていく。
「そこよ!」
放たれた矢は小蜘蛛の急所を正確に射抜き、闇雲に糸を吐き出す蜘蛛たちの動きを次々と封じ込めた。蜘蛛たちは身動きが取れず、一方的にリサの強力な矢弾の餌食となっていく。
その様子を見た大蜘蛛は後方から一気にカイとの間を詰め、肉薄してくる。
『愚かな人間の分際で、良くも私を愚弄したな!』
冷たい大蜘蛛の囁きがカイの耳に響く。
「ねえ、いたぶられる側の気持ちはどう?」
大蜘蛛に顔を近づけたカイが静かに問いかけると、その赤い瞳が一瞬揺らめいた。
『なんだ、この男は……異様な力を感じる……』
「怖いんだね。分かるよ。怖いと逆らう気力もなくなるよね」
『私の言葉がわかるのか?……お前は……本当に人間なのか?』
大蜘蛛はまるで怯えるように身を縮めた。カイは少し微笑みを浮かべると、その赤い瞳をまっすぐ見据えた。
「ボクとの力の差がわからないほどバカじゃないなら——ボクに従え」
その瞬間、大蜘蛛の赤い瞳が青色に変わっていった。まるでやる気を失ったかのようにカイの前にひれ伏し、おとなしくなった。
その様子をリサは驚きの表情で見つめた。
「なに……今の……。まさか大蜘蛛を……
【りさちゃん強すぎ!ていてい!】
【二人の連携かっこいい!】
【カイいま何したの?】
【S級の蜘蛛がおとなしくなったぞ】
【ほらな!俺たちのカイ本物だ!】
絶望に沈んでいたリスナー達も一気にテンションが上がった。
その様子を見ていたディアブロスのリーダー、佐久間竜司は、余裕の笑みを浮かべていた。
「なんだよ、あいつらだけでも簡単に倒せるじゃないかよ。見た目ほど大したことないぞ。まさかA級ってのも嘘じゃねえのか?」
【やめとけ佐久間!カイが異常なんだよ】
【おまえはおとなしくしとけよ!】
【死亡フラグたてんなカス!】
「ふざけやがって!俺の実力はこんなもんじゃねえっつーの!」
配信者たちに得意げに語りかけると、佐久間は大声で笑いながら、小蜘蛛たちの群れへと突撃した。
「いくぞ、ディアブロスの力、これから見せてやる!」
しかし、次の瞬間——
「うわっ……!?」
佐久間は突如として吹き付けられた糸に足を絡め取られた。そのままバランスを崩した彼に、小蜘蛛たちが一斉に襲いかかる。鋭い爪が鎧を砕き、牙が肉を引き裂いていった。
「くそっ……誰か!助けろ……!」
佐久間が叫ぶと、仲間たちは慌てて加勢に向かおうとする。しかし、その前に立ちはだかったのは後方に控えていた大蜘蛛の一体だった。
大蜘蛛は低く唸り声を上げながら、全身から不気味なガスを噴射した。その場にいたディアブロスのメンバーは次々に崩れ落ち、痙攣を起こしながら失神していった。
「もう、なんで動くかな……」
それを見て呆れ顔のカイが、目の前で静かにしていた大蜘蛛に命令する。
「いけ——彼らを加勢しろ」
次の瞬間、大蜘蛛は狂ったように叫び声を上げ、ディアブロスを襲っていたもう一体の大蜘蛛に襲いかかった。
壊滅寸前だったディアブロスのメンバーたちは、目の前の異常な光景をただ見つめることしかできなかった。
S級の大蜘蛛同士が激しく争い、凄まじい攻防で互いに傷つけ合っていく様子を見て、周囲の配信者たちはただ呆然とし、己の無力さを実感していた。
「やばいよ、あんなの人間が戦っていい相手じゃねえだろ……」
そうつぶやく配信者の声が、ダンジョン内に響いた。
最後に残った大蜘蛛はカイを一瞥すると、恐怖に駆られるように糸を振りほどき、暗闇の奥へと逃げ去った。その動きに連動するように、戦っていた大蜘蛛や小蜘蛛たちも一斉に撤退を始めた。
リサが矢を構え、追撃しようとするが、それをカイが静止する。
「逃がすの?」
「いいんだ。この道は、僕たちの脱出路になる」
カイが静かに言うと、リサは矢を収めた。蜘蛛たちが引き裂いた通路から光が差し込み、彼らの閉じ込められていた空間がようやく解放された。
「カイ、あれ……人だわ!」
リサが指差した崩れた蜘蛛の巣の中には、人影が横たわっていた。二人が駆け寄り、糸を引き破ると、中から行方不明だったハンターの一人が現れた。
彼は弱々しく目を開け、かすれた声で呟いた。
「……救助か……遅かったな……頼む、この奥に、狭山が……狭山アイがやばい奴に捕まってる……彼女を……」
そう言い終えると、彼は意識を失った。
カイは目を細め、闇の奥を見つめた。
「狭山アイ……」
名前からおそらく狭山京治に頼まれたS級ハンターだと察しがついた。
リサも緊張した面持ちで闇に目を向ける。
「進むの?」
「もちろん。ボクたちが行かなきゃ」
するとカイは一匹だけ残った大蜘蛛に近づいて指示を出す。
「ここにいる彼らを護っててくれ」
『かしこまりました、我が主よ』
そしてカイは残された配信者達に告げる。
「ここから先は、ボクとリサさんで行く、みんなはこのS級ハンターさんを連れて出口にもどって欲しい、そこまでこの大蜘蛛が案内するから大丈夫だ」
もはやその指示に従わぬものは誰一人居なかった。ボスですらない途中のモンスターに国内最強の配信者達が挑み、手も脚も出ない現実をみせつけられたからだ。
「わかった、カイ、おまえも気をつけろよ、ここはまともじゃない!」
「生きてもどってくれ!きちんと礼もしたいしな!」
「カイくん!帰ってきたら一緒に写真とって!」
大蜘蛛に導かれて退却していく面々を見送りながら、二人は静かに頷き合い、再び深淵へと足を進めた。
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