第35話 異次元のカイ無双

 轟音とともに開いたボス部屋の扉。その中から現れたカイ、リサ、メイの三人が戦場に足を踏み入れた瞬間、ダンジョン全体が緊張感で張り詰める。


「あれ?アヤメさん、また魔眼を使い過ぎちゃったんだ……ダメだよ」


 カイの落ち着いた声に、盲目のアヤメは唇の端を少し持ち上げた。


「たまには先輩らしいところ、見せたくなるものなのよぉ」


 そのやり取りに天威部テンウェイブの三人は警戒を強める。特に指揮官の李 龍天リー・ロンティエンは、冷徹な視線で新たな敵を分析していた。


「狙撃手が入った3マンセルか。……だが所詮、寄せ集めの即席チームだろう」


 アヤメはその言葉に鼻で笑う。


「同じ万能型の3マンセルよぉ。まあ……あなた達じゃ、カイたちの練習相手にもならないでしょうけどねぇ」


 彼女の挑発に、張 傲剛チャン・アオガンが真っ赤な顔で吠えた。


「ふざけるな!万能型で俺たち天威部テンウェイブが負けるわけがない!」


【アヤメ姐さん煽りスキル高すぎw】

【張の筋肉がさらに膨らんでやん】

【めちゃくちゃ怒ってるし】

【カイの雰囲気がちょっと変わった?】

【なんかカイ、背が伸びてね?】


 チョウの怒声を遮るように、アヤメが手をひらひらと振って煽る。

 

 そしてカイに近づくと、小声で話しかける。


「例の記憶はどこまで思い出せたの?」

「六界……空間認識と瞬間移動の修練」


 それを聞いたアヤメは視力を失った顔でニヤリと笑い何度か頷いた。


「じゃあカイ、君たちのやり方で好きにやっていいわ。でも殺しちゃダメよぉ、後が面倒だから」


 カイは爽やかな笑顔を浮かべ、小さく頷いた。


「俺たちを?殺すなだと?よくもまあ。随分と下手な煽りだなおい」


 腹を抱えて笑うチョウを尻目に、カイはリサとメイを見た。


「じゃあ、やる?連戦だけど二人ともいけるよね?」


「もちろんよカイ」

「問題ありませんカイ様」


 三人がそれぞれの持ち場に散った瞬間、李 龍天リー・ロンティエンが冷たい声で言い放つ。


チャン陽華ヤンホワ。連携は不要だ。それぞれのポジションで"格の違い"を教えてやれ。0ゼロ級は私が教育してやろう」


 その言葉にカイが眉を上げ、心底不思議そうな声を出した。


「え……連携を捨てるの?あなたたち強くないから、個別だとすぐ終わっちゃうよ?」


 その力の抜けたカイの発言に、天威部テンウェイブの三人が怒りを爆発させた。


「この小僧が……!」

「どこまで人を舐めれば気が済むのよ!くそガキ……」

「ふん、若気の至りというやつだろう」



【カイきゅんの余裕やばすぎw】

【素で煽ってんのじわるw】

【これで余裕じゃなかったらはずい】

【いや、カイはいつもこんな感じだったろ】

【うん、この子は天然だと思うわ】



 そして戦いの火蓋が落とされる。

 


 張 傲剛チャン・アオガンが巨体を揺らしてメイに突進する。


「その体でタンクだと?学校のお遊戯じゃねーんだぞお嬢ちゃん!」


 2メートルを超える巨躯が身長158センチメートルの少女に迫る威圧感にリスナーたちも震えていた。


【メイちゃんてタンクなの?】

【こんなか弱い美少女になにさせてんねん!】

【でも俺のどまんなかなんですけど】

【その鉄槌は避けるんだ!メイちゃん!】




 そして、十分にパンプアップされた太い腕から繰り出される鉄槌の一撃が、轟音を響かせながらメイに迫る。


「悪いが、一瞬で終わりだ!」


 チョウの嘲笑を余所に、メイは片手でその鉄槌の先を受け止め攻撃を止めた。


「ええ?」


 受けた瞬間に激しい衝撃音が響いたが、メイは動じる様子もなく静かに言い放つ。


「これは、本気なのかしら?」


 チョウの顔が引きつる。


 メイは鉄槌ごと彼の巨体を片手で持ち上げ、そのまま豪快に振り回した。耐えきれずに鉄槌から手を離したチョウは壁へと叩きつけられた。


 壁と地面が大きく割れ、チョウは呻き声を上げた。


「あなた、思ったより軽いのね」


「なんだお前……人間じゃないのか……!?」


 チョウの問いかけに、メイはすこしムッとしたような表情になり、冷たい目で彼を睨んだ。


「失礼な……私、とても人間らしいってカイ様にいつも褒められてる」


 そう言うとメイは、持っていた鉄槌そのまま大地に叩きつけ、轟音とともに地面が割れた。



【はい!どうみても人間です!】

【メイちゃん怪力www】

【いま片手で投げたーーー!】

【クールビューティー!】

【たしかにタンクや……】


 チョウは怒り狂って立ち上がるが、メイが冷静に歩み寄る。

 

「タンクの戦い方を教えてあげる」


「うぉぉぉー!」


 チョウは鉄塊のようになってる両腕を振り上げると、全体重を載せハンマーのようにメイの頭上へと振り落とした。


 するとメイは左手でそれを受け止め、ガラ空きのチョウのボディへ前蹴りを放つ。


 さらに広げた両腕からワイヤーのような超硬糸を射出し、倒れてるチョウの体を縛り上げた。


 チョウの悲鳴が響く中、メイが無表情で呟いた。


「それ、無理に動くと痛いよ」


 糸を振り解こうとしたチョウだったが、さらに強烈に糸に圧迫され全身から出血しながら気を失った。



 一方、上空と地上ではリサと林 陽華リン・ヤンホワの狙撃手同士による激しい攻防が繰り広げられていた。


 紅蓮の炎を纏い弓を構えるリサに対し、陽華ヤンホワは蝙蝠のような漆黒の羽を広げ、空を舞いながら鋭い矢を次々と放つ。


「アナタ全身から炎を出せるのね。見た目だけは派手だこと」


 陽華ヤンホワは冷笑を浮かべながら上空から雷鳴の矢を放ち、狙いすました軌道でリサを追い詰めようとする。


「雷に当たらないように、地べたを這いつくばってなさい!小娘」


「ていうか、私も飛べるんだけど」


 リサは紅蓮の炎をまとい、同じく上空へ舞い上がると炎の残像を伴いながら矢を放つ。その一撃は陽華の羽の端をかすめ、彼女の飛行にわずかな狂いを生じさせた。


「小癪ね!空中戦で私に勝てると思わないで!」


 陽華ヤンホワは3本の矢を同時にたがえ、空中のリサを的に連続で射出する。それぞれがホーミングするように弧を描いて襲ってきた。


 しかしリサは焦りもせず、高速で後ろに下がりつつ矢を放つと空中で爆裂させ、放たれた3本の雷矢を、灼熱の爆風ですべて消滅させた。


「何……?」


 陽華ヤンホワは驚愕した。相手は空中での動きながら、矢の精度が一切ブレていない。いや、それどころか――。


「信じられない……あの高速移動中に、どうしてそんな正確に狙える?」


 陽華ヤンホワが混乱する中、リサはふっと微笑みながらさらに高空へと舞い上がる。その眼差しは、すでに陽華ヤンホワの次の動きをすべて読み切ったように冷静だった。


「そんなの狙撃手として基本でしょ」


 次の瞬間、リサが矢を連射する。放たれた矢は空中で優美な弧を描きながら陽華ヤンホワを取り囲むように飛ぶ。


「囲むつもり?甘いわ!」


 陽華ヤンホワが矢を避けるために加速するが、リサの放った矢はただの威嚇ではなかった。陽華ヤンホワが矢を避けたその軌道を読んでいたかのように、次の一撃が彼女の進路を正確に狙い撃つ。


「しまっ――!」


 鋭い音とともに、リサの矢が陽華ヤンホワの羽の付け根を正確に射抜いた。その瞬間、陽華ヤンホワの羽が破壊され、落下し地面へと叩きつけられた。


「今の、魔眼のアヤメならあっさり避けてるわよ」


 陽華ヤンホワは必死に姿勢を立て直そうとするが、リサは一切容赦しなかった。彼女はさらに高空へ舞い上がり、陽華が次の動きを取る前に冷静な声を響かせる。


「狙撃は空を制する者が勝つ。覚えておいて」


 リサが放った最後の一撃。その矢は炎をまといながら一直線に飛び、陽華の足を完全に射抜き地面へ縛りつけた。


「きゃああっ!」


 陽華ヤンホワはそのまま魔脈解放ブーストモードが解かれ、気を失った。


「お粗末ね。練習相手にもならなかったわ」



【リサつよすぎて草はえる】

【リサちゃぁぁぁんんんてえてえてえてえ!】

【てえてえてえてえ!】

【毎回うるせえんだよおまえら!】

【空飛んで炎吹くってドラゴンかよ】



 戦場の地上では、カイと李 龍天リー・ロンティエンが向かい合っていた。

 四本の剣を冷徹に構え、鋭い眼光を放つ李に対し、どこか退屈そうな表情を浮かべている。


「お前が日本の0ゼロ級か。さて、私を失望させるなよ」


 その声は挑発と威圧を込めたものだったが、カイは興味を引かれない様子で首を傾げる。


「あなた超S級だっけ?全然強そうに見えないけどな」


 その一言がリーの怒りを引き起こした。表情が険しく歪み、声を荒げながら前進する。


「ガキが……調子に乗るなよ!」


 リーは、魔力を帯びて光り輝く四本の剣を一斉に振るい、カイへ猛攻を仕掛ける。それぞれの剣は異なる軌道を描き、狙いを絞らせない巧妙な動きでカイを襲う。その攻撃は目にも留まらぬ速さだった。


 ――しかし。


 カイはわずかに体を傾けるだけで、四本の剣すべてをかわした。その動きはまるで自然の中に溶け込むようで、剣の刃がカイの身体をかすめることすらなかった。


「なっ……!?この速さが、正確に見えているのか……!」


 驚愕の声を漏らすリー。しかしカイは涼しい顔で応じる。


「速い?いや、あなたはすごく遅いよ」


 その素直な発言に、リーは怒りをさらに燃え上がらせ、残りの四本の剣をさらに激しく振るった。その攻撃はより乱雑で力任せになり、隙を増やすばかりだった。


 その様子を見てカイの動きが変わった。空気を切る風、地面のわずかな揺れ、戦場に漂う炎――すべてが彼の動きを支配し、リーが剣を振るうたび揺れる空気を感じるように、空間を滑りながらカイは回避を続けた。


「なんだこいつは……まるで空気と戦っているようだ」


 リーはその異様な感覚に気づき、動揺を隠せなかった。カイが周囲の空間そのものを歪めて、攻撃の軌道を逸らしているようにも感じていた。


「自然と対話すれば、君の動きも、狙いも、次に振る剣の方向も、全部わかるよ」


「私が、勝てないはずがない……!負けるはずがない!」


 リーが叫びながら攻撃を繰り返す。しかし、その動きは焦りと怒りに支配され、徐々に乱れていった。


「私が敗北すれば、国家の誇りが失墜する。それだけは許されない!」


「邪念が多いと精度があがらないよ」


 カイは冷静に一歩引き、まるで戦況全体を見通すかのような眼差しを李に向ける。


「私の力は、こんなものではない!私の力は!」


「戦いは力だけじゃない。戦術の理解、精神の強さ、冷静さ――あなたにはどれも足りてない」


 カイの声は静かで、それがリーの精神に冷水を浴びせたかのような衝撃を与える。その言葉に苛立ちを覚えつつも、言い返すことができない。


「黙れぇぇぇ!」


 叫び声とともに、四本の剣を同時にカイへと振りかざす李《リー

 》。だが、カイはその攻撃が届く瞬間に目の前から姿を消した。


「3次元で空間を把握してる間は、ボクを見ることはできない」


 カイの声が響いた瞬間、現れたのは、リーの背後だった。振り向いた李が目にしたのは、悠然と手のひらをかざすカイの姿。


「あなたは、すごく弱いね」


 その瞬間に、リーの自尊心が粉々に砕け散る。


「……いつの間に」


 リーは目の前でカイが消え、背後に現れるまでの一瞬を捉えることができなかった。目に映るのは、まるで空間そのものを自在に操るかのような動きだった。


「しょうがないよ。ボクは、あなたが見ている世界の、遥か先にいるから」


 憐れむような、慈しむようなカイの目をみて、リーは完全に戦意を喪失し、4本の剣を地面に落とし膝から崩れ落ちた。 


 カイはリーを見下ろしたまま、静かに語りかける。


「あなたの戦い方は効率が悪すぎる。まだまだ修練が足りないね」


 その一言が、リーの精神を完全に砕いた。最後の力を振り絞って立ち上がろうとするが無理だった。


 ――カイは一度も攻撃していない。つまり李 龍天リー・ロンティエンは、無傷のままで敗北したのだ。これ以上の惨敗があるだろうか。


【完全にレベチだった件】

【カイきゅんの次元が違いすぎる】

【李がちょっと可哀想にみえる】

【何もしてないカイに負けとる】

【0級って本当に人間なの?】

【もうこれ神じゃん】


 リスナーたちのコメントが熱狂の渦を巻く中、カイは肩越しにアヤメたちを振り返った。


「うーん、とはいえボクもまだまだ精度が足りない……もっと修練しないと」


 その冷静な一言が、戦場にいた全員を沈黙させた。


 カイの存在は、もはや世界そのものを支配する「絶対的な強さ」を体現していた。


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