第34話 希望の光

 ダンジョンの空気が凍り付いていた。天威部テンウェイブ魔脈解放ブーストモードが発動され、黒いオーラをまとった彼らの姿は、悪夢のように禍々しかった。


「いくぞ!」


 鋼鉄のように変化した皮膚を輝かせ、張 傲剛チャン・アオガンが巨体で突進してきた。その巨槌の一撃は、地を揺るがし、島津連司を狙って迫る。


「チェストォォォ!」


 島津連司の「ムラマサ」が鋭い斬撃を放つ。しかし、その一撃は張 傲剛チャン・アオガンの鋼鉄の皮膚に弾かれ、わずかな傷も与えることができなかった。


「どうした、一刀両断するんじゃなかったのか?」


 チャンは嘲笑を浮かべながら巨大な鉄槌を振り上げ、島津を追い詰めるように攻撃を繰り出す。


「お前、強くなるために人間やめたのか?」


 島津がチャンを見上げ、わざと軽口を叩く。


「ふざけるな!俺は人間のままだ!」


 チャンが憤怒の声を上げながら鉄槌を叩きつける。その一撃が地面を砕き、破片が飛び散る。


 島津は冷や汗を流しながら体勢を整えるが、彼らがその隙を見逃すはずもない。


 すぐさま天井から雷鳴とともに鋭い矢が飛来する。林 陽華リン・ヤンホワが蝙蝠のような羽を広げ、空中から精密な狙撃を繰り出したのだ。


「危ない!」


 アヤメが土の剣「大地紋」を発動させ、瞬時に土壁を作り出す。矢は壁に突き刺さり、かろうじて島津を守った。


「たすかったぜ、神楽!」

「このままじゃ押し切られるわ」


 だが、チャンが怒りの咆哮とともに土壁を粉砕する。崩れ落ちた土の破片が島津に向かって飛び散り、さらに間合いを詰められた。


 アヤメの視界が張の巨体で塞がれたその時、その背後から李 龍天リー・ロンティエンが急接近する。


「その魔眼で、自分が斬られる未来は見えたか?」


 四本の剣を自在に操るリーが、連続攻撃を仕掛ける。アヤメは魔眼『フォーサイト・オブ・ルージュ』を発動し、未来の動きを見切りながら両手の短剣で応戦した。


 しかし、四本の剣による複雑な連携攻撃をすべて避けることはできず、肩を深く斬られてしまう。


「っ……!」


 しかしアヤメの服が一部裂けただけで、それ以上の傷にはならなかった。


「ん?お前の服……異常なほど頑丈だな」


 李は目を細め、斬りかかった剣の手ごたえに違和感を覚えた。


「さあ、後輩が手編みしてくれた服だからかしら」


 アヤメが息を整えながら微笑む。その服は、メイが超硬糸で編んだ特殊な防具だった。


(助かったわ、メイ)


【アヤメ姐さん、がんばって!】

【服の話は今じゃない!】

【完全に分断されちゃったね】

【個々で戦ったら勝てねーぞ!】



 一方、伊集院ミレイは陽華ヤンホワの矢に狙われていた。空中から自在に射撃を放つ陽華に対し、伊集院は幻影分身を巧みに操りながら応戦していた。


「あなたの厄介な駒も、上から見下ろせばただの滑稽な道具ね」


 陽華ヤンホワが冷笑を浮かべながら挑発する。


「やっと同じ目線に立てたのが嬉しいの?」


 伊集院は余裕の笑みを浮かべ、逆に陽華ヤンホワを煽る。


「上等よ、その口を射抜かれてからも同じことを言えるかしらね!」


 陽華ヤンホワが苛立ち、さらに高所から放たれる矢を分身が的確に防ぐが、徐々に伊集院は追い詰められていた。


【伊集院ちゃん挑発上手すぎw】

【たぶん他の二人に意識を向かせない配慮】

【ミレイってかなり頭いいよね】

【でももう時間の問題だろ】

【だな、そろそろ分身も居なくなる】


 視聴者たちの応援が飛び交う中、伊集院は陽華ヤンホワをさらに自分に引きつけるよう、計算された位置取りで挑発と回避を続けた。


「あの魔脈解放ブーストモードになってから、天威部テンウェイブの動きが雑になったな。あと随分と感情的に見えるね」


 天知ひかるの分析の通り、天威部テンウェイブの面々は明らかに感情が昂っているように見えた。



 それに乗じて挑発と回避で戦局を作る島津と伊集院。それでも圧倒的な力を持つ天威部テンウェイブとの戦いは、まさに命懸けだった。


 挑発が功を奏し、チャン陽華ヤンホワはそれぞれ島津と伊集院に集中して攻撃を仕掛けているように見えたが、天威部テンウェイブの二人がそう動くにのにも理由があった。


 それは各位が魔脈解放ブーストモードでの強さに自信があり、なおかつ李 龍天リー・ロンティエンの圧倒的強さを確信しているからだ。


 李 龍天リー・ロンティエンに任せておけば、どのみちカタがつく。それほどに彼の強さは三人の中でも突出しているのだ。


 そして怒涛のスピードで李 龍天リー・ロンティエンがアヤメに迫る。


 彼女は、土の剣「大地紋」の土壁で時間を稼ぐが、リーの剣で一瞬にして破壊されてしまう。


「”魔眼”で、もう敗北は見えてるのだろ?」


 距離を詰めたリーが、四本の腕を駆使して一斉に剣撃を繰り出す。


「あなたの泣きっ面なら……見えてるわよ!」


 アヤメは魔眼『フォーサイト・オブ・ルージュ』を発動し、2本の短剣を駆使して攻撃を捌く。だが、四つの剣が織りなす猛攻は凄まじく、次第にアヤメは追い詰められていった。


「さすがに避けきれない……か」


 そう言った直後。アヤメの赤く輝いていた魔眼が光を失い、動きが止まる。


「ちっ、もう視力が……」


 彼女は魔眼を酷使しすぎたことで、盲目状態に陥ってしまった。


「どうやら副作用が出たようだな、ここまでだ!」


 李が冷たい声で剣を振り下ろす――その瞬間。


「させるか!」


 突如響いた声と共に、天知ひかるの七支刀が、リーの4本の剣を受け止めた。


【天知キター!】

【やっとかよ、遅いんだよ】

【剣の枝に李の四本みごとにひっかけたな】

【やる時はやる男だ!】


「残念だな、アヤメさん。俺の華麗な登場が見えてないなんて」


 天知ひかるは七支刀を回転させ、ひっかけたリーの剣を弾き返す。さらにその勢いを利用して七星剣を振り抜き、カウンターで李の脇腹に一撃を浴びせた。


「まだゴミがいたか……」

「まさかもう一人サポートが居るとは予想してなかったみたいだね」


 天知が軽口を叩きつつ、剣を構え直す。その一撃にリーはまったく動揺の色を見せることなく、四本の剣を構え直した。


「……不意打ちが二度通じると思うなよ」


 リーの声が低く響き渡り、その瞳に怒りが宿る。


 さらにリーの剣が眩い光を放ち、攻撃準備に入る。各剣に複雑な魔法陣が浮かび上がり、場の空気が震え始めた。剣の周囲の空間が歪み、まるで生命そのものを切り裂かんとするような威圧感を放つ。


「あ……ヤバいなこれ」


 天知は額に浮かぶ汗を拭い、七支刀を構え直す。


「ごめん、アヤメさん。俺……多分死ぬわ」


 天知の言葉は冗談めいていたが、その声には覚悟が滲んでいた。


 すると、彼の肩にアヤメの手が置かれた。


「安心して……あなただけ死なせない」


 盲目の状態ながらも剣を構える神楽アヤメの声には、決意の色が濃く宿っていた。


 覚悟を決め構える二人の前で、剣の輝きを増しながら、リーがゆっくりと動き出しす。


 すると突然アヤメが、何かに気がついたように中空を見つめた。

 それを感じた天知が驚いたように振り返る。


「ん……アヤメさん?」

「……間に合ったみたいね。あなた大金星よぉ」


 そのとき、冷たく沈黙していた巨大なボス部屋の扉が、低い轟音とともに、まるで戦場の空気そのものを切り裂くかのようにゆっくりと開かれた。


 中から現れたのは、一筋の光にも似た三人の影。


 その中心に立つ少年の瞳には、烈火のような光が宿っていた。彼の足元に広がる魔素のうねりは、一瞬で場の空気を変えた。


【カイきゅんキターーー!】

【リサちゃんも参戦?】

【よし!よし!よし!】

【まってたよリサちゃん!】

【黒髪の美女もいる!】


「アヤメさん、待たせてごめん――」


 カイの静かな声が響き渡る。その背後で、リサとメイが鋭い視線を天威部テンウェイブに向けた。


 押しつぶされそうな絶望の淵で、日本中が息を呑む中――希望の光が、ついに射し込んだのだった。




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