第15話 S級ダンジョンの真相


 狭山京治さやまきょうじからのメールを受け取り、カイはリサとともに指定された世田谷、きぬた公園内のS級ダンジョンへと向かった。


 日差しが和らぐ休日、いつもなら人々が訪れるこの公園も、今は厳重なバリケードに囲まれ、ひっそりと静まり返っている。入り口には黒服の係員が配置され、並々ならぬ緊張感が漂っていた。


 カイとリサは西側の入り口、運動公園の門で待ち合わせていた。リサは髪をツインに束ね、肩や肘には硬質なプロテクターを装着しており、まさに準備万端といった装いだった。


 一方、カイは黒のカーゴパンツにTシャツ、ラフなブルゾンといった軽装だった。武器らしいものも持っておらず、彼の緊張感の無さがリサの視線を引く。


「カイ……それで大丈夫なの?」


 リサは呆れたように言った。彼女の目はカイの軽装をしっかりと捉え、不安を隠さない。


「うん、まあ……大丈夫だよ」


 カイは少し苦笑しながら頷いた。すると、リサはやれやれといった風で肩をすくめる。


「まぁ、カイは前もそんな調子だったわよね」


 そう言いながらも、何か納得したように何度かうなずいた。


 二人が公園の入り口に足を踏み入れると、既に数組の配信者が入場の手続きをしているのが見えた。

 魔性水晶で階級が測定され、次々と光る数字が浮かび上がっている。C級やB級もちらほらと目に入るが、やはりこの場にいるハンターたちのほとんどがA級であり、S級ダンジョンの危険度をうかがわせた。


 二人の順番がやってくると、リサは腕をかざし、水晶にはA級と表示された。続いてカイが測定しようと腕をかざした瞬間、係員がカイを見て慌てて叫んだ。


「0級のカイさんですよね?!ノーチェックで結構です!」


 その言葉に、周囲のハンターたちがざわついた。

 近くにいたA級配信者が物珍しそうにカイを見ながら、声をあげる。


「0級って、なんだよそれ?聞いたことねえぞ?」


 その隣にいた女性の配信者がカイを見つめていたが、ハッとしたように声を上げた。


「あ!あの一撃のカイくんじゃん!」


 たちまち周囲からささやきが漏れる。


「え、マジ!本物?」


「いや、あれフェイクだって聞いたけど」


「まさか……本当にS級なのか?」


 そんな声にカイは戸惑いながらも、なんとか無視しようとするが、視線が次第に集まってくるのがわかり、内心落ち着かない。そんな様子を見て、リサがカイの耳元で小声で励ますように言った。


「今はほっとこう。今日で、カイの実力が証明されるんだから」


 カイはリサの言葉に頷き、小さく息をついた。


 そんな中、突如として茶髪のやや柄の悪い男が、二人に向かって馴れ馴れしく歩み寄ってきた。彼の周りには十人近くの仲間がいるようで、その服装は屈強そうで色味も派手だ。各自が大小様々な武器を携帯していて、いかにもトップ配信者らしい雰囲気をまとっていた。


「ねえ、そこの君、可愛い顔してA級ってすごいじゃん」


 男はリサに向けてにやりと笑い、つづいてカイを一瞥する。


「こんな軟弱そうな奴と組むなんて危険だぜ。俺たちのチームに来なよ」


 そういうと肩に手を回し馴れ馴れしく誘ってきた。

 リサはその手を雑に振り解くと、冷ややかに男を見つめた。


「あなた、誰?」


 少し苛立った声で返すリサに、男は得意げに胸を張った。


「俺は、日本国内最強配信チーム『ディアブロス』のアタッカー、佐久間竜司だ。まあ、今回のダンジョンで俺はS級になっちまうかもだけど。なんせ天才だからよ」


 彼はそう言い放つと、再びカイを一瞥して嘲笑のような表情を浮かべた。

 それを聞いたリサは呆れたように肩をすくめた。


「ああ、あのディアブロスね……メンバーを使い捨てにするって有名な」


 そう言って静かに皮肉を返した。佐久間は一瞬顔を曇らせたが、すぐに挑発的な声でリサを脅す。


「おい、口の利き方には気をつけろよ。ダンジョンでは事故がつきものだぜ」


 その言葉にリサがさらに反論しようとしたが、カイがリサの肩に手を置いて、軽く首を振った。リサは悔しそうな表情を見せながらも、カイの示唆に従い、その場を立ち去る。


 佐久間はさらに挑発的に笑い声を上げた。


「お前、ビビってんのか?中に入ったらすぐに逃げ出す顔してるぜ。背中刺されねえよう気をつけな、ガキが!」


 カイはその言葉を無視し、ただ一礼してその場を去った。


 ポータルの前に辿り着くと、禍々しい赤色の光が周囲を照らしており、C級とは明らかに異なる緊張感が漂っている。そこに待っていた公安の雇われハンターこと狭山が二人を見つけ、声をかけた。


「来てくれてありがとう。まずここに入る前に……二人へ伝えておきたいことがあるんだ」


 カイとリサは、狭山の真剣な表情を見て姿勢を正した。そしてS級ダンジョンの実情について話し始めた。


「S級ダンジョンというのは、単にA級の次に危険て意味じゃないんだ……A級〜E級のように危険度が明確化していない。つまり、危険度の上限がわからないダンジョンを総じて『S級』と呼んでいるにすぎない」


 その言葉聞いたリサが不安そうに尋ねた。


「え?じゃあ、最悪の場合、これだけの人数でも攻略が不可能かもってことですか?」


 狭山は一瞬、厳しい表情を浮かべてから静かに頷いた。


「そうだ。正確には、S級ハンターですら探索を許されてるだけで、攻略出来る『基準』てわけじゃない。実際、数日前に二名のS級ハンターがこのダンジョンへ調査に入ったまま、行方不明になっている」


 その言葉にリサの顔色が変わる。


「じゃあ、この場所は……」


「それほど危険だということだ。本部に動けるS級ハンターが居ない今、我々は国内の実力あるA級配信者と……そして、君という未知の可能性に賭けているんだ、カイ君」


 カイは狭山の真剣な眼差しに視線を合わせ、静かに口を開いた。


「何かあるとは思ってましたが、やっぱり……そういうことだったんですね」


 狭山は少し申し訳なさそうに頷くと、深い息をつき、ふと悲しげな表情を浮かべて言った。


「ここからは個人的な頼みなんだが……じつは行方不明になっているS級ハンターのうちの一人は……俺の妹なんだ。もし無事なら、助けてやってくれないか」


 カイはその言葉に少し驚き、目を伏せたが、すぐに真剣な表情で狭山を見つめ返し、力強く頷いた。


「ボクにできることがあるなら……精一杯やってみます」


 狭山はカイの決意を受け取ると、小さく微笑んで頷いた。


 カイとリサは新たな覚悟を胸に、禍々しい光を放つポータルへと歩を進め、未知のS級ダンジョンへと足を踏み入れた。

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