第41話 解術者と鎖の怪物
「おい、もっと早く歩かないと日が暮れるぞ!」
ダンジョンの薄暗い通路に響く声。霧島シンジは背負った荷物がずり落ちないよう気をつけながら、小さな体を引きずるようにして歩いていた。周囲には四人のパーティーメンバー。彼らの笑い声が、ほのかなライト魔法の明かりと共に通路を揺らしている。
彼らが訪れているのは新宿御苑にある、万年窟と呼ばれるD級ダンジョン。
ここはなぜか、一度もボス部屋が発見されおらず魔素漏れもないため長年放置されていた。それもあり、一攫千金を狙う低級冒険者らの格好の遊び場になっていた。
シンジは心の中でため息をついた。
(結局僕は、弱いままだな……)
D級ダンジョンの探索。その程度のランクでも彼にとっては十分に命がけだった。シンジがダンジョン配信者を始めた理由は、ただ一つだった。同じ学校に通う佐藤カイへの憧れ。
学校では、カイが石田グループのいじめの標的から外れた代わりに、今度はシンジがその標的になっていた。殴られ、因縁をつけられ、泣きそうになりながらも耐えてきた日々。たまにカイに助けてもらうこともあったが、一人では何もできない自分が嫌でたまらなかった。
(勇気を出してダンジョンに行けば、僕もカイくんみたいに強くなれるかも)
カイが辿った軌跡を追体験することで、少しでも彼に近づきたい——そんな思いで配信を始めた。だが現実は甘くない。いつも通り荷物を背負い、仲間に追いつくために小走りで進むだけ。自分の力で道を切り開く、そんな姿には程遠かった。
(……弱いままじゃダメだ、強くならなきゃ変われない)
そう自分に言い聞かせるように、シンジはまた一歩を踏み出した。
彼には戦闘能力など皆無だった。ただ、唯一の救いは「解術」というユニークスキルがあったこと。ダンジョンの魔法トラップや施錠された扉を解除できるその能力のおかげで、野良パーティに拾われ、D級にまで上がることができた。
だが、それでも役割はほとんど荷物持ち。戦闘が始まると隅で縮こまり、仲間たちが勝利を収めるのを待つしかない。
「……憧れたのはいいけど、結局外と大差ないよな、これじゃ」
そう呟いたところで、ふいにメンバーの一人が立ち止まり、何かを見つめた。
「……隠しドアだ!」
それは通常の探索ルートから外れた場所にぽっかりと開いた隙間だった。木の根に覆われた壁の一部が不自然にへこんでいる。
「見たことない魔法鍵がかかってるな、シンジ、解術しろ」
「えっ、僕が?」
「お前しかいないだろ。さっさとやれ」
強引に前に押し出されたシンジは、仕方なくドアの前に立つ。ドアの表面には複雑な魔法陣が描かれており、それが解除されるのを待つかのように淡い光を放っていた。
(こんなの見たことないけど、やるしかないよね……)
震える指で解術のスキルを発動させると、魔法陣がひとつずつ静かに消え、最後のひとつを解術し終えると隠しドアが音を立てて開いた。中から漏れ出す空気はひどく冷たく、不気味な雰囲気を醸し出している。
「……入るぞ」
パーティは慎重に進む。奥へ進むほどに壁面が不気味な光を放ち、脈動するように動いていた。
「おい、これが最近噂の……ダンジョンの異変じゃないのか?」
「馬鹿言うな。それはS級ダンジョンの話だろ。こんな場末のD級に起こるなんて聞いたことない」
リーダー格の男がそう言って、場を落ち着かせた。そのまま進むと、部屋の奥には巨大な木の根に覆われた鉄の扉が現れた。見るからに禍々しい。
「まさか……ボス部屋?」
「ついに俺らが万年窟を攻略か!」
「もし倒せそうなら配信にしようぜ」
興奮するメンバーを他所に、リーダーの男だけは冷静にドアを見つめシンジに指示を出す。
「なあ……これも解術できるか?」
シンジは扉を見上げ、息を呑んだ。視線だけで拒絶を訴えたが、メンバーたちは容赦ない。
「お前がいるのはこういう時のためだろ。早くしろよ」
シンジは震える手で再び解術のスキルを発動させた。扉はゆっくりと開き、禍々しい量と濃度の魔素が扉から溢れ出すのが分かった。
暗闇を奥に進むと、石壁に覆われた広い空間になっていた。そして——。
「な、なんだあれ……」
部屋の中央にそびえ立つ人型のモンスター。それは石柱に鎖で縛られ、眠っているかのように微動だにしなかった。しかし、パーティが数歩踏み込んだ瞬間、その目が開いた。
赤い瞳が光を宿し、モンスターの手がわずかに動く。そして次の瞬間——。
「ぐあっ!」
念力のような力でメンバー数人が空中に持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられた。そして彼らはピクリとも動かなくなった。
「逃げろ!」
リーダーの男が叫ぶ。だが、シンジはその場に座り込んだまま、恐怖で動けなかった。周囲で足音が遠ざかるが「グシャリ」という鈍い音と微かな呻き声が響いた後、やがて静寂が訪れた。
(逃げないと……でも、僕はどうして動けないんだ……)
震える足に力を込めようとするが、全身が硬直しているようだった。
モンスターの赤い瞳が彼を捉える。そして低く響く声が言葉を紡ぐ。
「……お前は、どうやってここに辿り着いた?」
その声は低く洞窟全体を震わせ、シンジの全身を貫いた。鎖が軋む音が追い打ちをかけ、シンジの心に暗い影を落とす。
「ぼ、僕には……解術のスキルが……あります……」
その言葉を聞いたモンスターは不気味な笑みを浮かべた。
「そうか。それならば、この鎖を解術してみろ。そうすれば、お前を生かしてやろう」
「そ、それは……」
するとモンスターはまるで、心の深淵を覗き込むような鋭い視線でシンジを睨んだ。
「お前の思考の奥に……強さへの渇望が見える。それを叶えてやろう。この鎖を解ければ、その強さを与えてやると……契約しよう」
その一言が、シンジの心を捉えた。
(僕も強くなれる……カイくんみたいに……)
「……わかりました」
震える声でそう答えた瞬間、モンスターの笑みが一層深まった。
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