矜持
第22話 リサの無双と進化の魔石
カイは目を覚ました。
視界に広がるのは、天井から滴る水滴と、微かに揺らめく紅蓮の光。
「……あれ? ボク、どれくらい眠ってたの?」
隣に座るリサが振り返り、安心したように微笑んだ。
「まだ1時間も経ってないよ。だからもっと寝ててもいいのに」
リサは驚いていた。カイの皮膚は先ほどまで火傷の跡が生々しかったが、今ではほとんど赤みを残す程度にまで回復している。彼女はその変化を目の当たりにしながらも、これがカイの「普通」なのだと受け入れつつあった。
「でも……狭山さんに頼まれてた、妹さんを探さなきゃ」
「探すって……どこにいるかもわからないのに?」
するとカイはリサの言葉に答えず、静かに目を閉じた。
彼の周囲の空気が不規則な音を立てて流れ始め、洞窟の奥へと小さな音を立てつつその範囲を広げていく。
その様子を見たリサは、思わず呟いた。
「……最近じゃ、何をやったって驚かなくなったけど」
カイの集中する姿は神秘的ですらあった。周囲の空気が微かに震え、リサは何か見えない力が働いているのを感じた。
「わかった。さっきの螺旋の穴の中間くらいに、モンスターが集まってる場所がある。ひとつはけっこう強い力を持ってるよ。その近くに、人の気配がひとつ。たぶん……これだ」
「止めたってカイは行くんでしょ?」
リサは肩をすくめ、諦めたように笑った。そして少し真剣な顔になり、こう付け加えた。
「でも、カイは戦わないで」
「どうして? ボクはもう大丈夫……ん、あれ? なんかまだフラフラする」
「ほら見なさい。あなたは普通の人間なら数ヶ月はかかる火傷を負ってるのよ。でもじっとしてると治りが異常に早いみたい。だから完治するまでは安静にしてて。これお願いじゃないからね!」
リサの説得は理路整然としていたが、それよりもその気迫と圧力に押されてカイは苦笑した。
「わかった。でも危険だと判断すれば勝手に動くから」
「相手がボスじゃないなら、その必要はないと思う。今の私ならね」
自信に満ちた言葉と笑みを浮かべたリサは、紅蓮の誓環を指先で弾き、赤い輝きを放つそれをちらりと見た。
二人はゆっくり歩きながら吹き抜けへ向かう。
「あ!配信は一時停止してるんだけど、どうする再開する?」
リサがカイに尋ねる。
「うーん、もうダンジョンボスは倒しちゃったし、これから先は狭山さんからのプライベートな頼まれごとだから、配信はしないでおこうよ」
「なるほど。たしかに、妹さんの状況も分からないし、彼女の最悪の状況も想定するなら、配信はリスキーだね……」
「そういえば……ボスを倒した後、このダンジョンはどうなるの?」
「私たちがダンジョンを出たら、自然にポータルが閉じて、もう入れなくなるはずよ」
「だとしたら、これが救助出来る最後のチャンスってことだね……」
そんな話をしながら二人は螺旋階段の吹き抜けへと戻ってきた。天井の光がぼんやりと差し込み、闇に続く螺旋がかすかに見える。
「あの辺り……真ん中の、あの場所だ」カイは指をさし示した。
「おっけー、じゃあ、私に掴まって!」
リサが背中を向けてカイにそう促すと、カイは少し照れながら肩に手を回した。
「リサさん、炎の力で空を飛べるんだっけ?」
「らしいんだけど、とりあえずやってみる」
リサが紅蓮の誓環の力を解放すると、彼女の体が炎に包まれた。気流が二人を包み込み、ふわりと空中へと浮き上がる。
護るべき対象には炎が熱を持たないらしく、カイはむしろ心地よい温もりすら感じていた。二人は宙を舞いながら中間層に到達し、静かに着地した。
「へえ、すごいな……」
「まだ慣れないから自由自在ってわけにはいかないけど……これは便利ね」
リサは弓を握り直し、先に進むカイの背を守るように臨戦体勢のまま進んだ。二人が洞窟の奥へ足を踏み入れると、温度がさらに上がり、焦げた匂いが鼻を突いた。
「なんか嫌な匂いだね……」
「うん、生き物の焦げる匂いだ……妹さんじゃなきゃいいんだけど」
「ちょっと!縁起でもないこと言わないでよぉ」
やがて二人は広い洞窟の空間に辿り着いた。そこには赤黒く染まる石の祭壇があり、その周囲には無数の
見ると奥の祭壇の上には、一人の女性が横たわっていた。狭山の妹だろうか。その体は鎖で縛られ、動けない状態だ。
「リサさん、あれ……」
「動かないね、生きてる……のかな」
その時、熱気で空気が揺れる祭壇の上に立つ異形のモンスターが姿を現した。
それは人間に似た体躯を持つが背中に大きな羽があり、顔や全身が赤い鱗に覆われている。額からは炎のような角が突き出ていて、その瞳は燃え盛る焔のようにギラギラと輝いていた。
リサはすぐさまアナライザーで解析する。
「
サラマンダーの上位種〜人型に進化した個体
・身体は炎の鱗で覆われ、燃え盛る武器を扱う。
・上級火炎属性の魔法を自在に操り、攻撃だけでなく周囲の温度や環境を支配する。
・知性が高く、人間の戦術を理解しているため、力だけでなく策略も駆使する。
・自らを進化させるべく、強い力を持つ個体を素材とし錬金させることが生きがい。
「そのほかの
その時、
『ほう……これはこれは、良い素材が自らのこのこやってくるとはな。ここが進化の魔石を錬金する場だとも知らずに〜なぁんと愚かな』
その声は洞窟全体に響き渡り、群がる火蜥蜴たちが一斉に咆哮を上げた。
「炎が得意なの?奇遇ね、私もよ」リサが大声で語りかける。
「なるほど、人型だと声がだせるんだね」納得したようにカイが呟く。
『たわけが……我が炎は、炎の魔人様の眷属にあたる崇高なもの。人間のとは次元が違うのだよ。」
リサは一歩前に出て、不敵に笑った。
「やってみれば? 私がその魔人様かもしれないでしょう?」
『不敬な……錬金素材にしてやろうかと思ったが、一瞬で灰と化してやろうか!』
「その女性、返してくれないかな?知り合いなんだ」
カイが
『この女か……既に我が”進化の魔石”の材となってもはや虫の息だ。もう長くは持たないだろうて』
「さんざん利用して捨てるのか?あんた……ムカつくな」
その挑発的なカイの言葉に周囲の
「カイ、ここは任せて」
「でも……!」
「大丈夫、今の私は炎そのものよ」
前に出たリサに
するとリサの瞳に宿る紅蓮の輝きが、一層強く燃え上がる。彼女は紅蓮の誓環の力を開放し、敵の群衆に向けて矢を構える。
「女の子ひとりに、群れで押しかけるなんて、みっともないわね!」
リサが矢を放つ。
空中で矢が赤い光に包まれ、放たれた瞬間に火球へと変化する。
炎の雨となって降り注ぐ。
—ドカン!ドカン!ドカン!
着弾と同時に炸裂する炎が火蜥蜴たちを薙ぎ払い、次々と消し飛ばしていく。リサは間髪入れずに二の矢、三の矢を放つ。炎耐性を持つはずの火蜥蜴たちが明らかに苦しそうな悲鳴をあげる
さらにリサは一瞬で魔法陣を描き、水の魔法属性を付与した矢を放つ。急激な温度差で凄まじい水蒸気爆発が起こり、あっという間にすべての火蜥蜴を殲滅した。
その様子を見た
『炎属性に耐性がある火蜥蜴に炎の矢でダメージを与えた?最後は水の矢で倒しただと?!何者だ小娘!』
「……あなたの上司の娘ってところかしら?」
『先ほどから炎の魔人様の気配をこの娘から感じる……ええい!そんなはずはない!我が灼熱の炎にて、その怪しげな気配もろとも消し炭にしてやる!』
『我が怒りの炎を浴びるがいい、焼き尽くせ!エクスプロードフレイム!』
魔法陣から無数の炎の弾丸が放たれ、洞窟内を灼熱の嵐が駆け抜ける。
全弾がリサに命中し、赤い炎の渦が天高く舞い上がる。
「リサさん!」
カイが一瞬身構えるが、心配は無用だった。
『え?なぜ無傷なのだ……多少の火炎耐性があったとてすべて防げるはずが」
するとリサは気流を使い一瞬で空中へと飛び上がった。魔法の炎が追尾してくるが、紅蓮の化身となった彼女の身には、熱が一切届かない。
「無駄よ。今の私は炎そのものだもの!」
リサが矢を引き絞り、再び灼熱火球を放つ。だが、今回は矢に集まる炎を凝縮させ、小さな紅蓮爆裂に変化させた。
—ズガァァン!
紅蓮爆裂が
『ぐっ……この我が……こんな小娘に追い詰められるとは!』
するとリサは、
『我が……炎に敗れるだと……?バカな!………」
凄まじい光と熱に包まれた
洞窟内には、わずかに立ち上る白煙と、先ほどまでの灼熱とは打って変わった静寂が広がる。
リサの周囲に漂う紅蓮の輝きも、ゆっくりと鎮まり、代わりに洞窟の奥から微かな水音が聞こえてきた。
カイは息を飲み、場の緊張が解けるのを待つようにして動かずにいた。
「……よし、ひとりで勝てた!」
よほど嬉しかったのか、戦闘を終えたリサが小さくガッツポーズをする。
すると
リサはそれを手に取ると、すぐにアナライザーで解析する。
「……進化の魔石?……モンスターの進化させて強化するアイテムみたいね。私たちには関係ないかも。」
リサが放り投げた進化の魔石をカイが拾い上げ、ポケットにしまう。
「なにかの役に立つかもしれないから、ボクがもらうね」
その時、微かな呻き声が聞こえた。祭壇の上で目を覚ました狭山の妹だった。
「あ、まだ生きてる!」
二人は急いで鎖を解き、彼女を抱き起こす。
「大丈夫? 名前は?」リサが優しく問いかける。
「……アイです……狭山アイ。助けてくれて、ありがとう……ゴホゴホ」
見た目20代前半といった感じの美しい女性だった。言われてみるとどこか狭山京治と面影がにている。S級ハンターだというのに、弱りきっていて今にも絶命しそうな顔色をしていた。
「彼女の体力がやばそうだ、出口に急ごう!」
狭山の妹を無事に救出し、三人はリサの飛行能力で洞窟の出口まで急行した。
すると、入り口付近の広場で、モンスター同士の壮絶な戦闘が繰り広げられていた。
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