反攻

第11話 規格外の存在

 カイとリサは、護送車に揺られていた。窓の外には都会の夜景が流れ、街の灯りが次第に遠ざかっていく。車内の沈黙が重くのしかかる中、リサは鋭い目で黒スーツの男を見つめ、静かに口を開いた。


「ねえ!私たちを連行するなら、捜査令状があるはずよね?見せてもらえないかしら?」


 黒スーツの男は一瞬だけリサの目を見たが、無言で薄い封筒を取り出し、手渡した。リサは中身に目を通すと、そこには「未等級者のダンジョン侵入」と記されている。


「未等級者のダンジョン侵入……?」リサは眉をひそめ、再度男を見上げた。


「ちょっと、カイはちゃんと等級検査を受けているわ。魔性水晶が壊れたせいで測定できなかったけれど、私のアナライザーでA級以上であることは確実なの。そんなの無視して連行するなんておかしいわ!」


 強い語気で抗議するリサに対し、黒スーツの男は表情を変えず黙り込んでいる。その冷たい態度に苛立ちながらも、隣に座るカイがリサの肩にそっと手を置き、微笑みかけた。


「ごめんね、リサさん。ボクのせいで、巻き込んじゃって……」


 リサはその手を少し握り返し、顔を寄せて小声でささやいた。


「この令状は、ただの言い訳に過ぎないわ。本当の狙いは、カイ、あなたの力よ。配信で見せたあの力に目をつけた国の上層部が動き出したのかもしれない」


 カイはその言葉に驚きつつ、静かに頷いた。そして二人は、到着した『ダンジョン公安庁』の大きな庁舎へと導かれていった。


 二人が通されたのは無機質な取調室ではなく、公安庁特別対策本部の会議室だった。


 室内には厳粛な空気が漂い、中央のテーブルに座る公安庁長官・本間総一郎が威圧感を放っている。周囲には長官の部下たちが控えていたが、リサは長官を真っ直ぐに見据え、勢いよく口を開いた。


「配信を中断したのは、あなたたちですね?ダンジョン配信者にとって、ライブ配信は命を懸けた挑戦なんです。それを一方的に止めるなんて、公安庁でも許されないはずです!」


 本間長官はリサをじっと見つめたが、あえて冷静さを崩さずにため息をつく。


「未階級者が配信を許されるとなると、安全上の示しがつかない。致し方ない処置だ」


「安全?はっきり言って、それは通用しません。カイはS級相当のボスを一人で、しかも一撃で倒したんです。未等級扱いなんて筋が通っていないわ!」


 本間長官を相手に、さらに厳しい視線で迫るリサ。カイはそんなリサの強気な姿に一瞬驚いたが、言っていることは正論だと感じ、そのまま黙って任せることにした。


「君たちが攻略したのは、登録上C級のダンジョンだ。あくまで、あれはC級のボスにすぎない」本間は冷静に言い返す。


「はあ?あれがC級?あなた、もう少し現場を知ったほうがいいんじゃないですか?」


 リサはなおも抗議しようとするが、カイが彼女の肩に手を置き、静かに首を振った。

 そしてカイが一歩前に出る。


「長官、ボクたちをここに呼んだ理由は、別にあるんじゃありませんか?」


 本間はその問いに一瞬驚いたが、すぐに部下に指示を出した。


 すると係員がテーブルに、複雑な光を放つ透明な水晶を慎重に置いた。長官は二人を見つめながら、厳粛に言い渡した。


「この魔性水晶で君たちの等級を測定する。これはS級まで測定可能な、国内でも最高水準の希少な水晶だ。まずリサ、君からだ」


 リサは静かにうなずき、魔性水晶に手を置いた。水晶が淡く輝き始め、やがて測定モニタに「A級」という文字が浮かび上がる。


「あれ?私、C級だったのに……どうして?」


「おそらく、さっきのダンジョンで手に入れたアイテムとスキルが、君の能力を大幅に引き上げたようだな」


 本間は少し感心したようにリサを見やり、続けてカイに目を向けた。


「では、君だ。カイ君、手を置いてくれ」


 カイが水晶に手を置くと、光が急速に増し、眩いばかりの輝きが辺り一面に放たれた。その光は周囲を包み込み、さらに激しく増していく。次第に測定器が震え出し、ついにはオーバーフロー状態に突入してしまう。


「手を離してくれ!」調査員が慌てて叫ぶと、カイは急いで手を引いた。

 同時に輝きは急速に収まり、魔性水晶は静かに暗転した。


 周囲の調査員たちは驚きと恐れが混じった目でカイを見つめていたが、本間長官は落ち着いた表情で問いかける。


「で、等級はどうだ?」


 調査員の一人が困惑気味に答える。


「計測不能です……国内最高水準の魔性水晶でも、彼の能力に対応しきれなかったようです」


 本間はしばらく黙考し、やがてポツリと呟くように言った。


「つまり、S級以上ということか」


 別の調査員が戸惑いながら進言する。


「しかし長官、S級以上の等級はそもそも存在しません。S級で登録することで良いのではないでしょうか?」


 それに対して長官は、厳しい表情を浮かべた。


「適当にS級と決めることは逆に混乱を招くだろう。安全上の観点からも基準は明確に守られるべきだ。」


 カイはその表情に不安を感じ、少し寂しそうに言った。


「じゃあ、ボクは……未等級のまま、今後ダンジョンには入れないのでしょうか?」


 その視線はリサに向けられ、わずかに彼女の笑顔が広がった。


「たぶん、そうはならないわよ」


 本間は彼女の言葉を受けて深くうなずき、決意を込めて口を開いた。


「では君を……0ゼロ級として登録することにしよう」


 「0ゼロ級……」


 その言葉にカイの心に複雑な感情が湧き上がった。「ゼロ」という響きは、どこか虚無を感じさせるものだ。

 しかし、周囲の職員達は一斉に長官を見つめた。


「長官……あの0ゼロ級ですか?本当に彼でよろしいのですか?」


「構わない。それが我々の決定だ」


 本間は二人に静かに微笑みかけ、「君たちはもう帰っていい」と告げて会議室を後にした。


 カイとリサもようやく深い緊張から解放され、安堵の息をつく。


 ◇ ◇ ◇

 

 二人が庁舎を出ると、夜の冷たい風が迎えてくれた。リサはふと足を止め、カイに向き直る。


「カイ、今日は本当にかっこよかった。配信でも、あの会議室でも、堂々としてて頼もしかったよ」


 ただでさえ美しいリサの真剣な眼差しにカイは赤面し、驚いたような表情を見せた。


「そ、そうかな……でも、リサさんがずっとそばにいてくれたから、ボクも怖くなかったんだ」


 リサは満面の笑みで「こんど、ダンジョンじゃないところでデートしない?」と提案する。


「え!?デ、デート!?……ボクと?」


 カイは顔を真っ赤にして固まってしまうが、リサは楽しそうに笑いながらスマホを取り出し、SNSアドレスを交換した。


 こうしてリサと別れ、人生でもっとも軽い足取りで帰路につくカイ。


「あんな可愛い子とボクがデート……」

 

 彼の胸には、夢のような高揚感が広がっていた。


 

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