第27話 過ぎたる力の代償
闘技場に緊張が走る。リサは紅蓮の誓環の力を全開に解放し、全身を赤い炎が包む。指輪の赤い光が揺らめくたびに、彼女の全身から湧き上がる熱が観覧席にまで伝わるようだった。
「さあ……始めるわよ!」
リサが矢をつがえ、一瞬の躊躇もなくアヤメに向けて放った。それは炎の軌跡を描きながら高速で突き進み、着弾と同時に爆発を引き起こす。
しかし、次の瞬間アヤメは着弾地点とは違う場所に移動していた。そして冷静に青く輝く短剣「氷月」を、静かに構える。
「その程度の炎じゃ、私には届かないわ」
アヤメが青い剣を振ると、迫り来る炎は空中で急激に熱を奪われ、凍りついて地面に落ちた。そして凍結した炎は再び融解し、霧となってアヤメの周囲に漂う。
「何……!? 私の炎が……消されるなんて!」
リサは驚愕するが、すぐに再び矢を放つ。連射される炎の矢は次々にアヤメに向かうが、そのたびに「氷月」によって吸収され、無効化される。
「炎だけでは勝てないわよ、リサ」
アヤメは右手に「氷月」を構えたまま、左手で赤く輝く剣「紅蓮牙」を腰から抜いた。剣が揺らめき、先ほど吸収した炎の力が逆流するように放たれる。その炎はリサの矢よりもさらに強烈で、観客席まで熱波を感じさせるほどだった。
「そんな……私の炎を反転させた……?」
リサは完全炎耐性があるにもかかわらず、炎の圧力に気押され、わずかに後退する。
闘技場の観覧席では、カイとメイがじっと戦況を見つめていた。リサの紅蓮の力が解放されるたびに、熱波が観覧席にまで届き、空気が震えるのを感じる。
「リサさん、すごいな……イフリートの紅蓮の力を使いこなしてる。でも……アヤメさんの反応と対応が速すぎるね」
カイが呟き、リサの動きを追いながら言葉を続けた。
メイは一瞬、赤い瞳を持つアヤメに目を向け、冷静な声で答えた。
「カイ様、あの方の赤い瞳……“魔眼”と呼ばれるものかもしれません」
「魔眼?」
「はい。もし私の推測が正しければ、彼女の瞳は数秒先の未来を視る力を持っています。相手の動きや攻撃を瞬時に先読みし、それに対応する最適な戦術を選べべます……ただ、人間が持ってるはず無いのですが」
「そうか、先が見えてるからあんなに対応が早いんだね……」
カイは驚きつつも納得するように頷いた。
「はい。しかも、彼女のもう一つの強みは、あの剣にあります。所有するる4本の剣それぞれから、水、火、風、土の属性を感じます。逆属性を使って相手の攻撃を打ち消してるのでしょう」
「そんなの、ジャンケンで相手が出す手を知ってるみたいなもんじゃないか……」
カイは改めて戦場を見つめ、眉をひそめた。
「未来の攻撃が見える上に、それを打ち消す武器を持ってる……これじゃ勝負にならないね」
メイが僅かに頷き、さらに続けた。
「その通りです。リサ様の紅蓮の力は非常に強力ですが、現在の状況ではアヤメ様の戦術と魔眼に完全に封じられています。リサ様が勝利するには、アヤメ様の魔眼を超える戦略を見つける必要があります」
「これが超S級、ダンジョンの力に対応した人間……たしかに強いね」
カイが強い声で言い切ると、メイは静かに微笑んだ。
「そうですね。でもカイ様はもっともっと強いです」
「メイはボクを買い被り過ぎだよ……でもまあ事前に知れて良かった」
カイは真剣な表情で頷き、再び戦場を見つめた。
リサは何度も矢を放ち続けたが、アヤメの剣によってすべて無効化され、反転攻撃を受け続けていた。それでも彼女は諦めず、息を切らしながら叫ぶ。
「まだまだよ!」
リサは紅蓮の力をさらに高め、背中に炎の翼を広げた。空中に舞い上がり、彼女の全身が槍のように輝く炎に包まれる。そして、一気にアヤメに向かって突進した。
「これで決める!」
しかし、アヤメは冷静だった。その赤い瞳が一瞬だけ強く輝き、魔眼『フォーサイト・オブ・ルージュ』を発動する。
「焦りすぎよ、リサ!」
アヤメは火の剣「紅蓮牙」をしまい、土の剣「大地紋」を構えた。その剣を地面に突き刺すと、リサの突進を受け止めるための防壁が立ち上がる。
炎と土が激突し、轟音と共に衝撃波が広がる。だが、リサの力は防壁に吸収され、逆にそのエネルギーが反転して彼女に跳ね返る。
「くっ……!」
リサは後退し、膝をつく。その体から立ち上る炎も弱まり始め、紅蓮の力が限界に近づいているのが明らかだった。
アヤメは剣を納め、リサのもとへ歩み寄った。その目には戦闘中の冷徹さとは違う、優しさと厳しさを宿っていた。
「リサ、あなたは確かに強い。でも、その力を支配できていない時点で、戦いにはならないわねぇ」
リサは悔しそうに唇を噛み締めたが、反論することなくその言葉を受け止める。
「あなたが本当に強くなりたいなら、この指輪に頼りすぎるのをやめなさい。そして、自分の力の本質を理解すること。それが、次に進むための第一歩よぉ」
その言葉にリサは静かに頷いた。
ふと、リサはアヤメの顔を見上げ、思ったことを口にした。
「ねえ……どうして私の攻撃が全部読まれてたの?」
アヤメは小さく笑いながら答える。
「この赤い魔眼のおかげよ。この目で未来を視て、あなたの動きを先回りしていたのぉ」
「そんな……! それってチートじゃない!」
リサが立ち上がり、息を荒げながらアヤメに向かって言葉を放つ。
「でも……アヤメさん、人間が一体どれだけの訓練を積んだら、そんな強さをえ得られるわけ……」
リサの言葉が途中で途切れた。アヤメがリサの声の方を向きながらも、どこか焦点が合っていないように見えたからだ。
「……あれ? アヤメさん……聞いてる?」
リサが一歩近づくと、アヤメの赤い瞳が以前の輝きを失っていて、灰色がかった鈍い色に変わっていることに気づく。
「その目……どうしたの?」
アヤメは小さく笑い、剣を腰の鞘に戻しながら、そっと視線を下げた。
「これが、私の魔眼の代償よ。『フォーサイト・オブ・ルージュ』……この目の力を使った分だけ、その後に盲目になるのよぉ」
リサは驚きのあまり、息を飲んだ。
「盲目になるって……そんなの、どうして……」
「未来を見るというのは、自然の摂理を逆らう行為なのよ。その代償として、私の目は光を失う。さっき程度の使用時間なら戦闘が終われば数十分で回復するけど……使いすぎると、いずれ完全に見えなくなるかもしれないって話よ」
アヤメの声は淡々としていたが、その裏に宿る孤独の影をリサは感じ取った。
「なんでそんなリスクを背負ってまで戦い続けるの?……どうして」
アヤメは微かに微笑む。
「それでも戦わなければ、生き残れなかったからよ。それに……私には、守るべき仲間もいなかった。強い人間を求めているのは、きっとそのせいね。私の目が見えなくなっても良いくらい、信頼できる仲間が欲しいのかもしれない」
リサはしばらく言葉を失った。自分が力を求めた理由と、アヤメの孤独な戦いの背景が重なり、胸に何かが込み上げてくるのを感じた。
リサは肩をすくめながらも笑みを浮かべた。そして盲目になっているアヤメの肩を支え、彼女はリサの肩に手を添える。だが、その手はわずかに震えていた。
そのまま二人は、ゆっくりとカイ達の方へ歩き始める。
「……それなら、もっと頼ってもいいんじゃないの? 強い仲間が欲しいなら、素直に言葉にしなきゃわからないよ」
アヤメは驚いたようにリサの方を見た。その目に光は戻っていないが、表情にはわずかな希望の光が宿ったように見えた。
「……そうねぇ。それを、あなたに言われるとは思わなかったけど」
「なによ、それ」
(私はもっと、自分の力を使いこなせるようになる。カイに頼らなくても良いくらいに……)
リサは『副作用』と思われる光を失ったアヤメの目を見つめながら、自分の未熟さと彼女の強さを、覚悟の差を改めて感じた。
カイとメイが二人に駆け寄り、その場は一旦静寂に包まれる。
「一ヶ月ちょうだい……あなた達に、私が持つすべてを叩き込んであげる」
いつになく真剣な表情のアヤメの言葉に——三人は頷き、これから新たな試練へと挑む覚悟を決めた。
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