第5話 初めてのダンジョンへ

「やっぱりない、か……」


 スマホで近隣のダンジョン一覧を眺めながら、カイはため息をついた。


 初心者向けのF級ダンジョンは、登録されたばかりの配信者や初心者の攻略者たちにすぐに奪われてしまい、最近ではほぼ見つからない状態だった。


「F級モンスターって、人間よりも弱いの多いんだっけ……腕力に自信がある人なら、初挑戦でもクリアできるって言ってたもんな」


 どうにか近場の低級ダンジョンを探してみたが、どこも定員オーバーで空きがない。とくに人間以下のモンスターが出てくるE、F級は格好の狩場で、すぐに攻略されて消滅してしまうのだ。


 結局、家の近くで残っているのは「C級ダンジョン」だけだ。


「C級は……さすがにヤバいよな」


 C級ダンジョンに入るには、「適正ランクC」と判断された者と同伴か、D級を攻略してきたパーティーに限られている。

 かなり危険度が高く、素人が入れば命を落とすことも珍しくないという。


 カイは少しだけ背筋が冷たくなりながらも、ダンジョン配信の世界に触れてみたいという思いが消えない。


 ダンジョン配信のスタイルは様々ある。華麗に魔物を狩る者もいれば、危険から逃げ回るだけで大人気の配信者もいる。人の攻略を邪魔するだけの迷惑系と言われるジャンルですら一定数のファンがいるなど強ければ良いという単純な世界ではない。

 

「とりあえず、見るだけなら……」

 

 カイは少しの好奇心と高揚感を抱き、C級ダンジョンが発生している現場へと向かうことにした。

 

 スマホに表示された地図を頼りに、現場に着くと、ダンジョンの前には予想以上の人が集まっていた。周囲には配信者やギャラリーが溢れ、まるでお祭りのように賑わっている。


「すごい……現場もこんなに人気なんだ」


 ギャラリーの中には、トップ配信者の名を叫んで応援している人もいれば、リアルタイムの戦闘を見守っている者もいる。ダンジョン攻略の配信がどれほど人々に熱狂的に支持されているかが一目で分かった。


 少しでも近くで様子を見ようと、人だかりの列にカイは並んだ。


 ——だが、その列はギャラリーの列ではなく、C級ダンジョンに挑戦する参加者が並んでいる列だった。

 しかも、自分の適正ランクを測るために「魔性水晶」に触れ、能力測定する列だったとは、カイは全く気づいていなかった。


「あれ?……ここ、ダンジョンの参加希望者の列……?」


 気づいた時にはすでに列が進んでおり、焦っている間にカイの順番がもう間近に迫っていた。

 (いまならまだ…)動揺しながら列を離れようとするが、「はやくいけよ」と後ろの男性がこずいてくる。

 左右金網が貼られた通路のようになっいるので、前に進まなければ身動きが取れない。


「次の方、お願いします」


 いよいよ自分の目の前の人の順番になった。カイの前に並んでいたのは、同い年くらいの女子だった。


 長い髪を後ろ縛ったポニーテールで、体にフィットした動きやすい服装をしている。それもあって身長は高くないがスタイルの良さが際立っていた。カイの視線に気がついたのか、彼女が振り返り、カイに対して柔らかな笑みを浮かべた。

(え?アイドル?)控えめに言ってもかなりの美人だった。


 その女の子が、審査官に促され、魔性水晶にそっと手を置く。


 すると水晶は眩く輝き、その横に設置してる液晶モニタに「適正C」と表示された。


「え?……C級ダンジョンに挑戦できる適正を持っているってことか……すごいな」


 女の子が軽く笑って頭を下げ、次に並ぶカイと再び視線が合った。彼女はやわらかな笑顔で「頑張ってね」と囁き、控えの列に並んでいく。

 その言葉にカイは少し緊張しながらも、自分の番がきたことで、言われるがまま水晶に手を触れた。


 その瞬間、魔性水晶が異様に輝き出し、周囲の視線が集まった。水晶の中で光が激しく渦を巻き、次の瞬間、カイの手元で粉々に砕け散ったのだ。


「なっ……!」


「ちょっと待って、故障か?こんなこと、聞いたことないぞ……」


 スタッフや審査官たちは驚愕し、カイも何が起きたのか理解できずに呆然と水晶の破片を見下ろした。

 周囲では「何だあれ?」「故障じゃないのか?」というざわめきが広がり、審査官の一人が少し焦り気味に新しい水晶を取り出し、カイにもう一度試すように促した。


「え……またやるんですか?」


「す、すまない。ちょっと手違いがあったようだ」


 再び水晶に触れると、さっきと同じように光が集まり、破裂音とともに粉々に砕けてしまった。

 スタッフたちはあんぐりとなって言葉を失い、何が起きたのか見当もつかない様子で呆然としている。


「……故障ですかね」


「だ、だと思うが……オーバーフローっぽい反応だったな。でもこれA級まで測定出来るはずだからそれはないよな」


「え?もう予備がない?じ、じゃあ仕方ない、とりあえず測定はここまで!」


 後ろに並んでいた参加希望者たちは苛立った表情を浮かべ、「何してんだよ!」と声を荒げてカイを睨んでいる。

 カイはただ平謝りをし、これ以上場を荒らさないようにと足早にその場を離れようとした。


「ねえ君!」


 後ろから声が響き、思わず振り返ると、さっき自分の前で測定していたC級適正の女の子が立っていた。カイは驚きつつも、どうして彼女が自分を呼び止めたのか理解できずに戸惑う。


「えっと、ボクに何か?」


「君さぁ……私と一緒にダンジョン入らない?」


 その言葉にカイの心臓が高鳴った。まさか、自分が参加することになるとは思ってもいなかったが、彼女の目は真剣だった。彼女は微笑を浮かべながらも、どこか探るようにカイを見つめている。


「いやでも、ボク……その、初心者なんだ」


「へえ!そうなんだ。でもね、あなたは……たぶん強いわよ。問題ないと思う」


 彼女の言葉に驚きつつも、カイの中に微かな自信が芽生えてきた。まだ自分の力の片鱗を理解しきれていないものの、これまでの不思議な出来事が思い起こされる。

 いじめっ子が怯え、内縁の父が触れた瞬間に手を引っ込めたこと――もしかすると、自分には未知の力が宿っているのかもしれない。


「わかった……迷惑でなければ、ボク、挑戦してみるよ」


 カイが頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃ、一緒に頑張ろうね。あ、私、リサっていうの」


「ボクはカイ。よろしく、リサさん」


 二人は並んでC級ダンジョン参加パーティのゾーンに並ぶ。

 ダンジョンの周囲には規則正しく柵が設けられ、「危険!無断立ち入り禁止」の注意書きが掲げられている。入ることのリスクは承知の上だが、今のカイには恐怖よりも興奮が勝っていた。


「カイ、今の気持ちだけは忘れないでね。ダンジョンの中では、何が起こるかわからないから」


 リサが穏やかに言い、カイは深く息を吸い込んだ。


 初めての挑戦が始まろうとしている。それも、たまたま出会った少女と一緒に――。




------------あとがき-------------



さあ、いよいよダンジョンへ挑戦ですよ。

ダンジョンの中はどうなっているのか?!

どんな危険が待ってるのか?


まだ誰も知らない……


ボク(作者)も知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る