第4話 現実世界の理不尽
薄暗い校舎を抜け、自宅へと歩く。その足取りはいつもよりとても軽く感じた。
いつものように学校でいじめグループに囲まれて散々な目に遭ったが、なぜか今日に限っては、彼らの手から不思議と解放された。
特に、殴られたあの瞬間、彼らが驚愕と恐怖の表情を浮かべていたのがカイの脳裏に焼き付いている。
——そもそも、まったく痛みを感じなかった。あいつらが手を抜いていたとも思えない。
「結局、何だったんだあれ……」
カイは自分の手を見下ろし、ただの高校生の自分に何が起きたのか、頭を悩ませる。しかし、答えなど出るはずもなく、ため息をつきながら家のドアを開けた。
家に帰り着くと、テレビの音がリビングから漏れてきた。そして低くどす黒い『あいつ』の声がその部屋から聞こえる。
——カイはそれだけで胃が重くなる。
そこには、カイの母の内縁の夫である男が居座っていた。
「おい、何時だと思ってんだ。いつまでヒマしてんだよ、お前は」
カイが入ってきた途端、男の声が怒りに変わり、彼を睨みつける。カイは俯き、反論することもなくその場に立ち尽くす。
——幼い頃に両親が離婚し、母親に引き取られたカイだったが、彼女が再婚同然の形で連れ込んだこの男は、彼にとって悪夢のような存在だった。
男は日常的にカイに暴力を振るい、罵声を浴びせていた。今日も酒を片手に、テレビ画面に目をやりながらカイに怒鳴り散らしている。
「お前、学校で何してんだ?どうせ勉強もしてねぇんだろうが。俺たちの生活がどれだけ大変か、お前も少しは考えろってんだ」
男の視線は、カイの存在を責めるように突き刺さる。カイはただ「すみません」と呟くだけだった。
(おまえが働かないからだろ……クソやろうが)
怒りが込み上げるが昔からこの男に逆らえば、返ってくるのはさらに強い暴力と罵倒だけだったのだ。
男の視線は再びテレビ画面へと戻った。そこには、今人気の「ダンジョン配信」が映し出されている。
画面の中で、若い男性が鋭い剣を振りかざし、巨大な魔物を倒している。観衆の歓声やコメントがスクロールされ、実況者の興奮した声が映像に重なる。
——
数年前から世界各地で突如として出現し始めた異世界への入り口だ。内部はこの世界のものとは違う不気味な光景が広がり、未知の魔物や財宝があるとされている。
出現した当初は、侵入すれば命を落とす危険性高く恐ろしい場所だった。しかし、次第に研究が進み、ダンジョンの「色」や「形」から難易度やリスクが予測できるようになった。
さらに「魔性水晶」というアイテムによって、挑戦者の適性や強さが測定できるようになり、最適なチーム編成や装備を選ぶことが可能になった。
そうした背景もあり、ダンジョンに挑む冒険者たちが増え、それが配信文化と結びつき、今では大人気のエンターテインメントとなっている。
男が観ている番組も、トップダンジョン配信者
「おい、見ろよカイ。この配信者、どれだけ稼いでると思ってんだ?たった数時間の配信で、サラリーマンの年収の何倍も稼いでるんだぞ」
男は、嫉妬たっぷりの表情でカイにそう告げた。カイは答えることもなく、ただ黙ってその場に立っていた。男が日頃からダンジョン配信の人気ぶりをうらやみ、さらにその収入を羨んでいることは知っていた。
カイにとって無関係な世界だと思っていたが、今夜は違った。
「お前も、少しは家計の足しになることしろよ」
男の目がギラつき、カイを見下ろすように睨みつけた。
「……はい?」
「お前もダンジョンに行けって言ってんだよ!」
カイは耳を疑った。男は自分にダンジョンへ挑むことを強要しているのだ。あまりに突飛な言葉に、反応すらできない。
「俺たちが苦労してるのに、てめえは何の役にも立たねえ。ダンジョンで一稼ぎしてこいよ。命がけで金持ちになるチャンスだろ」
その声には、明らかにカイを見下す嫌悪が混じっていた。カイの存在を家計の負担としか見ておらず、ダンジョンに行かせて使えなくなればそれでいい、という考えが透けて見える。
カイは男の言葉に震えた。これまで黙って暴力や罵声を耐え続けてきたが、今の言葉はまるで自分が「金を稼ぐ道具」だと言われているようで、心の底から怒りが湧き上がってきた。
しかし、反抗の言葉を口にしようとした瞬間――
「何だよ、文句あんのか?ごるぁぁ!」と男がカイの肩を掴んだ。その瞬間、男の表情が変わった。
「……熱っ!?うわぁっ!」
男が急に手を引き、苦痛に顔を歪めた。カイの肩に触れた瞬間、彼の手に焼けるような痛みが走ったのだ。驚愕の表情でカイを見つめ、次の瞬間には怯えるように後ずさりした。
「お前、何か……変なことしてんじゃねぇだろうな」
(まただ……なんなんだこれ)
カイは困惑したまま男を見返す。自分はただ黙って立っていただけだ。しかし、男の怯えるような目線を見て、自分の中にある力が無意識に反応していることを何となく感じた。
「くそ……使えねぇくせに、気味悪ぃ奴だな」
男はその場で毒づきながらカイに背を向け、リビングに戻っていった。カイは何が起きたのか理解できないまま、自分の肩をさすった。男が去った後の部屋には静けさが戻り、カイはしばらくその場に立ち尽くしていた。
つけっぱなしのネットTVの画面には、C級ダンジョンのボスモンスターを倒して賞賛される配信者
彼は将来を期待された格闘家だったが、怪我で調子を落として成績に伸び悩んでいたところでダンジョン配信者に転向して大成功している人物だ。
「ボクも……ダンジョンに入れば、この人みたいに人生が変わったりするんだろうか」
しかし元々強い格闘家のセンスがあればこそだ。リスク管理されているとはいえダンジョンが一歩間違えば命を落とす危険地帯であることに変わりはない。
ひ弱な自分に何が出来るかわからないが、もしダンジョンに挑んで注目されたら、これまで味わってきた無力感を打破できるかもしれない。
カイは静かに拳を握りしめた。
「どうせダメもとだ……一度だけ、試してみるか」
小さな決意が心に宿り、カイは自分の人生を少しでも変えるために、ダンジョン配信に挑む決意を固めるのだった。
------------あとがき-------------
さあ、もうあきらめるんだ
次回でダンジョンに隕石が落ちて
冥王が死んでエンディングかもしれないよ
押すな危険
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