第30話 地に落とされた誇り

 ダンジョンの入り口から数十メートル進んだ先に設けられた簡易ロビー。鉄骨と布で組まれた仮設テントが並び、薄暗い洞窟内において一時的な安全地帯となっていた。


 公安庁が管理するこのエリアでは、既に中国洞窟特務隊・天威部(テンウェイブ)のメンバー、日本のS級ハンターたち、さらにはA級配信者たちが最終調整に入っている。


 薄青い光が灯されたモニターでは、外部配信者たちのコメントが次々と流れ、徐々に高まる熱気が伝わってきた。


【日本チームがんばれ】

【日本のS級の戦い方にワクテカしてる】

【すでに伊集院さん推し】

【中国チームTUEEEEでおわりそう】


 ——作戦会議


 伊集院レイナが、持参したホログラム装置を操作しながらブリーフィングを始めた。


「ここダンジョン名『霊障の回廊』は幻覚や精神攻撃を得意とするモンスター多いです。ですので力押しではなく慎重に戦略を進める必要があります」


 浮かび上がるダンジョンマップには、複雑な通路がいくつも入り組み、幾つかの赤いエリアが表示されている。


「幻影や精神攻撃か……俺には関係ないな」


 張 傲剛チャン・アオガンが冗談めかして言うが、李 龍天リー・ロンティエンは呆れ顔で無視している。それを横目に、島津が作戦計画のブリーフングに口添えた。


 「伊集院、君の分身を先行させて敵の配置を確認してほしい。中国チームとその他の配信者は後方からフォローするように動いてもらえれば——」


「必要ない。我々が先行して障害を排除していく」


 指揮官の李は島津の話を遮り、自分たちは単独で行動すると主張する。


「しかしそれでは、あなた方のリスクが高か過ぎますよ!」


「我々のリスク?これは日本側のリスクを減らすために言っているのですよ」


「しかしそれでは、私達の面目が……」


「天威部がこの程度のダンジョンで苦戦することはない。あなた方が我々の足を引っ張らなければですがね」


李 龍天リー・ロンティエンが冷静に言い放つ。


「さすがに、リーさん。言葉が過ぎるのではないですか?」


 島津がムラマサを軽く鞘から抜きながら、不快感を隠さずに言う。しかしリーはその視線にまったく動じることなく続けた。


「島津さん、S級である貴方の実力を認めないわけではありませんが……ダンジョン攻略は効率と成果が重要です。我々はそれを言えるだけの実績がありますのでね」


「私たちの存在が非効率だと?」


 伊集院が一歩前に出ると、冷えた視線を李に向けた。

 

「まあ……我々が道を切り開いた後で、好きなだけその分身とやらを飛ばすと良いでしょう」


 李はそう言い放ち、部下たちに軽く手を振る。


「行くぞ、チャン陽華ヤンホワ

「了解。楽しませてもらうぜ」


 張 傲剛チャン・アオガンは巨体を揺らしながら歩き出し、林 陽華リン・ヤンホワも静かに後に続いた。


「……なんて傲慢な奴らだ」


 島津がムラマサを鞘に戻し、ため息をつく。


「協調性ゼロね。これであのチームが強くなかったら、ただの自信過剰だけど……」


 伊集院は悔しそうに呟いた。


「まあまあ、ここは様子を見ましょうよ。彼らが先行するなら、その動きを観察して得るものもあるっしょ」


 人気配信者の天知ひかるが軽く肩をすくめながら、配信カメラを指差すお決まりのポーズをする。


「……呑気なこと言ってる場合かよ」


 島津が天知を睨むが、彼は意に介さない。

 誰が相手でも決して物おじせず、マイペースを貫くこの天知の性格が人気配信者となった理由でもある。


 中国チームが先頭を歩き、日本混成チームがその後ろに続く陣形で進み始めたダンジョン内部は、さらに暗く、霊気が濃くなっていく。壁や天井からは黒い霧が立ち込め、周囲の空気がじわじわと重くなる。


「……そろそろアイツが出てくる頃合いね」


 伊集院がそう呟いたその瞬間、暗闇の中から無数の「地縛の亡霊」が浮かび上がった。


「さっそく来たか!」


 張 傲剛チャン・アオガンが鉄槌を握りしめ、大地を蹴り上げながら突進する。


 轟音と共に鉄槌が亡霊たちを叩きつぶし、その余波だけで複数の霊体が消え去った。直後、目に追えぬほどの速さで鉄槌を回転させ、残った敵を次々と打ち倒した。


「はん、またA級かよ、つまらん!」


【張、つえええ!】

【亡霊相手にゴリ押しワロタ】

【天知ひかる、今日はまじで空気】


「あの巨体で、あのスピードは人間の領域を超えているな」


 島津が目を細めたその瞬間、先ほど通過した後方の通路脇から巨大な霊体が姿を現した。


「やっと俺の出番か!」


 島津が瞬時にS級斬魔刀”ムラマサ”を抜き構えると、霊障の壁すら無視して一気に間合いを詰めた。


「一刀両断——チェストッ!」


 彼の刀が閃いた瞬間、巨大な霊体は真っ二つに裂かれ、轟音と共に消滅した。


「島津さん、得意の一撃必殺は良いですけど……外れた時のフォローが大変なんで、ひとこと声かけてからにしてください!」


 伊集院が島津に文句を言う。そして幻影分身を操り、通り過ぎた横道に敵が潜んでいないか確認する。


【うぉぉぉ島津かっけー!】

【一撃必殺だ!日本のS級もやるじゃん】

【まさに鬼島津!】

【やっぱ日本刀はロマンあるぜ!】

【伊集院ちゃんの分身ひとつください】


「やっぱS級ハンターはダンジョン慣れしてるねえ!」


 天知ひかるが楽しそうにその様子を眺めている。彼は度胸があるのか、無頓着なのか、怖がるということを知らない不思議な男だ。


「ふん、余計な世話がいらないのは助かるな」


 李 龍天リー・ロンティエンが冷静に呟いたその瞬間、奥から異様な音が響いた。


 暗闇の奥から現れたのは、甲冑を纏った「亡霊騎士団」。不気味な静寂を破るように進み出た。鋭い刃と甲冑に包まれた巨躯それぞれがS級モンスターに匹敵する力を持つ。


「ようし、ここからが本番だな」


 張 が不敵に笑い、鉄槌を構える。


「私が合図するまでフォーメーションを維持しろ」


 李 龍天リー・ロンティエンが静かに号令をかけ、剣を構えた。


 その数は7体。重装備に強大な盾を構えながら、中国チームを完全に包囲するように展開し始める。


「俺たちじゃ手に負えなかった亡霊騎士団……どう捌くか見ものだな」


 島津が”斬魔刀ムラマサ”を抜きながら低く呟いた。しかしその声には焦りが滲んでいる。


「フォーメーションB。チャン、中央突破を」

「おうよ!」

 

 指揮官李 龍天リー・ロンティエンが短く指示を出し、張 傲剛チャン・アオガンは力強く頷くと、鉄槌を握りしめ、先陣を切って突撃した。


 轟音が響き渡り、彼の鉄槌が亡霊騎士の一体を攻撃する。敵は盾で受け止めるが、その衝撃波が周囲に広がり周囲の数体をノックバックさせた。


「こいつタンクのくせにつまんねえ防御だな!おら!本気を出せよ!」


【張、マジ怪物だな】

【A級どころかS級相手でも圧倒してる……】

【日本チーム、何してんの?】

【いやでも張だけじゃねーよ、これ全員つええわ】


 一方、林 陽華リン・ヤンホワが弓を引き絞り、狙撃を開始する。


「右から三番目、剣を振り上げた騎士を無力化します」


 矢が雷鳴のような音を立てて放たれると、騎士の核を正確に射抜き、強烈な雷撃を与え一瞬でスタンさせた。その後も立て続けに矢を放ち、亡霊騎士たちを着実にスタンさせていく。


 そして、リーは冷静な足取りで最前線へ進み出る。


「ふむ、ここは私も出るか」


 彼はゆっくりと剣を構え、わずかに目を細めた。

 次の瞬間、彼の剣に魔法の文字が浮かび、金色の光を放つ。


「天裂刃——斬ッ!」


 光を纏った剣撃の一閃ごとに騎士の体は霧散し、その場から消滅する。全ての攻撃が正確無比で無駄がなく、彼の動きに追随できる者はいない。


 中国チームは圧倒的な連携と火力で、わずか5分足らずの間にS級の亡霊騎士団を完全に壊滅させた。


 日本勢はその様子に愕然とする。


「……なんなのよ、これ」


 伊集院が虚ろな声を漏らし、亡霊騎士団が消滅した広場を見渡す。その間にも、中国チームは再び陣形を整え、次の行動に移ろうとしていた。


 天知ひかるが苦笑しながらカメラに向けて手を振る。


「リスナーのみなさん、これが超S級の本気らしいっすよ。いやー、俺たちの配信、ちょっと霞んじゃうね」


【これが中国超S級……ヤバすぎる】

【日本、これじゃもう追いつけないだろ】

【天知、いつになったら本気出すんだよ】

【島津さんも良かったけど、差がデカすぎる】

【どうしてこうなった】



 そして天知は、呆然とする島津に歩み寄り、配信にのらない小声で話しかけた。


「俺たちが一生懸命やってきたダンジョン攻略が、ただのお遊びみたいに見えちゃいますね……このままだと日本、詰むんじゃないっすか?」


「天知ひかる……冗談でもそんなこと言うな」


 島津は噛み締めるように言葉を吐くが、彼自身も内心では完全に同意していた。


 中国チームは無言でダンジョンの奥へと進み、遭遇したモンスターを難なく処理しながら、やがて巨大な扉の前に辿り着いた。


「ようやくボスの間か」


 チャンが鉄槌を肩に担ぎながら笑う。


「さっさと仕上げてくるぞ」


 李 龍天リー・ロンティエンが静かに扉に手を触れ、振り返ることなく言い放つ。


「ここから先、誰もついてくるな。我々が完全に制圧する」


 日本の混成チームは誰も反論しなかった。屈辱的であってもリャンの言葉に逆らう理由など、もはやなかった。


 中国チームは堂々と扉を開け、そのまま闇の中へと消えていく。


 それから約30分後、中国チームは戻ってきた。彼らの装備には大した傷もなく、タンクの張以外は疲労の色もさほど見えない。


「完了だ。このS級ダンジョンは攻略された」


 李 龍天リー・ロンティエンが簡潔に告げた。


「これで、この地域の脅威は排除された。——……提案なんだが、残りのS級ダンジョンについては、我々のやり方で対応させて欲しい」


「……それはどういう意味です?」


 島津が声を絞り出すように問う。


「簡単な話だ、君たちは不要。我々天威部が残りのS級ダンジョンを単独チームで攻略する。それが最も効率的で、確実だ」


 リーの冷徹な提案に、その場の空気が凍りついた。


「待ってください!それでは日本のハンターや配信者たちの誇りが……」


 伊集院が声を上げるが、李は淡々と答えた。


「S級ダンジョンを放置するのが如何に危険か、今日で分かったでしょう。誇りで国土を守れるなら、どうぞご自由に。だが、現実はそう甘くない」



【何これ……日本、完全に屈服じゃん】

【ダンジョンの攻略すら他国頼りとか情けない】

【このままじゃ日本、終わりじゃね?】

【でもさ、誰が中国を止められる?】

【カイくんがなんとか……してくれる】



 その場の全員が言葉を失う中、李 龍天リー・ロンティエンは再び静かに呟いた。


「今のあなた方に選択肢はない……では、これで失礼」


 中国チームはそのまま去り、残された日本側の面々は、屈辱と無力感に苛まれて立ち尽くしていた。


 こうして、山梨のS級ダンジョンはわずか2時間で攻略され、日本の自信は地の底へと落ちた。


 この日から、各メディアはハンターの育成を怠った政府の責任を追求する世論一色となり、ダンジョン公安庁の前では連日、抗議のデモ集会が行われた。

 

 それ以上に、突きつけられた『戦力不足』という現実は、国そのものの未来に影を落とすものだった——。







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