第25話 迫り来る大国の影

 装甲車両が街の喧騒を抜けて静かな山間の道に差し掛かると、アヤメは何も言わずに外を眺めていたカイの横顔に視線を向けた。

 リサは眠そうに頭を窓に寄りかからせ、メイはじっとカイを見つめたまま、何かを考えているようだった。


「到着するわよぉ」


 アヤメが短く告げると、車両は小さな施設の前で停まった。無機質な鉄製のゲートに囲まれた建物で、周囲に人影は見当たらない。


 外壁はひび割れたコンクリートと錆びた金属が剥き出しで、ところどころ苔が生えており、一見して廃墟のように見える。しかし、その隙間から覗く警備用カメラの赤い点滅が、ただの廃墟ではないことを物語っている。


 内部に足を踏み入れると、外観の荒廃した印象とは一転、壁一面に配置されたタッチパネル式のモニターや、光沢のある金属製の機材が整然と並んでいる。


 床はクッション材が敷かれており、長時間の活動にも適した設計だった。

 部屋の隅には自動防衛機構を彷彿とさせるタレット型の装置が鎮座しており、その存在感が不穏さを際立たせている。


「ここって……なんですか?」


 カイが疑問を口にすると、アヤメがゲートを操作しながら、ふと微笑む。


「ここは、昔ちょっと世話になった組織の施設よ。いまは独立してるけど、恩情ってやつで貸してもらえるの」


「その組織って?」リサが首を傾げる。


 アヤメは答えず、鍵を回しながら軽く笑うだけだった。


「ここに所属しているわけじゃないけどぉ、私が使える安全な場所。少なくとも、記者や余計なスパイが嗅ぎつけるには時間がかかるわねぇ」


「スパイって……そんな大げさな」


 カイは困惑しながら答えるが、リサが割り込む。


「カイ、もうその辺は諦めなさい。あなたの知名度は今日で爆上がりしたんだから、もう静かに暮らすなんてのは無理よ」


「え?この後、家に帰ろうと思ってたんだけど……」


「さっきの記者連中が、たぶん君の家の前に張り付いてるわよぉ……ゆっくりできそう?」


「えー、あんなのに囲まれた家に居るのは嫌だな……」


 カイが肩を落とす中、メイが不意にカイを見つめ真剣な表情で尋ねた。


「カイ様、許可を頂ければ……私がご自宅の周囲をクリアにしますがいかがでしょうか?」


「だから、それはダメなんだってメイ……」


 カイは両手を振り、メイを制した。その隣でリサが小さく笑いを漏らす。


「ねえ、メイの中を見ていい?元々S級の大蜘蛛が進化したんだから、人間の姿でもかなり強そうだよね?」


「中をですか?……これを脱衣すればよろしいのでしょうか?」


 そういうと突然メイが服を脱ぎ始めたので、慌ててリサが制止する。


「何やってんのメイ!アナライザーで見るって意味よ!……ちょっとカイ!こっち見るな!」


 メイが首を傾げると、アヤメは苦笑しながら言葉を濁した。


「この子ってあれ?ダンジョンで見つけたのぉ?顔が整いすぎててどこか人形のような雰囲気ねぇ……あ、悪い意味でなくってねぇ」


 すると解析を終えたリサが呟く。


「メイの強さはS+か……ていうか、私のアナライザーの解像度がめちゃあがってるんだけど」


 -------------------------------

 名前:メイ

 種族名:アラクネ・ナイト(人型進化種)

 ランク: S+(SS級に迫る強さ)


 特徴:人間の数十倍の筋力。片手で岩を砕けるパワーを持つ。鋼より硬質で絹のように柔軟な超硬糸を生成し自在に操る。外殻は圧倒的耐久力を誇り並の攻撃では傷一つつかない。毒・物理攻撃への耐性が非常に高い。


 属性: 主属性「防御」+副属性「器用」「治癒」

 防御能力が中心だが、器用さを活かした糸による支援や妨害、さらに治癒能力も持つ万能型。糸や毒などの「蜘蛛由来の特性」に加え、タンク役として敵を引きつけ、仲間を守る能力に長ける。


 弱点: 純粋な魔力攻撃(特に火属性)、毒無効以外のステータス異常への耐性がやや低い。


 -------------------------------


 リサはメイの能力値の高さに驚いていた。かろうじて炎に弱そうだから、自分が本気になれば制圧できるとは思うが、仮に肉弾戦となれば対抗できるのはカイくらいだろうと。


「メイ……あなた、さすが人間じゃないわね。ていうか、気軽に人を叩いたりしないように注意してね……」


「それは褒めてくださっているのですか?……私は心も体も人間のつもりです」


 アヤメはそんなやり取りを軽く聞き流しながら、施設の奥のドアを開ける操作を始めた。


 中に入ると、部屋は意外と整然としていて、最低限の家具や機材が備わっていた。リビングスペースには数脚のソファとテーブルがあり、その隣には簡易なキッチンも見える。壁にはいくつかのモニターが設置され、外部の状況を映し出している。


「ここで少し休んでねぇ。君たちも疲れてるでしょう?とりあえずゆっくりしなさいな」


 アヤメがそう言いながら冷蔵庫からペットボトルを取り出し、カイたちに渡す。


「ありがとう……けど、アヤメさんは?」


「私は少し情報を整理するわぁ。どうせここに来る途中で面倒な動きも見えたし」


 アヤメが不穏な言葉を残して隣室へ向かうと、カイたちはソファに腰を下ろした。


「……なんかすごいところに来ちゃったね」


 カイが呟くと、リサはペットボトルの蓋を開けながら苦笑した。


「ま、無事に寝られるだけいいんじゃない?今日は色々ありすぎたし、カイもまだ全快してないでしょ?とりあえず寝ておきなさいよ」


 そのとき、メイが真剣な顔で立ち上がり、リビングの隅をじっと見つめた。


「……メイ?」


 リサが不思議そうに声をかける。


「申し訳ありません。この空間、最適な防御配置を考える余地があります。角にある鉄の家具を移動させれば、万が一の場合に遮蔽物として利用できます」


 そう言うと、メイは数百キロ以上ありそうな鉄のロッカーをひょいと持ち上げ、淡々と入り口の前に運び始めた。


「ねえメイ、リラックスしていいのよ!?そんな戦闘準備しなくていいから!」


 リサが慌てて止めるが、メイは首を傾げたまま答える。


「リサ様、私は今現在、リラックスしている状態です」


「……ああ、もう好きにして」


 リサが困惑する横で、カイは思わず吹き出した。


「メイってなんか面白いね。まあ……慣れるしかないよ」


「……面白い?とは具体的にどの部分でしょうか?」


「もう、いちいち考えるの疲れたわ」


 リサが頭をふって項垂れてると、隣室から戻ってきたアヤメが、カイたちに静かな声で語り始めた。


「さっきも言ったけど……君たちがS級ダンジョンを攻略したことで、日本国内だけじゃなく海外も動き出してる……はっきり言うとUSAとChinaね」


「アメリカと中国?」


 カイが驚いた声を上げると、アヤメは頷いた。


「ええ。大国は、カイ君の力をどう捉えるべきか、これから議論を始めるでしょうね。そして……もし君が脅威だと判断されれば、手を打ってくるかもしれないわ」


「手を打つって……それって、攻撃してくるってことですか?」


 カイの顔が引きつる。


「場合によってはね。でもそれだけじゃない。君を味方につけようと接触してくる者も現れるでしょう。そしてその背後には、必ずと言っていいほど別の思惑が潜んでいる」


「じゃあ、ボクはどうすれば……」


 カイが困惑した声で尋ねると、アヤメは冷静に答えた。


「簡単よぉ。自分を見失わないこと。それだけ!」


 アヤメは真剣な瞳でカイを見つめ、続ける。


「君は自分が何者かを知るべきよ。自分の力量、その由来、根源とかね……無自覚な力は、いずれ誰かに利用されるだけだからねぇ」


「無自覚な……力」


 カイは拳を握りしめながら、静かに俯いた。


 アヤメの言葉が重く響く中、メイが無表情で手を自分の胸に当て、カイに跪く。


「カイ様は私が、この命に代えてお守りしますのでどうかご安心を」


「……ありがとう、メイ。でも君も無茶はしないでね」


 カイが少し苦笑すると、リサが呆れたように手を広げて頭を振る。


「はぁ、いい天然コンビよね……あんたたち」


「そうかもね……頼りにしてるよ、リサさん」


 カイがリサを見つめて微笑むと、彼女は照れ隠しのように軽く咳払いをし「あ、あたりまえでしょ」と言ってそっぽを向く。


 その和やかな雰囲気の中、アヤメは微かに笑みを浮かべつつも、心の中に緊張を抱えていた。


 彼女にはすでに、カイたちを狙う海外勢力の影がすぐそこまで迫っていることがわかっていた——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る