第46話 カイとシンジの両極


 塔全体が激しく揺れる中、カイとシンジの対峙が始まる。


 配信ドローン「ティックバード」が戦いの一部始終を世界中に中継し、無数の視聴者たちが画面越しに息を呑んで見守っていた。


【この戦い、やばい……心臓が持たない!】

【カイきゅん、メイちゃん守って!】

【シンジ、本当に人間なのか……】


 広間の中央、カイは拳を握りしめ、鋭い目つきでシンジを見据えていた。その一方で、シンジは不敵な笑みを浮かべ、闇の剣を操りながら周囲に禍々しいオーラを放っている。


「僕は、モンスターで言うところのSSS級の強さらしいよ。つまり、君が今まで倒したボスの10倍強いってことだ!」


 シンジの声と同時に、黒い剣の一閃が空間を裂いた。


 カイはその一撃を紙一重でかわす。だが、シンジの攻撃は止まらない。次々と繰り出される剣の波状攻撃に、カイは防戦一方となる。


 二人の戦いは激しく、目にも留まらぬ速さで剣戟が交錯した。カイの拳や蹴りはシンジの黒い剣に阻まれ、互いに放つ攻撃が空間を切り裂いていく。


「君には分かってるだろ?!強者だけに自由が許され、弱者は震えてることしかできないってな!」

 

 シンジは攻撃を繰り出しながら、挑発するように大声で笑う。


「だからって、何をしても許されるわけじゃない!」


 カイは空間を瞬間移動して背後に周りこみ蹴りを繰り出すが、シンジはタイミング良く空間を歪めて自分の位置をずらしている。見る限り、両者は同等レベルの能力を持ち合わせているようだ。


【いつも無双してるカイが押されてる?】

【カイ、早く本気を出してくれ!】

【おまえどうしちゃったんだよ!】

【どっちもクソつえええええええ!】


「じゃあ全ての弱者を変えられるのかよ!」


 シンジがカイを波動のような力で吹きとばすと、巨大な魔法陣から漆黒のエネルギーを発生させ数本の剣に纏わせてカイへと放つ。


 カイはそれをギリギリでかわすが、シンジの攻撃はどんどん激しさを増し、カイの動きが徐々に鈍くなっていく。


「やっぱり君じゃ僕には勝てないよ、攻撃に殺気がこもってないもの、とんだ甘ちゃんだね!」


 シンジの言葉に、カイの胸が締め付けられるような痛みを覚える。だが、彼の中に湧き上がるものは諦めではなかった。


「……ボクは、諦めない!」

「はは、まだ言ってるのか」


 その言葉にシンジの目が狂気に染まり、魔法陣の数が数倍に増加し、闇のオーラがさらに濃くなった。


「これが僕の力だ。神も人も、圧倒的力の前には跪くんだよ!」


 シンジの背後に現れた黒い剣がさらに数を増し、強大な黒いオーラを纏ったままカイに向かって一斉に放たれる。


「カイ様、退いてください!」


 その刹那、メイがカイを庇うようにその射線に飛び込んだ。

 メイの鋭い蹴りがいくつかの剣を弾き返したが、残りの攻撃が彼女を直撃した。


 その直後、メイの体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。


「メイ!」


 カイが駆け寄り、倒れたメイを支える。至る所に剣が刺さり出血する彼女は、苦しげな息の中で微笑んだ。


「私は……大丈夫です……カイ様、前を……」

「すぐに自己回復をして!後はボクがやる!」


 カイはメイに回復を命じ、再びシンジと向き合った。


【メイちゃん生きてるの?】

【俺、見てらんないよ】

【もう無理だ、諦めよう】

【カイ!本気だせよ!】


 カイの目が鋭く光り、彼の中で何かが弾けるような感覚が広がった。


「ようやく、戦う覚悟を決めたのかい?」


 シンジが楽しげに笑う。しかし次の瞬間、カイの目つきが変わった。


「……君を止める。それが、ボクの責任だ!」


 その瞬間、カイの体から眩い光が溢れ出し、塔の広間全体を照らした。風と火のエネルギーが彼を包み込み、周囲の瓦礫が浮き上がるほどの力が収束する。


 カイの体が輝き始め、周囲のエネルギーが彼の元へと集まり出した。次の瞬間、カイの動きが目に見えて変わった。鋭く、速く、そして力強い――まるで別人のようだった。


「これは……まさか七界の力か……!……人間が到達できるのか?」


 シンジが低い声になり、驚いた表情を見せる。


 カイは周囲のエネルギーを吸収し、それを攻撃へと転換する術を思い出していた。


 さらに八界――戦闘技術の極限化が彼の中で呼び覚まされ、拳を前に突き出しただけで、その風圧が次元を揺らし、シンジの周囲の空間を歪ませた。


「何……八界だと……そんな、あ、ありえないだろ。過去の神託者でも聞いたことが無いぞ」


 シンジの声がさらに低く強張り、表情が一層恐怖で歪む。


【これって……カイ覚醒フラグ!?】

【カイきゅん、かっこいい……!】

【やっぱおまえは最高だ!!】

【おいおい、もはや人間じゃないだろ】



 カイの体から放たれる光の奔流が、塔の広間全体を包み込んでいた。その輝きは、闇のオーラを飲み込むように広がり、まるでこの空間の支配権を奪い取るかのようだった。


「シンジ君……ここで終わらせる」


 カイの拳が空を切ると同時に、彼の周囲の風が渦を巻き、火のエネルギーが閃光となってほとばしる。その一撃は圧倒的なスピードでシンジに迫った。


「くっ!」


 シンジは咄嗟に闇の剣を操り、防御態勢を取る。だが、カイの一撃は剣を弾き飛ばし、シンジの体を後退させた。


【ついにカイが本気出してる……!】

【八界とか聞いたことないけど、完全に神です】

【シンジが押されてる!やっぱりカイ最強や!】



「何だ、この力は……!」


 シンジの声には、これまでにない動揺が混じっていた。


「シンジ君!降伏しろ、これ以上、堕ちるな!」


 だが、追い詰められたシンジは狂気の笑みを浮かべる。


「まだだ……まだ終わらない!スキル反転『鎖縛』」


 シンジが叫ぶと、彼の体を黒い鎖が包み込み始めた。


「いにしえの契約に従い、時空の牢獄を構築せよ!"深淵の鉄鎖アビサルチェイン"」


 それはシンジのスキル『解術』を反転させた『鎖縛』。敵の力を封じ込めるための反転スキルだった。


 黒い鎖が空間そのものを縛り、エネルギーの流れさえも停止させていく。それは、神々の裁きにも等しい封印の力だった


 カイの動きが鈍くなり、拳を振るう腕に力が入らなくなっていく。


「カイ様!」メイが叫ぶ。


「どうだい、カイ君。このまま君は俺に縛られるんだ。それとも……スキルを解くために僕を殺せるかな?」


 シンジの声には勝ち誇った響きがあった。


 カイは拳を握りしめ、苦悩の表情を浮かべた。いますぐシンジを殺さなければこのスキルを解けない。しかし、カイにはそれができなかった。


「そんなこと……もういい加減やめろ!」


 カイは叫びながら、自らの意志で鎖を断ち切る方法を探そうとする。


(シンジを殺す以外の道があるはずだ――周囲のエネルギーを集めて、『鎖縛』を強制解除出来るかも)


「させないよ!——奈落の底より来たりし力よ、解放なき牢獄を築け!永久なる束縛エターナルバインド――顕現せよ!」」


 シンジの手から放たれた闇の鎖が完全にカイを拘束し、その身体は力を失ったかのように動きを止めていた。光を宿していた瞳も鈍く陰り、重く荒い息が広間に響く。


「どうしたんだい、カイ君。やっぱり君は甘ちゃんだね。つまりそれが、君の強さの限界ってこと」


 シンジは冷たく笑い、動けなくなったカイに、黒いオーラをまとった闇の剣の切先を向ける。


 その時――


 メイがふらつきながらも立ち上がり、シンジの前に立ちはだかった。


「カイ様には……指一本触れさせない!リサと、友達と約束したから」


 彼女の声は震えていたが、その目には強い決意が宿っていた。

 先ほどまでの痛みや疲労はおくびにも出さず、シンジにまっすぐ対峙している。


「ほう、まだ立ち上がるのか。なかなか根性があるね。」


 シンジは楽しげに笑みを浮かべると、闇の剣をゆっくりと肩に担いだ。


「じゃあ、そろそろお前から死んどくか……蜘蛛女」


 その言葉とともに、シンジが一気にメイへと突進する。闇の剣が空気を切り裂き、巨大な影をメイに落とした。


「やめろメイ!下がって!」カイが叫ぶ。


 闇の剣がメイの肩に深く突き刺さるが、メイは微動だにせず、シンジの次の一撃に立ち向かおうとしていた。


「さあて、どれくらい切られたら死ぬのかな?楽しくなってきたよ」


 ケタケタと狂気じみた笑いを浮かべるシンジの剣が再びメイに迫る――


【やめろ!メイちゃん!逃げて!】

【カイ、立ち上がってくれ!】

【次はメイが……ダメだ、見てられない】


 再び振り下ろされる闇の剣。空間に、体を抉る鈍い音が響く。


「やめろぉぉぉぉおおお―――ッ!」


 その瞬間、カイの胸に何かが崩れ落ちるような感覚が走った。


 一歩も引かない決意を固めたメイのその細い身体が、まるで決壊寸前の盾のようにカイを守り続けていた。


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