第十三話「カナカちゃん、どういうことなの?」


 次の日の土曜日の朝早く。わたしはチェックインした覚えのない駅前のビジネスホテルから、一人で出てきましたです。

 不覚です。あんなパリピの前で、まさか二度も酔いつぶれることになるなんて。


 起きた時に目の前にいたのは、一晩中わたしに抱き枕にされて心底不機嫌になっていたアヤメちゃんでした。

 電車で酔いつぶれてしまったわたしをパリピが運んでくれたこと、彼が泊まる予定だったホテルにわたしを放り込んでくれたこと、酔ったわたしがアヤメちゃんを離さないので仕方なく一緒に寝ていたこと、彼自身は近くの漫画喫茶で寝ていること等を聞きましたです。


 話の後で、わたしは彼女に謝り倒しました。

 電車代とホテル代と迷惑料を置き、シャワーを浴びて急いで身支度を整えた後。パリピが迎えに来る前に、わたしは一人でホテルを出ることにしました。


 アヤメちゃんを一人にするのは気が引けましたが、急いでいるなら気にせんでいい、主様もすぐに来ると聞いたので、もう一度頭を下げた後に外に出てきたのです。


「気を取り直して、行くです」


 入口近くに用意されたお客用の足湯を後目に、わたしはホテルの敷地を後にしますです。道路沿いに駅を目指し、道中のコンビニで肉まんとお茶を買った後、わたしはそれを頬張りながら駅前のバス乗り場に向かいました。

 今いるここは故郷である百葦村(ももよしむら)に向かう際に、必ず立ち寄ることになる山間部の小京都です。


 観光地でもあり、年に二度開催される日本三大祭りの一つを目的に、毎年多くの観光客が押し寄せます。わたしの地元に学校がない為に、幼い頃からこの街の学校に通っていました。

 ここ数年の間にリニューアルされた綺麗な駅前にあるバス乗り場に、二時間に一本しかない路線があります。それが唯一、百葦村(ももよしむら)を経由してくれるものです。


 村までは約一時間であり、一本逃したら二時間のインターバルをおかなければならないので、意地でも乗り損ねる訳にはいきません。当初はタクシーを使う予定でしたが、バスが使えるのであれば予定変更です。始発なら、まだ間に合う筈ですから。

 バスがやってきた瞬間、わたしはいの一番に駆け込みました。


「っていうかパリピとアヤメちゃん、なんでここまで送ってくれたんでしょうか」


 わたし以外の乗客が来ないままバスが動き出した頃、ふと、一つの疑問が浮かび上がりましたです。

 彼らには彼らで予定があった筈です。にもかかわらず、わざわざわたしの目的地であるこの街まで送ってくれたのです。


 ここに来る為には、一度電車を乗り換える必要もあります。酔ったわたしがここへ行きたいとダダでもこねたのでしょうか。


「待つです。そもそもの話、なんであのパリピがここの駅前のホテルなんか取ってたんですか?」


 疑念は次のステップへと移ります。イベントを開きに来たとパリピは言っていましたが、この辺でこの時期に開催されるイベントなんて、わたしの故郷の百葦祭(ももよしさい)以外は聞いたことがありません。

 それも田舎の村の行事の一つであり、全国ネットで知れ渡っているものでもない筈です。


 小京都と言われているとは言え、ここも田舎町です。百葦村(ももよしむら)程ではありませんが、ここで何かする為に人を呼ぶのは、あまり適しているとも言えません。

 大勢呼びたいなら、どこぞの都会で企画する方が参加者は段違いでしょう。


「あいつは一体何処で何をするつもりなんで」

「あら、カナカちゃんじゃない?」


 市街地の抜け、窓の外の景色が山ばかりになってきた頃。道中のバス停にて、ドレスバッグ等の荷物を抱えた一人のおばさんが乗り込んできましたです。

 農作業着に髪の毛を後ろで一括りにしている彼女には、とても見覚えがありました。


「き、キヨおばさん。お久しぶり、です」

「久しぶりねー。また綺麗になったんじゃない?」


 わたしにあのぐい飲みを勧めてきた彼女、キヨおばさんでしたです。わたしは思考を中断せざるを得なりました。他に席は空いているのに、わざわざ隣に座ってきた彼女の対応をしなければなりません。


「こんなに綺麗になったんですもの、ホウロク様もお喜びになるわあ」


 あのホウロクに何かされている筈の、彼女への対応を。


「そうそう、カナカちゃん聞いてる? 明日がカナカちゃんとホウロク様の結婚式も兼ねるんだって。急だったから、私達もびっくりしちゃって。急いで花嫁衣裳とか、色々揃えてたところなのよー。もー、ホウロク様のお茶目には困ったものよねえ」

「そ、そうなん、ですね。あ、あはは」


 彼女の持つ荷物の一つがドレスバッグであったこと、今の会話の中からそれを着るのが誰であることも明らかになりましたです。

 わたしの背中を冷たい汗が伝いました。会話に適当な相槌を打ちつつ、わたしは急いで村に行ってからの行動を思い出します。


 わたしがやるべきことは二つ、部活メンバーの送迎を止めさせることと、実兄を村から連れ出すことです。

 実兄については村で出会ってからでないとできないので、まずは彼が送迎を頼んで他の人が誰なのかを突き止めましょう。


 そうしないと、部長とクロちゃんが村に来てしまいかねないからです。


「明日が本番だから、今日の夜に着付けとか色々するわね。サイズも目算で用意しちゃったから、後で寸法を……あれ? そう言えばカナカちゃん、一人? 迎えに行った田ノ上さんとか部活のお友達は一緒じゃないの?」

「うっ」


 何処かで切り出さなければと思っていたら、向こうから振ってきましたです。予想外の問いかけに、思わずうめき声が漏れてしまいます。

 ちなみに田ノ上さんとは、ウチから三軒離れたところに住んでいるおじさんです。林業を生業とし、約束の時間に遅れがちでしたが気の良い方で、角刈り頭を掻きながら木を切っていた姿を今でも覚えています。


「き、急に部活メンバーの中で風邪が流行ってしまって、来られなくなったのです。じ、実兄との連絡が取れなかったので、誰が来てくれるのかもわからなくて。だからわたし一人で先に来て、事情を説明しようと思ってたんです」


 わたしは慌てて用意していた言い訳を出しましたです。これなら一人で来たことも不自然ではありません。


「そうなの? 田ノ上さんなら昨日の夜には、もう向かっちゃったんだけど」

「えっ?」


 キヨおばさんの言葉に、わたしは顔が青ざめるのを感じましたです。

 昨日の夜? もう向かった?


 嘘、ですよね。


「ほら、田ノ上さんって時間にルーズなとこあるでしょう? 迎えに行くなら遅刻は許さんって、ホウロク様直々に怒られちゃって。昨夜の内に慌てて出て行ったのよ」


 頭の中で組んでいたプランが早速崩壊しました。無意識のうちに手が震えています。

 不味いです。予想以上に、不味いです。


「そんな事情なら、早く連絡しないと。ちょっと待っててね」


 するとキヨおばさんは、ポケットからスマホを取り出しましたです。わたしは目を見開きました。


「い、いやっ! で、ででで電話は大丈夫です、わ、わたしが」

「いいっていいって。あっ、もしもし田ノ上さん?」


 わたしの静止は間に合わず、キヨおばさんは田ノ上さんと電話を始めてしまいましたです。わたしは世界の崩壊を目の当たりにしているかのような戦慄を覚えました。

 嘘が、バレてしまう。


 彼らが、来てしまう。

 戦慄は身体を駆け巡り、心臓が縮み上がり、震えは手から全身へと移っていきます。二つの恐れはまるで万力の両締めのようで、わたしを両側から押し潰してきていると錯覚しそうなくらいです。


 できることなら今すぐにでも叫び声を上げて、ここからいなくなってしまいたいくらいでしたが、走行中のバス内に逃げ場はありません。


「実はねえ、今カナカちゃんと一緒にいて、部活の子の間で風邪が……えっ? カナカちゃんの方が体調不良? 部活の子がそう言ってるって、えっ?」

「あっ、あっ」


 その間にも、わたしの嘘は次々と暴かれていきますです。キヨおばさんは驚いた顔でわたしを見ています。

 わたしはただただ、声を漏らすことしかできませんでした。わたしとキヨおばさんの他は、見知らぬ運転手だけ。援軍も見込めません。


 絶体絶命、です。


「田ノ上さん、ちょっと待っててね。カナカちゃん、どういうことなの?」


 一度スマホから耳を離したキヨおばさんが、わたしの方に向き直りました。わたしはごくりと唾をのみ込みます。

 まるで証拠は全て揃った、あとは自供だけだと取り調べを受けているかのような心地です。追い詰められた犯人の気持ちを十全に理解しながら、わたしは歯がかみ合わない口をぎこちなく開けました。


 何か言わなければなりません。

 何も出てこなくても、何か言わなければならないのです。


「じ、実、は、その。恥ずかしかったん、です」


 絞りだした言葉は取り消せません。何とか、繋いで、みせる。

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