第二十一話「第一回、無許可上等ゲリラ野外フェス、イン百葦村の開幕だァァァッ!」


「な、な、なんでお前がここにいるですかっ!?」

「あっ、お魚ちゃんじゃん。やっほー。そのウェディングドレス可愛いね、今度その服で飲みに行かない?」

「行く訳がなかろうて、常識で考えろ、じゃ」


 彼の後ろにはアヤメちゃんの姿もありました。やれやれといった様子は、いつもと何ら変わりはありません。

 なんでコイツがここに居るのかは分かりませんが、わたしは彼の姿を見て淡い期待が浮かびました。


 何せわたしを正気に戻したのは、他ならぬ彼自身です。実兄が完全に向こう側に行ってしまった今、不本意は甚だしいですが、わたしに縋れるのは彼しかいません。


「ぱ、パリピ」

「ほらハルアキ君、ちゃんと挨拶しないとぉ」

「あっ、すみませんホウロクさん。えーっと、豊穣の恵って凄いっすよねッ! こう、なんか、ガーって感じで。生物学部の学生としてこんなパネェもん広めなきゃダメでしょってことで。来年の卒業研究のテーマも兼ねて、春先からこの村の応援寄付金を取りまとめさせていただきましたーッ!」

「……えっ?」


 少しの間、わたしは自分の耳に届いた彼の言葉が信じられませんでした。


「そういやレン君の報告見るの忘れてたけど、君の実家って結構いいとこだったよねぇ。本当に嬉しいよぉ」

「それがですね。オレ、実家からは勘当されちゃってて」

「あれま。ってことはもしかして、応援寄付金は全部君が?」

「そうなんすよー。お陰でバイト増やす羽目になって、しばらく飲み会もできなかったんすから」


 しばらくコイツが大学に来なかった理由と、何故あの小京都にホテルを取っていたのかまで全てが明らかになりました。

 ってことは、いつぞやこいつが宗像先輩や沢村先輩と話してたやつも、まさか。


「でもま、オレのツレが色々できる奴だったんで。この村を盛り上げる為に、いっちょやってやろうぜってなってます。クラウドファンディングでオレのバイト代なんか目じゃないくらいの金も用意できたので、ご安心ください。この村を今までにない規模で、盛り上げてやりますよッ!」

「これも儂の人徳のお陰だねぇ。今時の若者は、こういう子じゃないと駄目だよねぇッ!」


 パリピが声を上げ、ホウロクが更に盛り立てます。村民らの歓声の中、わたしはただ一人、唖然茫然とするしかありませんでしたです。

 彼が何かするつもりなのは、何となくわかっていました。きっとろくでもないことなんだろうという点は、はっきりしていた筈です。


 その全部が全部、この村の、いや、ホウロクの為に使われることになっていた、なんて。これ以上ないくらいに、頭の中が混乱しています。もう、何もかもが、意味が分かりません。


「お前。知ってたん、ですか?」


 ホウロクが一人でマイクを握って村民らをライブのように煽っている中、わたしはパリピを見ました。


「ホウロクのことも、村のことも。わたしがホウロクと、結ばれる、ことも。全部知った上、だったんですか?」


 事ここに至って、わたしは一縷の望みに縋るかのように問いかけます。

 もしも何も知らなかったのなら、今のこの惨状をおかしいと思ってくれるなら。まだわたしは助かるんじゃないかと、思っていたから。思いたかったから。


「ああ、話は聞いてたよ。全部、知ってたさ」

「っ!」


 しかしパリピは、わたしの最後の望みすらも、踏みつぶしてくれましたです。


「なんで、わたしを、助けたん、ですか? 正気になんて、戻らなかったら。わたしは、何も知らないまま、喜べて、たのに」

「…………」


 わたしの問いかけに、パリピは何も答えてくれません。ただただわたしの方をみて、微笑みかけてくるだけでした。


「う、ん。こ、ここ、は? い、いたッ」

「ふあーあ。よく眠ってたってことなんだよ、ねッ!? な、なんだ、何故囚われている。もしや世界を裏で牛耳る黒幕が、遂に私をひっ捕らえに来たのかッ!?」


 遠くから微かに何かの音が聞こえてくる中、両隣にいた二人が目を覚ましましたです。

 彼らは揃って縛られていることに驚き、戸惑ったままにわたしを見てきました。わたしがウェディングドレス姿だったことで、彼らは二度驚きました。


「さあて、まずは儂との初夜だよカナカちゃん~。おっとその前に、コイツを飲んでもらわなきゃなぁ。おい、持ってこい」


 彼らに説明する暇もないままに、ホウロクはキヨおばさんを呼びます。彼女が持ってきたお盆には朱色の漆器のぐい吞みがあり、カエルの卵を彷彿させる細かくて黒い粒のようなものが浮いている透明な液体が注がれています。

 わたしは昔を思い出し、目を見開きました。


「もうバレてると思うけど、儂の保有する母蟲と交尾する用の子蟲の卵が入ってる。君はこれを飲めば、また儂のことをちゅきちゅきだいちゅき~になるって訳さ」


 ホウロクはマイクを捨ててぐい呑みを手に取ると、ニチャアっと笑いました。


「い、いやっ、いやぁっ」

「か、カナちゃんに変なことしないでッ!」

「こ、これはれっきとした犯罪なんだよね、警察を呼ぶぞッ!」

「んん~、意外とこの嫌がる感じもいいねぇ。無理やりってのもありかなぁ」


 わたしが首を振ると、ホウロクが喜びます。クロちゃんと部長も声を上げていますが、まるで聞こえていないみたいです。


「大丈夫だよ、お魚ちゃん」


 すると今の今まで黙っていたパリピが、声を上げました。遠くから聞こえている音が、段々と大きくなってきています。


「もうすぐだからね」

「も、もうすぐ? い、一体何の話」

「でもやっぱイチャラブだよねぇ。さあ、カナカちゃん」


 パリピの言葉の真意も分からないまま、ホウロクがわたしの口元へとぐい吞みを近づけてきました。


「儂と楽しく、いやらしいことしようねぇ」

「い、いや、い……」

「ホウロク様、ご報告が」


 その時、実兄がホウロクの傍にやってきました。


「県道を封鎖していた高梨さんから、何台ものフルトレーラーが囲いを突き破って侵入されたと連絡を」

「は?」

「や?」


 と、そこで、ホウロクが動きを止めました。思わずわたしも首を傾げます。

 何故なら、近づいてきている音は、重低音のドラム音だったからです。まるで、ダンスフロアに流れているかのような。


「間に合ったね。まあ危なかったら止めるつもりだったけど、ギリギリだったしオッケーオッケー」

「全く。構えておったわしの身にもならんかい」

「へ?」


 おおよそ限界集落の土着信仰には不釣り合いなミュージックに、村民らの間にも同様が広がっていますです。その時、空からは飛行機が通り抜けていったかのような音もしました。

 そんな中でただ二人、事も無げに話しているのがパリピとアヤメちゃんです。


「は、ハルアキ君? こ、これは一体」

「あっ、安心してくださいホウロクさん」


 更には大きなトレーラーでも向かってくるのかというタイヤの音が、段々と大きくなっています。あのホウロクでさえ、事態を飲み込めずにオロオロとしていました。

 明らかな異常事態の中、パリピは右手を空に掲げました。ちょうどその時、大鳥居の向こう側からトレーラーが入り込んできます。一台だけではなく、何台も。


 境内に無断駐車したそれらの荷台が開き、運転席と助手席から出てきたスタッフと思われる人々が、手際よく荷物を下ろしていきました。

 そうして並べられたスポットライトが一斉に点灯し、わたし達は眩し気に目を細めます。


「この村はオレらがキッチリ盛り上げてあげますからね。カモン、お前らッ!」

「「「FOOOOOOOOOOッ!」」」


 パリピが空に掲げた右手をパチンと鳴らした後、空から陽キャの合唱が聞こえてきましたです。

 びっくりして空を見上げてみれば、視界に広がるのは大量の落下傘でした。


「ガッハッハッハッ! やはりスカイダイビングは気持ちいいのうッ!」

「全国の皆さんこんばんは、深夜の放送部ことムラムラチャンネルです。あの急なんですけど、今から飲み会会場に空から突撃したいと思いますッ! 題して、ナイトダイビングからそのまま飲み会に行ってみたッ!」


 その中には宗像先輩と沢村先輩の姿もありましたです。他の面々と共に次々と地上に降り立っていき、男女が入り乱れたパーティーピーポーの襲来に村民らがパニックになります。

 混乱の中でもスタッフ達は機敏な動きを見せ、降り立った彼らのパラシュートは順番に片づけていきます。


「さあ、準備は整った。大体千人くらいらしいぞ。ハルアキ、号令を頼む」

「では今より、クラウドファンディングによる企画の主催者でもある彼より、開始の宣言をしていただきたいと思います」


 トレーラーの後に入ってきたキッチンカーが続々と旗を立てる中、宗像先輩と沢村先輩にそそのかされたパリピが、ホウロクの落としたマイクを拾い上げましたです。

 いつの間にか境内は色とりどりの光で彩られ、ライブ会場であるかのような華やかなさを持っていました。


「あ、あー、マイクテスマイクテス……ってそういうことは最初にやっとけッ! さて、冗談はさておき」


 一人でノリツッコミした後、パリピは大きく息を吸い込みました。


「たった今、百葦祭ももよしさいをオレらが乗っ取ったッ! これから始まるのは歌と踊りと酒の宴……第一回、無許可上等ゲリラ野外フェス、イン百葦村ももよしむらの開幕だァァァッ!」

「「「FOOOOOOOOOOッ!」」」


 パリピの言葉も、盛り上がる陽キャ集団も、何一つ理解できません。大鳥居にミラーボールが取り付けられた時、わたしは考えるのを止めました。

 こうしてわたしの故郷のお祭りは、夏フェスへと変貌を遂げたのでした。

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