第二十二話「その出で立ちこそ、国立筋肉博物館ッ!」


 現実に戻ってきても、事態は何も変わっていません。むしろ悪化しているようにさえ思いました。

 何故なら。


「き、企画一発目のショット一気十連続は、やり過ぎましたね皆さん。み、水おえええええええぇぇぇ」

「ちょっと何やってんのよアンターァッ!?」


 飲み過ぎたらしい沢村先輩が、マイク付きのヘッドセットをつけたまま、手水舎で盛大な嘔吐の真っ最中です。

 おまけに。


「ウップス、た、助かりま……あっれー。良く見るとおばさん、結構可愛いじゃないですか」

「えっ?」


 すると沢村先輩が、キヨおばさんの肩に手を回しました。彼のいきなりの行動に、彼女はビクっと身体を揺らします。


「あの急なんですけど、皆さんご存知の通り、僕こーゆー年頃のおばさん好みなんですよ。次の企画は、いきずりのおばさんを口説いてみた、これでいきましょうッ! どうですか、おばさん。僕と遊びませんか?」

「だ、駄目よ。私には旦那が」

「いいじゃないですか、一晩ですよ一晩」


 わたしは一体何を見せられているですか。


「で、でも。私なんて歳だし、女としても」

「考えてみてください。女の子はいつまで経っても女の子なんですよ。だーいじょうぶです、先っちょだけ、先っちょだけですぐ済みますから。それなら浮気にもなりませんよ。久しぶりに、オンナに戻ってみたくありませんか?」

「ほ、本当? 本当にすぐに済む?」


 なんでキヨおばさんまでちょっと乗り気なんでしょうか。


「ええ、二人だけの秘密です」

「あの、その。じ、じゃあ、先っちょだけ、なら」

「FOOOッ! お持ち帰り成功ですよォッ! では、ここから先の沢村チャンネルは……十八歳以下はお断りです」


 沢村先輩に肩を組まれたまま、キヨおばさんは社務所の裏手へと消えていきました。向こうから「こんなの久しぶりぃッ!」というキヨおばさんの嬌声は、聞かなかったことにします。

 ちなみに彼女の旦那は旦那で、別の場所で年寄好きの枯れ専女子とイチャイチャしていました。久しぶりの若い女の子が嬉しいのか、顔はデレデレになっています。彼らもトイレに消えていきましたので、あれは遠からずいたすことでしょう。


 あいつら、夫婦そろって。


「ではただいまより、第八回宗像ジム、マッチョオフ会を開催するッ!」


 更には宗像先輩の声が響きましたです。彼の元には、似たような筋肉自慢達が群れを成していました。

 嫌な予感しかしません。


「おお、素晴らしい舞台があるではないか。まずは俺様から」

「あっ」


 わたしは思わず声を上げました。ブーメランパンツ一丁になり、身体中にオイルを塗りたくったテカテカの宗像先輩が昇ったのは、ホウロクがわたしとの初夜をする為に用意していたキングサイズのベッドだったからです。


「準備は整った。さあ、ミュージックスタートォッ!」


 宗像先輩の掛け声で、近くに設置されたスピーカーから聞いたことない洋楽が流れ出しました。ベッドの中心で仁王立ちした彼が正面を向き、広背筋を大きく広げます。

 白いシーツを彼身体から流れ落ちるオイルが濡らす中、彼は回転しながら徐々に上がっていきました。そんな彼を、色とりどりのスポットライトが照らしています。


「いいねぇ、キレてるねぇッ! ナイスバルクッ!」

「もはや説明不要、胸がケツだッ!」

「その出で立ちこそ、国立筋肉博物館ッ!」


 周囲のマッチョ共が囃し立てます。宗像先輩の顔は満面の笑みでした。両腕を上げて力こぶを作ったり、胸の厚みを横から見せたりと、次々にポーズを取っていきます。

 その度に「血管うねうねマスクメロンッ!」とか「お尻ムー大陸ッ!」とか声がかかって、場が一層の盛り上がりを見せていきました。


 先ほどまであった筈のキングベッドに対する恐怖が、マッチョに上書きされたことで行方不明になりました。今からあのベッドを使おうと思っても、頭の中にはマッチョが過ぎることでしょう。

 あと素直な疑問なんですが、お尻ムー大陸ってなんでしょうか。


「    」

「    」


 両隣のクロちゃんと部長は、惨事を目の当たりにして言葉を失っていました。絶句、という表情を生まれて初めて見たかもしれません。


「ふざけんなこの野郎ォッ!」


 ホウロクが声を荒げます。


「伝統と由緒ある百葦祭ももよしさいを滅茶苦茶にしやがってぇッ! 見ろ、遂には炎の上に鉄板被せてカルビを焼き始めておるじゃないかぁッ!」


 言われてみれば、いつの間にか境内中央にあった祭りの象徴とも言える炎は、バーベキューの火種にされていましたです。

 長い紙コップに入ったビールを飲みながら、男女問わずに次々と肉を焼いていました。


「楽しそうっすね、アンタも混ざる?」

「誰が混ざるかぁッ!」

「残念。あの特注の超巨大鉄板、アンタのカンパで買ったってのに」

「ま、まさか儂が出した金は、全部」

「鉄板以外にも、このフェスの為に使い切っちゃいましたー、てへ」

「貴様ァァァッ!」


 頭にコツンっと拳を当てて舌を出したパリピに対し、ホウロクが血管を破りそうな勢いで悲鳴を上げました。


「一体何を企んでおる。なんの為にこんなことをしたんだ、言えッ!」

「飲み会」

「そうじゃない、何の理由があって祭りを乗っ取ったのかって聞いておるんだぁッ!?」

「理由も何も、アンタのやってることが非常識だったからだよ」


 急に声のトーンを真面目にしたパリピは、わたし達に近づいて順番に縄を解いてくれました。

 訪れた身体的な自由にほっとする一方、わたしとクロちゃん、部長の三人はパリピの近くに集まります。


「カツグ、タクヤ。キスケとクロコちゃんをお願い」

「任せろハルアキ。さあ岡田、俺様と筋肉を語り合おう」

「ちょ、ちょっと待」

「さて白木さん。僕のチャンネルで女性の素晴らしい歳の取り方について語り合いましょう」

「え、ええええッ!?」


 部長とクロちゃんは、宗像先輩と沢村先輩に連れて行かれましたです。彼らの行く末も気になりますが、それ以上に気になるのがパリピの様子です。


「よし。えーっと、何の話だっけ? そうそう、非常識って話。百足蟲ひゃくあしを使って村一つを丸々掌握し、洗脳による独裁体制を築き上げてるとか。こんな現代になってまで、まだそんなことしてたのかって感じだよ。非常識には非常識で対抗したまでだ」

「ひ、百足蟲ひゃくあしって?」


 百足蟲ひゃくあしとはムカデのような見た目をしている、蟲、と呼ばれる妖怪のようなもの。

 母蟲と子蟲に分かれており、子蟲に寄生された者は異常な筋力とアルコール体制を得、更には母蟲を体内に宿した相手を妄信するようになる、とパリピが簡単に説明してくれました。


 わたしの頭の中に、くしゃみして飛び出してきた赤いムカデの姿が浮かびますです。あれが、百足蟲ひゃくあしだったのですか。


「……お見通しということか。じゃあ、儂がこの後どうするのかも、分かっておるなぁ? ぬあああああああッ!」


 ホウロクがニヤリと笑うと、両腕を頭の後ろに持っていき、身体を後ろへと逸らしました。彼の身体から酷く甘ったるい香りが、辺り一帯に急激に広がっていきます。

 これは、昨日の、です。


「儂の持つ母蟲のフェロモンは、子蟲入りの人間を狂暴化させる。いくら数がいようが、子蟲の入った人間の怪力には勝てまい。やりたい放題も、これで終わりさぁッ!」


 わたしの脳裏に過ぎるのは昨夜の光景です。多くの村民が虚ろな目で集まり、実兄とキヨおばさんがホウロクに言われるがまま、尋常じゃない力でわたしを拘束してきました。

 これが村民全体に広がったとしたら、どうなってしまうのでしょうか。全員が狂暴になり、襲い掛かってくるのでしょうか。


 わたしの背中に冷たいものが流れますです。思わずパリピの服の裾を引っ張りました。


「ぱ、パリピっ!」

「心配ないよ」


 パリピはいつぞやのごとく、ウインクしてみせましたです。


「さあお前ら、このうるさいパーティーピーポー共を黙らせろぉッ!」


 うるさい喧噪の中で、ホウロクの声が響きました。


「…………」

「…………」

「…………」


 しかし、何も起きませんでした。

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