第二十三話「頭の中でハテナマークがタップダンスを踊っているのも事実です」


「…………」

「…………」

「…………」

「よっ、マッチョ大明神ッ!」

「……あ、あれぇ? ぬあああッ、ぬあああッ!」


 聞こえてくるのは景気の良いダンスミュージックと、あのマッチョオフ会の掛け声だけです。

 ホウロクが何度も悶えるかのように気色悪い声を上げますが、甘ったるい臭いが鼻につくだけで、何も起きません。


「無駄だぜ、ホウロクさん。ほら」


 やれやれ、といった様子で肩をすくめたパリピが、親指で指します。わたしとホウロクが目をやると、小さな影が動いているのが見えました。


「……祓へ給へ、清め給へ」

「ハークションッ!」

「よし、次じゃ」


 アヤメちゃんでした。何かを呟きながらせわしなく走り回り、くしゃみをした村民の近くの地面を、どん、っと踏んづけて回っています。

 わたしは彼女のあの姿に見覚えがありました。部室でパリピと飲んだ時、わたしがくしゃみした後の彼女の行動と一致しているのです。


 あれは、まさか。


「な、なななななななぁ」

「今日持ち込んだ酒は、全部御神酒として祀り上げたもんだ。本来、酒は陰の性質だが、御神酒となれば陽になる。陰の属性を持つ百足蟲ひゃくあしにゃ、効果てきめんだ。弱ったそこに略祓詞りゃくはらえことばを添えてやれば、ほらこの通り。子蟲は逃げ惑うしかないだろうね。本当に大変だったよ、このフェスの規模で出す酒を全部奉納するのは」


 陰だ陽だは分かりませんが、昨日わたしが実兄に与えて失敗した理由は何となくわかりましたです。どうもお酒は神社に奉納したものであること、加えて略祓詞りゃくはらえことばとかいうものが必要だったみたいでした。

 そう言えばパリピと飲んでた時も、奴は何か言っていた気がします。


「おしまいだよ、ホウロクさん。アンタが取り込んでるのは母蟲だろう? 母蟲は子蟲入りの生き物を操ることはできるけど、子蟲みたく怪力を出せるもんでもない。アンタはただの、デブの中年だ」


 パリピはふと、神社の本殿の方に目をやりましたです。


「……ここまでしても来ない、か。なら、問い詰めるしかないな」


 言いながら懐からお札を出した彼は、真っすぐにホウロクに向けます。


「勘当されたとはいえ、オレは現代まで続く陰陽師、或辺家の端くれだ。加えて、豊穣の恵、あれはただの肥料なんかじゃないな。アンタには、神すらも利用している疑いがある。この件を霊的災害、霊災として認定し、祓わせてもらう」


 右、左、上、下、そして真っすぐに腕を振るうと、パリピが持っていたお札が光り出しました。その前には「縛」の文字が浮かび上がります。


「覚悟しろ、お前を救う神はいない。捕えろ、霊符、縛ッ!」


 声の後に、お札から光の紐が伸びました。一直線にホウロクへと向かい、その身体を拘束しようとしています。

 待ってください、理解が追い付きませんです。蟲だの神だのお札だの、一体いつからここは現代ファンタジーになったんでしょうか。


 わたしの頭がまだ追いついていない内に、状況は更に進んでいました。伸びてきた光の紐からホウロクを庇った人間がいたのです。あれは。


「ホウロク様、ご無事ですか?」

「おおッ!」

「実兄っ!」


 長い黒髪を翻した、わたしの実兄でした。その目は虚ろなままで、まるでそう動かされている人形のようにも思えます。

 光の紐に縛られた実兄でしたが、力任せに引き千切っていました。破られた光の紐は、虚空に消えていきます。


侍蟲さむらいむしを宿されてるのか」

「そうだ、レン君に与えたのは母蟲を護衛する特別なやつさぁ。十把一絡げの子蟲とは、訳が違うよぉ。儂を逃がせ、レン君ッ!」

「はい」

「あとあのクソ野郎についての情報はぁッ!?」

「もう一度データを送ります」


 すると実兄はホウロクを抱きかかえて、人間とは思えない速度で走り始めました。

 何処へ逃げるのかと思えば、神社の拝殿、いや、その奥にある本殿へと入っていきます。


「逃がす、か?」

「おいパリピ。わたしも連れて行け、です」


 後を追って走り出そうとしたパリピの服の裾を、わたしは引っ張りました。彼が首をこちらに向けます。


「実兄が操られているんです。家族のわたしが行かないでどうするんですか」


 状況が激動過ぎて、全てを理解した訳ではありません。分からない単語が跋扈し、頭の中でハテナマークがタップダンスを踊っているのも事実です。

 それでも一つだけ確かなのは、実兄がまだ操られているということです。ならば、わたしが助けに行かない訳にはいきません。


「お魚ちゃん、でも」

「でももへったくれもないです。たった一人の家族なんです。駄目だと言っても、わたしは付いていくです」

「……その恰好じゃ」

「あー、もうっ!」


 長いウェディングドレス裾にイライラしたわたしは、適当な長さで引き千切ってやりました。

 ミニスカートみたいな長さになりましたが、これで十分動きやすくなったです。頭のティアラも放り投げると、ふん、っと鼻息を鳴らします。


「これで文句ねーですか?」

「……ホント、アヤメにそっくりだよ、お魚ちゃんは」


 大きく息を吐いたパリピは、またもや気になることを言いましたです。そう言えば村に来る途中の電車でも、同じことを言われた気がします。


「分かった、行こうか。むしろ目の届く範囲にいてくれないと、不安だからね」

「言い方は少し引っかかりますが、今はいいでしょう。あと」


 わたしは一度、言葉を切りました。言うべきことを言おうとしたら、何故か気恥ずかしくなってしまったからです。少しだけ俯き、顔を背け気味にしてから、もう一度息を吸い込みました。


「助けてくれて、ありがとう、です」

「どういたしまして」

「ほら、さっさと行くですっ!」


 声を上げたわたしを、パリピがあったかいものを見る目で見ていましたです。すごくムカつく、です。

 わたし達はそのままフェスの会場を抜けて、神社の本殿へと向かっていきました。盛り上がりまくっている境内とは裏腹に、暗い山を背にして建っている本殿からは、酷く嫌な感じを受けました。


 何か見てはいけないものがいる。

 そんな感覚を肌で覚えながら、わたしは固く閉ざされた本殿の扉を自分の拳でぶっ壊し、目を丸くしたパリピの後について中に入っていきました。

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