第二十四話「神は人を助けたりしない」
明かりのついていない本殿の祭壇は不気味でしたが、その下から微かな光が漏れていましたです。
わたしが容赦なく祭壇を蹴っ飛ばすと、地下へと続く階段が現れました。壁には火が点いていましたが薄暗く、まるで奈落へと続いているのではないかという気さえします。
並んで階段を降りると、ある程度降りたところで洞窟のように奥に伸びる形になっていました。
「っていうか今さら聞きますが、お前陰陽師なんですか? それ以前に、ここはお土様っていう神様がいるです。そんな神社でフェスだのなんだの、こんな無礼を働いてもいいんですか?」
「陰陽師と言っても、勘当されてる上に無免許だけどね。確かに神道に携わる者としては良くない行いだけど、オレの見立てじゃここにおわすのはキチンと祀られた神様じゃない。奥に閉じ込められて、場合によっちゃもっと酷いことをされてる。だから最初は天岩戸に隠れちゃった天照大神みたく、外でどんちゃん騒ぎして出てきてもらおうって魂胆だったんだ」
「魂胆は分かりましたが、方法があまりにもひでーです」
その魂胆の実現方法が地方の夏祭りを野外フェスで乗っ取るって計画だったんですから、呆れてものも言えねーです。
「神様は人間程度がどんちゃん騒ぎしたくらいで怒ったりしないよ。本体にちょっかいかけるとか、よっぽど気に障ることをしなければね。それにここは神様の為の場所、神域というよりは牢獄の可能性が高い。なら壊したって構わないだろう」
「その見立てが間違ってて、本当にちゃんと祀られていたらどうするんですか?」
「春先から十分に調べて回ったから、その可能性は低いけど……もしそうなら、ごめんなさい、かな」
「謝って済む問題じゃねーと思いますです」
「ま、そん時はそん時さ。逆に聞きたいんだけど、お魚ちゃんの言うお土様ってどんな神様なんだい?」
「えーっと、ですね」
わたしはつい先日、ホウロクが得意げに話していた内容をかいつまんで話しました。確か発祥は戦国時代だったような。
「ふーん、なるほどねー。だいぶ脚色されてそうだな」
「どうしてそう思うですか?」
「神は人を助けたりしない」
わたしの問いかけに、パリピは冷たい言い方を返してきました。
「神とは現象であり、自然の一部だ。人をどうこうしてくれたり、逆に人がどうこうできるようなもんじゃないんだよ。大自然を相手に、人は、本当に無力なんだ」
パリピの言葉には、何か大きな含みがあるように思えましたです。彼の目が、何処か遠くを見ているようにも見えます。
「っと、ここだね。お魚ちゃん、離れてて」
詳しく聞こうと思ったら、いつの間にか一番奥までたどり着いていましたです。目の前には木製の扉があり、固く閉ざされていました。
しかし四角い縁に沿って光が漏れてきているので、この向こう側では灯りがついていることが分かります。この向こうにホウロクと、実兄がいるです。
「霊符、破ッ!」
お札を取り出したパリピが上下左右に腕を振った後、投げたお札が扉に張り付いた瞬間に爆発しました。陰陽師って、スゲーんですね。何でもありな気がしてきますです。
煙の向こうに札を構えたパリピが特攻したので、わたしも慌てて後に続きました。
「こ、ここは」
中に入ったわたしは、びっくりしてしまいましたです。洞窟なのでしょうが、学校の体育館くらいの広さがありました。壁にはいくつもの松明がついていて明るいのですが、その奥にはダンプカーが通れそうなくらいの穴が続いています。
その穴に向かって「ぬああああッ!」と悶えているホウロクと、こちらに気づいて彼を守るように立ち塞がった実兄の姿がありました。
「実兄っ!」
「…………」
「ああ。来ちゃったんだねぇ、カナカちゃん」
虚ろな目のまま何も言わない実兄の代わりに、こちらを振り返ったホウロクがニタリと笑っていました。
「ようこそ神域へ。儂の未来の妻は歓迎しようか。ただし、部外者のお前は退場願うよぉ、ハルアキ君?」
「そうは行かないよ、ホウロクさん。アンタに巣食ってる百足蟲(ひゃくあし)の母蟲、全部摘出して。あとここにいらっしゃるであろう神様も自由にしてあげないとね」
「おお怖い。流石はかつて、神童と呼ばれていただけのことはあるねぇ」
ホウロクの言葉に、ピクリ、とパリピの眉が動きました。
「……なんのことかな?」
「とぼけなくてもいいよぉ、ハルアキ君。カナカちゃんに付きまとってくれてたお陰でやる気を出したレン君が、君のことをじっくりねっとり調べてくれたからぁ。それに君のことは、いや、君が起こした事件のことは有名だったからねぇ」
わたしはホウロクと、そしてパリピを見ます。彼が起こした事件というのは、一体何の話でしょうか。
「都心大規模ガス爆発事件」
「ッ!」
パリピが目を見開き、息を呑みましたです。彼の口から出たのは、いつぞやに部長が都市伝説に絡めて話していた、あの事件のことでした。
「ああ、やっぱりそうだったんだぁ。君があの事件の犯人だったんだねぇ」
「な、何を言ってるですか? あれはガス会社の不始末で」
「カナカちゃんが言ってるのは、表向きの話だよねぇ。あの事件、儂らのような裏の人間の間じゃ、大規模な霊災だったことは有名な話だ。とある名家の才気あふれる御曹司が神の力をその身に宿す儀式、神降ろしを行った結果、憑依させた神の霊力を制御できなくなって暴走したっていうね。現代の陰陽師が総出で鎮圧に乗り出して、建物も倒壊するような大事件になった」
得意げなホウロクに対して、パリピは拳を握り込んでいますです。ま、まさか。部長の妄言が真実だったとでもいうのですか。
「かなりの建物被害は出たが、幸いにして一般人の死者は出なかった。けど対応に当たった何人もの陰陽師が瀕死の重傷を負ったし、何よりも一人だけ死者が出てしまった。それは陰陽師見習いの、幼い女の子だった」
「……やめろ」
震えるような声が、パリピの口から漏れてきます。
「確か名前はなんて言ったかなぁ? そうそう、思い出した。亡くなった女の子は或辺アヤ……」
「黙れェッ! 霊符、破ァッ!」
ホウロクが言い切る前に、パリピは声を荒げながら走り出していました。
手に持ったお札を容赦なく投げつけますが、割って入ったのは実兄でした。ダークスーツの腕を交差させてそれを受け止めた結果、爆発が起きます。
「じ、実兄っ!」
「大丈夫だよ、カナカちゃん。レン君はこんな程度じゃ死なないさぁ」
わたしの心配に答えてくれたのは、なんとホウロクでした。しかも彼の言う通り、煙が晴れた後に見えた実兄に、怪我をしている様子はありませんです。
いつものダークスーツこそ爆発で一部がボロボロになっていましたが、逆に言えばそれだけでした。
実兄は向かってくるパリピに目をやると、真っすぐと拳を突き出します。
「霊符、界ッ!」
真正面から向かってくる実兄に対して、急ブレーキをかけたパリピはまたもやお札を腕ごと振りましたです。直後、彼の目の前に薄青色の壁が現れました。結界、みたいなものでしょうか。
繰り出された実兄の拳は、その壁に阻まれます。
「縛ッ!」
続けざまにパリピがお札から繰り出したのは、先ほども見せた光の紐です。再び実兄の身体を縛りましたが、彼はそれをまたもや力任せに引き千切ってしまいました。
「亡くなったのは或辺アヤメ。君の妹だ」
「ッ!」
パリピと実兄が相争う中、ホウロクが口を開きますです。パリピが目に見えて動揺しました。
次の更新予定
土着信仰クローズドサークル vs パリピ千人 沖田ねてる @okita_neteru
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