第二十五話「アヤメは式神なんかじゃないッ!」
動揺したのは、わたしも同様でした。えっ、アヤメちゃんが死んでる? じゃあいつも彼の近くにいたあの娘は、一体誰なんでしょうか。
「周囲に迷惑をかけただけではなく、実の妹まで失った君は、失意のあまり禁忌に手を染める。人を式神にする禁断の術にねぇ。君のその紅い目は、禁忌を犯して呪われた証だろう? 神降ろしに失敗しただけではなく、禁忌にまで手を染めた君は、家を追われることになった。殺さなかっただけ、温情だったと思うよぉ」
「黙れ黙れ黙れ黙れッ!」
なんとしてもホウロクを黙らせようとするパリピを邪魔するのは、わたしの実兄です。実兄に両手を掴まれて力比べの場外に持ち込まれた所為で、彼はホウロクの元までたどり着けません。
パリピの怒鳴り声が聞こえないかのように、ホウロクは続けます。
「生身の人あるいは死体を使って作られる式神、人式神。これがなぜ禁忌かって作成自体が困難な上に、なり損ないであろうとその力は絶大で、式神の癖に陰陽師の術まで操れる。にもかかわらず、絶対に作成者の制御下におけない、という点だよねぇ。しかも素材となった人の記憶がある訳でもないから、生まれた存在は最早別人。ほとんどは力のままに暴れて、やがて力尽きて終わるだけ」
わたしはこの時、パリピと初めて会った時のことを思い出しますです。あの時のパワー系変質者は、想像以上の力を持っていました。
妖怪か何かとさえ思ったあれが、人式神のなり損ないだったのでしょうか。そう言えばあの時、パリピもそんなこと言っていたような。
「そうして家を追われた君は、故郷を離れた。建前上は、大学進学を機に家を出たって形でね。元々は困っている人を見過ごせない程の優しくて真面目だった君は、妹を殺した罪悪感と呪いへの恐怖に耐えきれず、酒浸りの日々を送ることになる。飲まなきゃとても正気ではいられなかったんだろうねぇ。そこで出会った仲間の影響を受け、髪も染めてパリピになった。慰めの為に、妹そっくりな式神を連れてねぇ」
わたしは困惑すると同時に、何処か合点がいったような心地を覚えていました。
アヤメちゃんが、式神。わたしの頭の中には、いつか部長が語っていた式神についての妄言。そして電車でアヤメちゃんの背中に垣間見えたものを思い出しました。
あれがまさか、式札だったんでしょうか。だとすれば、パリピが強引に触らせまいとしてきたことにも、納得ができます。
「アヤメは式神なんかじゃないッ!」
洞窟内が揺れ動いたんじゃないかという大声を、パリピが張り上げました。
物思いにふけっていたわたしは、思わず身震いしてしまいます。いつもの飄々とした彼からは、想像もできないくらいの、強烈な叫び声です。
「彼女は死んでない、彼女は人間だ。禁忌の果てに、アヤメは生き返ってくれたんだッ!」
わたしは目を丸くしましたです。実兄と距離を取ったパリピが上げた声には、余裕なんてものが欠片も見えません。信じてくれ、と必死になって懇願しているばかりのものでした。
しかし目を丸くしていたのは、ホウロクも一緒でした。
「……待て。レン君の情報じゃ、妹を使った人式神の作成は失敗したと聞いておったぞ? 儂はてっきり、あれは妹の姿に似せただけのただの式神だと」
「主様ぁっ!」
その時、幼い子特有の甲高い声が後ろから響いてきましたです。わたしが振り返った時に一陣の風が横を通り抜けていき、目で追った時には彼女は足を振り上げて宙に飛び上がっていました。
「アヤメッ!」
「ぬぅぅぅんっ!」
その小さい脚を振り抜いた時、脇腹に直撃を受けた実兄は横へと吹っ飛び、洞窟の壁に叩きつけられましたです。
叩きつけられたことで洞窟全体が揺れ、所々に土が落ちてきています。
「無事か、主様? まったく、わしがおらんとダメダメじゃのう」
「あ、アヤメちゃん? あの、その。じ、実兄は?」
「うぬ? おお、カナカ殿。大丈夫じゃ、
「こ、この程度って」
恐る恐るわたしが目を向けてみると、実兄はゆっくりと起き上がっている様子でした。
立ち上がっていて、両腕も常識の範囲内でのみ動いていますので、パッと見て怪我をしているようには見えませんです。身体ごと吹き飛ぶような、あんな蹴りを喰らったのに、です。
立ち上がった実兄は、アヤメちゃんに向けて駆け出してきました。
「やはり手ごわいのう。カナカ殿の兄であるなら、手荒な真似はできん。やはり、こうするか」
するとアヤメちゃんは、懐からパリピと同じお札を取り出しました。右、左、上、下、真っすぐの順に腕を振います。
「捕えろ、縛っ!」
彼女の手元のお札が光り、輝く紐が現れます。その光る紐は、パリピが出したものよりも二回り以上太いものでした。
グルグル巻きに縛られた実兄はまた力任せに引き千切ろうとしますが、何度やってももがくばかり。彼女がパリピよりも数段強力なものを繰り出したことは、明確でした。
式神である筈の、彼女が。
「ば、馬鹿な。
「何やら甘い香りがするのう。ああ、腹が減ってきたぞ。甘味なら、あんこと白玉が欲しいのじゃ」
信じられないと言った表情のホウロクが座り込んだ中、アヤメちゃんは呑気なことを言っていました。
すごい、です。これがアヤメちゃんの力。体格差も蟲の差もあった筈の実兄を、こうもあっさり捕えてしまうなんて。
やはり彼女は人間ではないのでしょうか。少し腰が引ける思いをしましたが、そんなわたしに声がかかります。
「大丈夫。アヤメは人間だよ」
まるでわたしの内心を見透かしたかのように、パリピが微笑んでいました。乱れた服を直した彼は、真っすぐにホウロクへと向き直ります。
「さて、これで形勢逆転だね、ホウロクさん。今度こそおしま」
その時、パリピが言葉を切りました。どうしたのかと思ったのもつかの間。彼は胸を押さえながら、その場にへたり込んでしまったのです。
「ガッ、ハァッ!? うぐぐぐッ、こ、こんな、時に」
わたしの頭の中に彼と初めて出会った時のことが思い出されます。あの時の彼も、こうして苦しんでいました。これは、一体。
「は、はははッ」
ホウロクが笑い出しました。
「そうかそうか、そういうことかハルアキ君。君はその式神を妹だと思ってるんだね。信じてるんだねぇ。呪いの発作も、だいぶ苦しそうな癖にぃ」
「何度、言ったら、分かるんだよ。アヤメは、式神なんかじゃ」
「いやいや、もうそんなことはどうでもいいんだよぉ。ただ君のその無駄な執着が……勝敗を分けたってことさぁ」
「何、を」
「ぬああああッ!」
パリピとわたしの頭に疑問符が浮かんだ時、ホウロクが再び気色悪いうなり声をあげました。それと共に甘ったるい臭いが漂ってきます。
「今さら、フェロモンを、出したところで、頼みの、お兄さんは」
「ああ、今の出力でもレン君は動けないままだねぇ。本当に凄い力だよ、アヤメちゃん」
いつの間にか、ホウロクの視線がアヤメちゃんへと移っています。一体、何をするつもりなんでしょうか。
あ、あれ? アヤメちゃんの瞳が、何だか虚ろな感じにも、見えま。
「その力……儂の為に使ってくれんか?」
「分かったのじゃ、ホウロク様」
「なァッ!?」
「ハルアキ君をやってしまえ」
「はいじゃ」
次の瞬間に起きたことが、わたしには信じられませんでした。アヤメちゃんが飛び上がったかと思うと、回し蹴りを放ったのです。
隣にいたパリピに向かって。
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