第二十話「どうもー、或辺ハルアキでーすッ!」


 暗闇の中、聞き馴染みのある音楽が聞こえてきます。

 お土様の、お膝元。葦草の合間で、我ら恵を受け取らん。よいやっさーの、よいやっさーの、えっさっさ。


 これは、百葦祭ももよしさいの際に流れている民謡、百葦ももよしやんさです。三味線と太鼓の演奏の中、音楽に合わせて神社のたき火の前で地名や暮らしの情景を唄い踊ります。わたしも何度も唄って、踊った覚えがあります。

 これが聞こえてくる、ということは。


「っ!」


 日曜日に開催予定だった百葦祭ももよしさいが、既に始まっているということです。わたしは目をカッと開けました。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、燃え盛る炎です。見開いた目に火の光が刺さって、思わず目をつむってしまいました。


「こ、ここ、はっ!?」


 目の痛みが治まった頃、わたしは身体の異変に気が付きましたです。自分の身体を見下ろしてみれば、真っ白なウェディングドレス姿で垂直に立てられた丸太に縛り付けられているではありませんか。

 もぞもぞと動いてみましたが全く身動きが取れず、丸太もビクともしません。背中が涼しいので、おそらくはガン開きになってるタイプのドレスです。


 頭に何か乗っている感覚があるのですが、まさかティアラまで被っているのでしょうか。


「じ、神社、です」


 動けないと諦めたわたしは、目の前の光景を見ましたです。周囲の様子から、わたしが今いるここは村の最北端の山の麓にある神社、百葦神社ももよしじんじゃです。

 参拝する拝殿とその奥にある本殿、社務所、手水舎、道路に隣接している大鳥居、そして授与所だけの小さな神社です。


 ただ祭のメイン会場として使う為に境内はかなり広く、それこそトレーラーなんかも停まれそうなくらいです。中央にはどんと焼きや祭りの際、たき火をする為の少しくぼんだ部分があります。

 空は既に暗く、大鳥居はまるで邪悪な巨人であるかのように暗闇の中にそびえ立っています。祭の最中ということで、境内の真ん中では炎がこうこうと燃え盛っていました。


 わたしは拝殿を背にして、火と拝殿の間くらいの位置で括り付けられています。

 その周りの回るように、大体百人前後の村のみんなが唄い踊っていますです。彼らの顔は燃え盛る炎によって影が出来ており、酷く不気味に見えました。


 少し離れたところで三味線を弾いているのがキヨおばさん、太鼓を叩いているのは田ノ上さんでした。


「ぶ、部長、クロちゃんっ!」


 首を振ってみれば、すぐ右隣には部長が、左にはクロちゃんが同じように丸太に縛り付けられています。

 わたしが声をかけても、未だ意識を取り戻していないのか、二人とも目を閉じたまま反応を示しません。


「おっ。起きたんだねぇ、カナカちゃん」


 彼らの声をかけようと思っていたら、逆に声をかけられましたです。耳につくねっとりとしたこの声色は、一人しか思い当たりません。


「ホウロクっ!」

「おはよう。いやぁ、飲ませ過ぎたからって丸一日寝てるとはねぇ。このまま起きなかったらどうしようかと思ってたよぉ」


 てっぺん禿げのデブの中年、ホウロクです。火に当たっているからか一層の汗をかいており、彼の足元だけ雨が降ったみたいになっていました。


「さぁ、カナカちゃんが起きたぞぉ。今日のメインイベントの始まりだぁッ!」


 ズボンから取り出したマイクを小指を立てて握ると、ホウロクの声が境内中に響き渡りましたです。わざわざ神社の何処かに、スピーカーを設置しているのでしょうか。

 三味線と太鼓の音が止み、村民らが一斉にこちらを向きました。まるでそうプログラムされた機械のような動きに、わたしはゾクリとした寒気を覚えます。


「今日のメインイベントは三つ。儂とカナカちゃんの初夜、村の今後についての宣言と、最後はお土様への供物だぁッ!」


 村民らから歓声が上がりますです。ホウロクは満足そうに笑みを浮かべました。


「まずは初夜の準備をしなきゃなぁ。おーい、レン。持ってこいッ!」


 ホウロクの声がスピーカーを震わせると、社務所の方から大きな台車で円形のキングサイズのベッドを運んでくる実兄が現れました。


「カナカァ。綺麗に、なったねェ」

「じ、実兄っ!?」


 虚ろな目で運んできた実兄は、到底一人では持てないであろうそれを一人で降ろすと、わたしの目の前に設置するです。その後はベッドの下に潜って何かを確認した後で、ホウロクの方を見て頷きました。

 わたしは寒気を覚えます。


「レン君が用意してくれたのが、儂とカナカちゃんの初夜の為のベッドだ。これがまた特注でねぇ。見て見てぇ」


 ホウロクがマイクを持っていない方の手で、ポケットから取り出したリモコンを押します。するとベッドがゆっくりと回転を始めました。


「これだけじゃないぞぉ」


 それだけでも十二分だと言うのに、ホウロクは更に笑みを濃くします。彼がもう一度リモコンを押した時、ベッドは回転したままゆっくりと上昇し始めました。


「なあっ!?」

「凄いでしょおぉ。この回転ベッドで、儂とカナカちゃんは合体するんだ。みんなに見えるように、高いところでねぇ」


 鳥肌が止まりません。噛み合わなくなった歯がカチカチと音を立てています。

 わたしはこんなもんの上で、初めてを奪われるというのですか。こんなデブの中年に。


「た、助けて。助けてくださいです、おにいちゃんっ!」

「良かったねェ、カナカァ。ホウロク様に、たくさん可愛がってもらってねェ」


 切り札の呼び方まで使いましたが、実兄は全く揺るぎません。ただただ虚ろな瞳のままに、ぼんやりとこちらを見ています。何度声をかけても、全く反応してくれませんでした。


「おにいちゃんっ、おにいちゃんっ!」

「無駄だよぉ、カナカちゃん」


 何度も何度も彼を呼んで、わたしが疲れてきた頃を見計らったかのように、ホウロクが話しかけてきましたです。


「レン君には蟲を追加で投入した上に、フェロモンを何重にもかけ直した。もう儂の言うこと以外は、虚ろなもんさぁ。むしろこの状態になって、まだカナカちゃんのことを覚えてることがびっくりだよぉ。怖いねぇ、シスコンってぇ」

「そ、そんな。お、おにいちゃんっ!」

「…………」


 君はもう下がってて、とホウロクが言うと、実兄はさっさと村民の間に紛れ込んでいきます。わたしの声が、全く聞こえないみたいに。

 それでも彼の目には、涙があったようにも見えました。


「さてと。じゃ、次はこの村の今後についてだ。儂らの百葦村ももよしむらは、限界集落認定をされて久しい。このまま滅んで行ってもいいものか、いやいや、そんな訳ないでしょう」


 そうだそうだ、と村民から合いの手が入りますです。


「その為に儂は前任者から村長の座を奪った。いつまでも伝統だなんだと口うるさかったアイツを村の肥やしにした時は、思わぬ発見だったな。がっはっはっ」


 ホウロクに合わせて、周囲から笑いが起きます。


「儂が村長になったからには、もう大丈夫だ。この村は今後、豊穣の恵を筆頭に世間へと売り出し、益々の発展を目指していく。さてここで質問だ。今の世の中、有名になろうと思ったらどうしたらいいかな?」


 突然のクイズ形式で、村民らの間でシンキングタイムが流れます。結果は誰一人として、回答を出せませんでした。


「はーい、時間切れぇ。答えは、有名人に宣伝してもらう、でしたぁ。なになに、そんな金があるのかってぇ? あるんだなそれが。何故なら儂らには豊穣の恵があるッ!」


 自分に酔いしれているのか、ホウロクは唾を飛ばしながら喋り続けています。


「豊穣の恵を売り出す為の応援寄附金を募ったところ、大口の申し出があった。同時に彼の知り合いにいた有名動画配信者によるクラウドファンディングも使われることとなった。売り出す為の資金どころか宣伝まで確保できちゃったよぉ。儂も貯蓄を叩いたし、羽ばたく準備は万全さぁ。さあ、その主催者である彼にご登場いただこうか。ジャラララララララ……じゃんッ!」

「は、はあっ!?」


 ホウロクの口による太鼓の後、社務所の扉が開かれて一人の男が姿を現しましたです。わたしはそれを見て、声を上げずにはいられませんでした。

 金色の短髪と黒髪のツーブロックの髪型。綺麗に整った顔と紅い瞳。白いシャツと黒いチノパンを履き、足には茶色いローファーの靴。偶然にも春先に出会った時と全く同じ格好をしていた、大学の先輩。


「パリピっ!」

「どうもー、或辺ハルアキでーすッ!」


 ウチの大学が誇る負の代表者こと、パリピだったんです。あまりに場違いな彼の姿に、わたしは素っ頓狂な声しか出せません。

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