第六話「今ここでテメーを末代にしてやるです」


「次そう呼んだら命の保証はしねーと、言いましたですよ」

「あれー、そうだっけ? 固いこと言わないでよ、お魚ちゃん」

「ぶっ●す」


 淑女にあるまじき単語を口にしてしまいそうになったので、伏せておくです。わたしは奥ゆかしきヤマトレディなので、汚い言葉は口にしません。

 それにわたしには、以前SNSで話題となっていたアンガーマネジメントという知識があります。怒りのピークは六秒で過ぎ去る。ピークを越えればあとは自分の内側で消化できる為、外に向ける必要がないというものです。


 つまり。


「その股間にぶら下げた●●●●潰して、今ここでテメーを末代にしてやるです」


 六秒未満で仕留めればいいのですね、簡単です。


「お魚ちゃん、落ち着いて」


 なだめられつつ煽られるとか、最高にムカつきます。この場合、アンガーマネジメントの六秒を更新しましょう。サッカーで言うロスタイムです。


「んじゃ、一緒にこれ飲もっか」


 そんなわたしに構わず、パリピが取り出したのは『献酒』と書かれた熨斗のついた酒瓶でした。


「なんですかそれ、日本酒ですか?」

「そうだよ。神社に奉納されてた、御神酒の一つさ」


 パリピは熨斗を取ると、ずっと持っているわたし紙コップに注いでくれますです。大吟醸と書かれている瓶に目をやれば、アルコール度数は十五度。最初の梅酒より同じくらいでした。


「そんな程度でわたしに勝てるとでも思っているんですか?」

「せっかく一緒に飲めるんだから、もう勝ち負けとかどーだっていーじゃーん。楽しく飲もッ!」


 駄目だ、です。こいつ、最早負けたら出ていけという約束すら覚えていない可能性があります。怒りが本格的に通り過ぎていったのか、呆れの感情しか湧いてこなくなりました。

 面倒くさい、です。こうなったらさっさと潰して窓から捨てましょう。それが早いです。


「じゃあ、乾杯ッ!」

「しませんです、ごくり」

「あらら」


 隣に座ったパリピからショットグラスを向けられましたが、わたしはそれにぶつけることなくさっさと日本酒を呷りましたです。

 甘い口当たりとフレッシュさがあり、喉を通った後に鼻から抜けていくフルーティな香り。瓶をよく見てみると、大吟醸の下に『氷雨』という銘柄と共に金色で生酒と書いてありました。


 とても美味しいです、おかわり。


「……祓へ給へ、清め給へとまをす事を聞こしせと、かしこかしこまをす」

「何か言ったですか?」

「なんにも。さあ飲むぞ、お魚ちゃんッ!」


 何か呟いていたパリピに注がれるまま、わたしはグイグイ呷りますです。すっかり忘れていたアヒージョを温め直し、バケットを肴にすることで一気に良い気分になってきます。

 ああ、良い。お酒と美味しいおつまみ、これですよこれ。あとは一緒に飲んでるのがパリピじゃなかったら、わたしはもっと。


「うっ!?」


 日本酒の後味と香りを楽しんでいた時、突然わたしの身体に異変が起こりました。身体中が身震いを起こしたのです。

 震えは身体の各所から中心にまとまったかと思うと一気に込み上げてきて、鼻に到達したところで。


「は、は、はっくしょんっ!」


 パリピの目の前ということを忘れて、わたしは大きくくしゃみをしました。咄嗟に手を当てることもできないまま噴き出してしまいます。わたしの乙女心が悲鳴を上げ、慌てて目を開けてみれば。


「えっ?」


 わたしの目に信じられないものが映っていましたです。くしゃみをした真正面の床に、数匹の虫がいたのです。

 大きさは細い針金の切れ端くらいでしょうか。見た目はムカデのようで、それが数匹まとまって団子のようになっています。身体部分が赤く、足の部分が黒く、頭の部分は黄色く、おおよそ見たことのない配色をしていました。


 生理的な嫌悪感を覚えるその虫は、周囲の透明な液体を被って苦しそうにもがいていました。

 まるで、わたしがくしゃみした瞬間、体内から飛び出してきたかのように。


「ひ、ひい」


 身体中に寒気が走ります。思わず、わたしは立ち上がってしまいました。


「主様ぁぁぁっ!」


 その時、幼い子ども特有の甲高い声が耳に響きましたです。顔を上げてみれば赤い狩衣を着て、メッシュの入ったおかっぱ頭の女の子がドアのところに立っています。

 あれは確か、パリピの妹のアヤメちゃんでしたっけ。


「近所から苦情が来ておったぞ、また騒いでおったのかっ!?」

「あーあ、見つかっちゃった。あのね、アヤメ。大人には、どうしても飲まないといけない時が」

「そんな言い訳は百回聞いたわ。今日という今日は、もう我慢ならんぞっ!」

「あっ」


 怒りをそのままにドシドシと歩いてきた彼女は、道中でわたしが噴き出したムカデのような虫達を赤い鼻緒の黒下駄で踏んづけてしまいましたです。


「あ、あの、ですね。アヤメちゃん、でしたか?」

「うぬ? おお、あなたはいつぞやの。カナカ殿、であったか? ウチの主様が迷惑をかけたようで、本当に申し訳ないのじゃ」


 アヤメちゃんはわたしに対して、丁寧に頭を下げてくれました。あのパリピの妹とは思えないくらい人間が出来ていますが、本題はそこじゃないです。


「えっとです、ね。さっき、虫、踏んづけたかも、です」

「えっ、虫? どこじゃ?」


 しかし彼女が足を上げてみましたが、先ほど赤いムカデ達の姿は何処にもありませんでしたです。彼女は右、左と順番に足を上げましたが、影も形も見当たりません。


「あ、あれ?」

「気のせいではないか? わしも特に、何かを踏んづけたような感じはなかったがのう」

「そ、そうなんです、かっ!?」


 一体どういうことだろうと思った次の瞬間、わたしは自分の視界がぐらりと歪むのを感じましたです。

 同時に身体中がポカポカと温かくなっていき、足元がふらついていきます。


「あ、ありぇえ? わ、わらひ、いっひゃい、どうしひゃったんれす~?」


 呂律すら回らなくなり、自分が立っているのか座っているのか、はたまた水の中を漂っているのかすらも分からなくなります。

 なんですか、この感覚は。揺り籠に揺られているような、空を飛んでいるような、フワフワした心地です。なんか段々、意識まで遠くなってきたような感じも、あるです。


 まさかこれが、酔っぱらったというやつなんでしょうか。今まで、どれだけお酒を飲んでも、こんなことなんてなかったのに、です。


「やっぱりね。子蟲ならこんなもんだろう。さて、彼女を介抱しなくちゃ。アヤメは大丈夫かい?」

「咄嗟であったから取り込んだが。主様、あまりわしの体内に留めておくのも良くはないぞ。一回わしごと滅して再召喚した方が」

「何を言ってるんだい、アヤメはアヤメだろう? 式神じゃあるまいし。母蟲の宿主さえ何とかすれば、万事解決だ」

「……困った主様じゃ、全く。本当は、分かっておろうに」


 意識が飛ぶ前にパリピ達が何か話していましたが、わたしは内容を理解できませんでしたです。

 重たい瞼に抗うこともできず、後ろに倒れ込んだわたしはパイプ椅子に座り込む形で、眠り込んでしまいました。

 ぐうぐう。

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