第五話「男と女、チキチキ飲み比べ対決ーッ!」
「ここから酒の臭いがしますねえ、つまり飲み会会場に違いありません。あの急なんですけど、今から潜入したいと思いますッ!」
まず見えたのが、ノートパソコン片手にマイク付きのヘッドフォンをしながら画面を見ている沢村タクヤ先輩です。
チェックのシャツをチノパンにインし、毛量が多いくせ毛が目元まで来ていて、黒縁眼鏡がそれを支えているという一見してオタクのような印象がありますが、その実態はパリピ系動画配信者です。
飲み会のお店を紹介したり、お酒の種類を解説したり、はたまた飲んでいる様子の生配信を行っています。
かつてはゲーム実況等をしていて、そこまで有名ではなかったらしいのですが。パリピに絡まれて飲むことを覚えた際の生配信がバズって有名になり、以後その方針に切り替えたんだとか。舵の切り方の思い切りが良すぎるです。
って言うか、まさか配信中じゃないですよね、もしそうなら肖像権侵害で訴えます。
「こんな扉で俺様を阻もうなんざ百年早いわ、ガッハッハッハッ!」
次に見えたのが扉をこじ開けて得意げに拳を作ってみせている、上半身裸の宗像(むなかた)カツグ先輩です。
茶髪の角刈りを持ち、黒いタンクトップにジーパン。二メートル近くある身体は鍛えられ、なおかつ日焼けしているその出で立ちは、ボディービルダーと言った有様です。
趣味は筋トレとスカイダイビング。彼の有名エピソードは、「センコー、体調ワリィからジム行ってくるわ」と講義中に先生に言い放ち、途中退場してトレーニングジムでヒンズースクワットをしていたというものです。
信じられねえです。しかもその講義の単位は満点で取ったというのですから、なお信じられねえです。
そして、そんな彼らを率いているというのが、もう一人。
「イエーイ、飲んでるー?」
「何しに来やがったですか、このパリピ」
彼らと共にやってきた金髪ツーブロックのパリピ、或辺先輩ことパリピでした。彼らの顔は真っ赤っか。既に出来上がっていると言っても過言ではないでしょう。
春先に殴り飛ばして以降、あのパリピはことある事にわたしの元に現れるようになりましたです。言うことはいつも同じで、飲みに行こう、遊びに行こう、今日とかどうかなとお誘いばかり。
わたしはひたすらに無視を貫き、実兄にも相談して直々に注意してもらい、視界に入れないようにと努力することしばらく。遂に根負けしたのか、奴が来ることがなくなったのがちょっと前です。
その後、何故か彼は大学に来なくなりました。ようやく校内に平和が訪れたと思っていた矢先にこれです。
「さっさと出てけ、です。お前らを招待した覚えはないです」
「そんな冷たいこと言うなよー、冷たいのはお冷だろー?」
「そして熱いのが、俺様の身体と熱燗ッ!」
「いやー、びっくりするくらい歓迎されてませんね。これは何かしらご機嫌取りが必要。どう思います、コメント欄の皆さん?」
一切の遠慮なしに拒絶の言葉を口にしたというのに、酔っ払い共には通じませんでした。
身体がアルコールでできた生命体に正論は通じない。
そうであるならば、弄する策は一つのみ。
「わかりましたです。なら、ここでわたしと飲み比べて誰か一人でも勝つことができたのなら、居てくれていいです。ただし、負けたらそこの窓から投げ捨てます」
こいつらの土俵に乗り、なおかつ勝利すること、です。
「うおおおおッ! マジかよ、そっちから提案してくれちゃう感じッ!? いいよいいよ、オレはやるぜーッ! やるよなオメーらッ!?」
「「ウエーイッ!」」
全員ノリノリで了承しましたです。
ふんっ、いつも飲んでる自分たちが負ける筈ないと、そんな余裕すら感じられますが、甘めーですよ。
「それでは僭越ながら、僕の方から開始をコールさせていただきます。ムラムラチャンネル第三十一回、男と女、チキチキ飲み比べ対決ーッ!」
「「FOOOOOOOOOOッ!」」
「…………」
沢村先輩が煽り、パリピと宗像先輩が声を上げている中、わたしは仏頂面のままパイプ椅子に座っていました。沢村先輩が持っているノートパソコンに目をやれば、わたし達の映像と共にコメント欄も湧きに湧いています。
おい、やっぱり配信してやがったんじゃねーですか。後で訴えてやりますです。
って言うかムラムラチャンネルって名前だったんですか。沢村のムラから来ているのでしょうが、何故いやらしくした、答えろ。
いや、やっぱいいです、どうせ頭痛がしそうな理由でしょうから。
「まずは俺様だな。いたいけな女の子にゃあ、これで十分だろ」
最初に隣に座ってきたのは、上半身裸の宗像先輩でした。彼が取り出した瓶を見て、わたしは目を細めます。
琥珀色の液体の中に入っている丸い果実ボトルです。ラベルを見るまでもなく、一瞬で把握しました。梅酒、アルコール度数は十五度といったところでしょうか。スーパーでよく見かけるやつですね、舐められたものです。
「もちろん割ってくれてもいいぜ? ちゃーんと炭酸水も用意して」
「結構です、ストレートで大丈夫です」
「聞きましたかリスナーの皆さん? これは当チャンネルが誇る無敗のチャンピオン、宗像カツグに対する挑戦状だッ! 熱い展開が期待できるぞーッ! リスナーの皆さんは、是非どちらが勝つのか投票してくださいな」
宗像先輩の要らない親切をはねのけると、沢村先輩が更に囃し立てますです。つーか勝手に賭けてんじゃねーですよ。
ああ、うるさい。さっさと潰してしまいましょう。わたしがずっと使っていた紙コップを差し出すと、パリピが注いでくれました。
「それでは第一回戦。レディ、ゴーッ!」
「ごくり。おかわりです」
「ッ!?」
沢村先輩のコールと共に、わたしは梅酒を一気に飲み干しましたです。隣の席の宗像先輩が目を丸くしている中、パリピがわたしにおかわりを注いでいきます。
「へ、へー。やるじゃねえの嬢ちゃん。だがな、んぐッ!」
宗像先輩が負けじと梅酒を呷ります。大丈夫ですか。わたしみたいに強くないと、一気飲みは危ないですよ。
「プハーッ! ああー、効くわー。おらハルアキ、俺様にもおかわりだ」
「二人ともいい飲みっぷりだねー。はいはい、どんどん、飲んで飲んで」
パリピがわたしと宗像先輩に、交互に梅酒を注いでいきますです。
涼しい顔をして飲み干すわたしとは対照的に、宗像先輩の顔はどんどん赤くなっていきました。
「む、無念……ウップス」
やがて限界が来たのか青白くなって口元を押さえ、部屋を出て行きました。
あーあ、あれはリバースしに行きましたね。せっかくの梅酒がもったいないです。残ったのはわたしがいただきましょう。
「まさかの番狂わせッ! 宗像カツグに賭けていた人間の阿鼻叫喚がコメント欄を埋め尽くしているーッ!」
「次はお前です。さっさと席につけ、です」
わたしは自分は関係ないとばかりに喋ってる沢村先輩を指さしました。
さっきからその実況が耳障りで仕方ないんです。ここで黙らせてやるです。
「まさかのご指名に、僕も心が震えてきました。まあ僕のストライクは、もっとお歳を召した女性なのですが。いいでしょう、ではこれです」
すると沢村先輩は、透明な液体が入った瓶を取り出しましたです。英字のラベルでしたが側面にある成分表は日本語でした。テキーラ、アルコール度数四十度と書いてあります。
続けてパリピが取り出したのはショットグラス。一杯が九十ミリリットル以下であり、こういうお酒を飲む時に使う小さなコップです。
「このショットで勝負しましょう。言っておきますが、僕は結構強いですよお? 実はカツグにも勝ったことが」
「ごちゃごちゃ言ってねーでさっさと酒を注げ、です。あと、わたしはこの紙コップのままで構いません」
「マジで?」
お前と漫談するつもりは微塵もありませんです。さっさと飲んで、潰す、です。
「取り付く島もないのは、僕もちょっと寂しいですねえ。これはお酒の力を借りるしかないッ! さあ二回戦。レディ、ゴーッ!」
「ごくり。おかわりです」
「ッ!? ッ!?」
わたしは紙コップに少量、沢村先輩はショットグラスに適量の透明なテキーラが注がれ、いざ開始となりました。わたしは注がれたテキーラを一気に飲み干しましたです。沢村先輩がわたしを二度見しました。
あっ、これは美味しい。口当たりがなめらかなので、とても飲みやすいです。
「ま、まさかまた一気飲みされるとは。ぼ、僕も負けてはいられませんよーッ!」
口を開けたまま目を丸くしていた沢村先輩が、負けじとショットを一気に呷りました。おお、やりますねえ、です。
そのままわたしと共に、二杯目、三杯目と、飲んでいきましたが。
「む、無理。き、今日のムラムラチャンネルは、ここま、で、ウップス」
勢いよくノートパソコンを閉じた沢村先輩が、眼鏡を落としながら入口から駆け出していきました。
なんだ、テキーラを出してきたので少しは骨があるのかと思ったら、案外呆気なかったですね。残ったテキーラも、わたしがいただきましょう。
「このアルコール耐性に、あの怪力。加えて、特定個人への盲目的な信仰、か……間違いない、あの蟲だ」
目を細くしたパリピが、なにやらぶつくさ言っていますです。
知ったことか、あと残ったのはお前だ、覚悟しやがれ、です。
「さあ、一人ぼっちになりましたね、です。覚悟はいいですか?」
「いいよ。さあお魚ちゃん、オレと飲もうかー」
プチン。わたしの堪忍袋の緒が切れた音がしました。
お前、今、わたしのことなんつった、です。
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