第四話「うん、褒めるところしか見当たらないのですが」


「はい部長、質問いいですか?」

「もちろんだとも日佐クン。さあ、何でも聞いてくれ」

「わたし達が陰陽師に救われてる、その根拠はなんですか?」

「古文書にそのヒントがあったッ!」

「ヒント? じゃあ事実じゃないんじゃないですか。そもそもその古文書って、何処にあったんですか?」

「えっ? あー、ね。ネットで動画配信者が話してて」


 部長の勢いが急に衰えましたです。


「ネット? 動画配信者? じゃあ誰かが話しただけで、事実じゃないじゃないですか。そもそも動画配信者って何者なんですか? 何処かの大学か研究所に属する、権威ある方なんですか?」

「いえ、その。都市伝説系配信者で、特にそういうのは、ない、です」

「じゃあほとんどその人の作り話じゃないですか。古文書がソースと言っても、本物かどうか断定できない以上、説得力がありません。真実なんて大きいこと言わないでくださいです。第一、十年前の都心大規模ガス爆発事件はガス会社の不手際だったって、政府の第三者委員会からの報告もあったじゃないですか。もう解決済みの事件を、無理やりこじつけないでくださいです」


 わたしが丁寧に質問していると、部長はその目に涙を浮かべていました。終いには部室の隅っこで体操座りをし、チビチビとビールを舐めている始末です。


「ぐすん。妖怪マジレス女、怖い」

「人を妖怪呼ばわりしないでください、陰陽師に退治されちゃうじゃないですか」

「やっぱりカナちゃんって、そういうとこあるよね」


 そういうとこって、どういうところでしょうか。さっきも言われましたが、ちゃんと言って欲しいものです。

 ため息をついたわたしは、部長が使っていた電子黒板が邪魔だったので、一人でそれを持ち上げて部屋の隅に置きました。


「……あれ、二人がかりでも相当重かったのに」

「……やはり日佐クンには逆らわないようにしよう」


 クロちゃんと部長がこそこそ話し合っていましたです。なんだ。クロちゃん、部長のこと苦手そうにしてる癖に、結構仲良しじゃないですか。


「陰陽師もいいですが、週末はわたしの故郷のお祭りに来るんですから。ちゃんとしてくださいですよ」


 仕切り直しとばかりにわたしが二人を見回すと、部長が元の勢いを取り戻したかのように声を上げました。


「おお、もちろんだとも。何せ日佐クンが招待してくれたんだからなッ!」

「年に一回あるかないかの合宿だよね。去年みたいにツチノコが出るまで山でキャンプとか、しなくて良いなら何でも」


 二人の反応を見て、わたしは忘れられていなかったことを安心しましたです。

 わたしの地元で毎年夏に開催されている百葦祭(ももよしさい)があり、村人が交代で客人を呼ぶことになっているのです。今年はわたしが客人を呼ぶ担当に当たっていたので、部員の彼らに声をかけました。


「日佐クンの故郷には独自の土着信仰があり、お祭りもそれに習ったものと聞いている。オカルト研究部として、地方に根差した独自の神とそれを称えるお祭りに参加できるなんて、願ったり叶ったりというものだよッ!」

「お土様が有名じゃなかったなんて、わたしもびっくりしたです」

「しかも飲み食いタダって聞いてるけど、本当にいいの?」

「もちろんです、もてなす為の客人なんですから。土曜日に実兄を迎えに来させるですから、交通費も不要です」


 客人となった人は、村で振る舞われる食事もお酒も食べ放題、飲み放題です。神社で村長であるホウロク様による、お土様への神事を見ながら飲み食いして。

 客人はその後、個別にホウロク様に呼び出されて更に祝福を受ける、というのが流れみたいです。


「わたしとしても、二人が来てくれるのが嬉しいというものです。これでホウロク様に、また頭を撫でてもらえるですっ!」


 わたしが声を弾ませると、二人の顔が引きつったように見えました。


「え、えーっとカナちゃん。ホウロク様っていうのが、その、アレなんだよね?」

「どうしたんですかクロちゃん。あれというか、わたしの運命の人ですよ」

「お、日佐クン。もう一度、もう一度そのホウロク様の写真を見せてくれないか?」

「いいですよ」


 部長が言うので、わたしは自分のスマートフォンの待ち受け画面にしていたホウロク様のバストアップ写真を二人に見せました。


「髪の毛は薄いし、汗まみれだし。どう見ても脂ぎった中年にしか見えないんだけど」

「好みは人それぞれとは言うが。日佐クンはなかなかのハイセンスだと思うよ」


 いつも不思議なのですが、どうしてホウロク様の写真を見た人はこんな反応ばかりするのでしょうか。

 てっぺんは地肌が見えている黒く薄い頭髪。膨れ上がる脂肪は顔と腹を内側から盛り上げており、常に汗ばんでいてヨレた白いタンクトップは湿っていて。吹き出物が出来た顔はニタニタといやらしい笑みを浮かべており、一歩歩くだけで汗が身体から滴り落ちるのが目に浮かぶです。


 うん、褒めるところしか見当たらないのですが。


「ね、ねえ、カナちゃん。このミナト君のこと、どう思う?」


 するとクロちゃんが自分のスマートフォンの待ち受け画面を出してきました。彼女イチ推しのアイドルであるミナトの写真です。

 少し逆立っているアッシュグレイの髪の毛をなびかせたイケメンであり、上半身が裸なので細見なのに引き締まった身体がよく分かります。


 ほうほう。


「カッコイイとは思いますが、ホウロク様程ではありませんです」

「部長。ワタシの推しがデブの中年に負けたんですけど、これってワタシが間違っているんですか、それとも世界が間違っているんですか?」

「世界の過ちであるならば、それを過らせた人物を突き止めねばなるまい。それこそがこの世の黒幕だッ!」

「畜生、聞く人間違えた」


 どうしてクロちゃんは両手と膝を床につけてうなだれているんでしょうか、外履きで歩き回る床に手を当てると汚いですよ。

 その後もタコパは続きましたが、お酒に弱いクロちゃんが机に突っ伏して寝てしまい、部長も珍しく飲み過ぎたのか、大の字になって床でいびきをかき始めました。


 来た、わたしの時間です。

 わたしはいくら飲んでも酔わない体質なので、最後には一人の晩酌になります。飲める人間の役得ですね。たこ焼きのタネが尽きたので、アヒージョの用意もしましょうか。締めはベビーカステラと決めていますし、まだまだ楽しめそうです。


「さてと、まずは完成したアヒージョからです。たっぷりと油に浸ったエビとチーズにキノコにアスパラガス。今からバケットと一緒に食べてやるですから、楽しみに」

「「「FOOOOOOOOOOッ!」」」

「っ!?」


 と、その時。部室のドアが乱暴にこじ開けられ、耳につく大声が響き渡りやがりましたです。

 この声は、まさか。

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