第三話「……カナちゃんって、そういうとこあるよね」


 わたしが通っている三翠(さんすい)大学というのは、地方の国立大学です。海沿いにあり、樹のみどり、海のみどり、空のみどりの三つの翠(みどり)からその名前が来ています。

 五つの学部と六つ研究科、附属病院を持つ総合大学で、全てが広い一つのキャンパス内に収まってるです。敷地面積としては日本一、という訳でもないみたいなのですが、上位に食い込むくらいの広さがあるそうです。


 それ故に。


「いちいち移動が面倒くさいです」


 クラブ・サークル棟の前に自転車を停めたわたしは、ため息と共に悪態を吐きましたです。現役合格した後にもう二年目となった大学生活ですが、未だにこの広さには辟易します。

 夏の夕焼けが照り付ける中、買い出しを終えたわたしはサークルの飲み会の為に大学にやってきたんです。今日はタコパです。


 学生証をかざして入ったクラブ・サークル棟には、主に文化系の部活やサークルの部室が入っています。すれ違う学生は背中にギターを背負っていたり、トレーディングカードを持っていたりと、相変わらずにぎやかですね。

 エレベーターを吹奏楽部が楽器運搬に使っていたので階段を使い、ビニール袋を持ったわたしが目指すのは三階の一番奥の部屋です。入口にはオカルト研究会と書いてありました。


「では僭越ながら、私から乾杯の音頭を取らせてもらうんだよね。乾杯ッ!」


 諸々の準備を終え、八畳程度の室内にある長机に並べられたたこ焼き機から良い香りが漂い始めた頃。缶ビールを片手にしたこのオカルト研究部の部長、岡田(おかだ)キスケ先輩の一声でタコパが始まりました。

 前髪は真ん中分けのオールバックで、襟足は肩についているくらいの長さ。彫りの深い顔立ちで短いあごひげを蓄え、目を見開いている時の眼力が異常に強く、この顔で迫られたら断りにくいという得なのか損なのか分からない特技を持っています。


 一つ上の三年生で所属は生物学部、白いポロシャツに青いジーパン、黒いサンダル姿がデフォルトです。


「乾杯です」

「か、乾杯」


 同じく缶ビールを持ったわたしに続いて詰まりながらも乾杯したのが、オカルト研究部の部員である白木(しらき)クロコちゃんです。

 特に手入れをしていないボサボサの茶髪で目元を隠していて、うつむき加減の猫背の所為で背が低く見えます。本当はわたしより背も胸も大きい癖に。わたしと同い年の二年生であり、所属学部は部長と同じ生物学部です。


 いつも黒いブラウスに黒いスカートの真っ黒スタイルなので、遠目でもすぐに見つけられます。


「プハァッ、やっぱりお酒なんだよね。ところで白木クン、こんな話を知っているかな? ズバリ、陰陽師についてだッ! 聞きたいだろう?」

「ひいっ!?」


 缶ビールとたこ焼きが目を見開いた部長の無駄に濃い顔でした。出ました、部長の断れない顔芸、クロちゃんの腰が完全に引けています。


「あ、あの、その。ワタシ、お、お手洗い、に」

「聞・き・た・い・だ・ろ・う? さあ白木クン。私の話の拝聴の有無を、はいかイエスで決意表明し給えッ!」

「えと、あの、その、わ、ワタシ」


 眼前に迫る部長の濃い顔にたじたじのクロちゃんです。頑張れ、頑張れ。わたしは頑張る人を応援します。

 視線を宙にさまよわせること、しばし。彼女は静かに口を開きました。


「聞き、ます、はい」

「その心意気だ、流石は我がオカルト研究部の一員よ。では話そうッ!」


 部長の顔と勢いに負けたクロちゃんは、首を縦に振りましたです。あー、今日も勝てなかったですね。今までが全敗なので、大して期待はしていなかったですが。

 わたしはおかわりの缶ビールを開けると、たこ焼き片手にパイプ椅子に座りました。いつもの、ですね。部長はどっかからかっぱらってきた電子黒板に神社の写真を映し出すと、大きく息を吸い込みました。


「前提として、陰陽師は現代にも生き残っているんだよねッ! 八百万の神々や数多の妖怪が跋扈するこの国において、飛鳥時代に始まったとされる陰陽師は数々の危機を救ってきた。安倍晴明なんかがその代表である。しかし時代が巡り、彼らが拠点としていた京の都が戦火に見舞われることになった。そう、応仁の乱だ。この際に戦いの余波を浴び、陰陽師に関連する大量の道具や典籍等が失われることになった。以降、陰陽師は表舞台での活躍が一気に減り、他の神道と融合したり、時の権力者に近づいたり、あるいは排斥されたりしていたが……実は失われなかった知識と技術があったんだよね。それは燃え盛る京から各種を持ち出した、陰陽師の生き残り。彼らはその後の陰陽師の零落を鑑みて、密かにそれらを受け継いでいった。罪なき人々を守るという信念だけは、そのままに。そして今も彼らは、社会の裏側で我々を守ってくれている。その代表格こそ、かつて世間を震撼させた、あの都心大規模ガス爆発事件ってこと。あの裏には陰陽師による、国を守る戦いがあったってことなんだよねッ!」

「そもそも一念発起して髪まで染めたってのに、なんでこんな場末の弱小部活になんて入ってんのよ、ワタシ。それもこれも、全部このクソ部長の所為だ。あの無駄に濃い顔と無駄に強い眼力で迫られて、入部しなかったら何されるのかって怖くなって。本当はキラキラした大学生として、ミナト君みたいなイケメン達とたくさん遊んで、在学中に誰を攻略していくか毎日悩むつもりだったのに……」


 まくし立てる部長の一方で、絶対に話を聞いていないクロちゃんがいつものブツブツモードに入ってしまいました。

 華麗に大学デビューを決めようとしていた彼女は、昨年の部活及びサークル紹介イベントの際に彼に捕まって入部させられたのを、今でも根に持っているみたいです。


 わたしは特にそういうことはなく、単純にイベントでの部長の調査発表がとても浮いていて面白かったので入りました。部長はわたしが自主的に来た際に、これで部が存続できると涙ながらにめちゃくちゃ喜んでましたです。

 ちなみにミナト君というのは、彼女が推しているアイドルの名前です。ライブは全部追っかけてるみたいです。


「文句を言うくらいなら辞めたらいいんじゃないですか?」


 部長の語りを話半分にしながら、わたしはクロちゃんの肩を叩きました。彼女がビクリと身体を震わせました。


「い、いや、カナちゃん。あの、その。ほ、他のグループの輪が出来てるところに今さら割って入ったりなんかできないし。ここを止めたら他に知り合いもいないし」

「じゃあ諦めたら良いじゃないですか。その話はもう耳にタコができるくらい聞きましたです。何度も言ってますが、口で言ってても動かなかったら、なんにも解決しないですよ」

「……カナちゃんって、そういうとこあるよね」


 同い年で彼女も一人暮らしなので、互いの家に行って遊ぶこともあるのですが、いい加減このブツブツモードはやめて欲しいです。お酒が入ると特に酷く、一晩中愚痴ってることもあるくらいですから。


「陰陽師の代表的な力と言えば、やはり式神だろう。本来式神とは、位の低い神や妖怪を使役するものであり、式札というお札に存在を封じ込め、必要に応じて召喚する。召喚された式神は、身体の何処かに核となる式札があり、それを剥がされれば実態を失ってしまう弱点こそあるが。伝言、偵察、届け物なんかもしてくれるとても便利なものであり、今日の我々の平和の影に蔓延る神と妖怪、そして蟲と呼ばれる存在に対抗する術でもある。つまり我々は陰陽師によって、密かに救われて……聞いているのかね白木クン、そして日佐クンッ!」


 部長がわたしへと濃い顔を向けてきましたです。

 あ、バレた、です。ここは適当な質問で誤魔化しましょう。

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