第二話「カナカァッ! パンツ見えてるよォォォッ!」
どうしてわたしはピストルを向けられているのでしょうか。
駅の近く、線路沿いにあった何の看板もついてない白い外壁のビルの八畳くらいの一室にて、白い半袖ワンピース姿のわたしは冷や汗を流していました。
視線の先にはガタイが良くサングラスをかけた黒服のお兄さんを二人従えた、ツルツル頭のおじさんです。何処かのブランド物っぽい茶色いスーツと白いワイシャツが内側から膨れ上がっています、ビール腹というやつですね。
彼は今銃口を向けたまま、ドスの効いた声でわたしを威圧しています。
「別にこいつは下っ端の一人だから、死のうが生きようがどうでもいいんだが。仮にもウチの組員がお嬢ちゃんにやられたとあっちゃあ、メンツが立たないんだよねぇ」
「そ、そう、ですか、ごめんなさい、です」
「謝って済むと思ってんの?」
何故こうなったかと言えば、一人暮らしをしているわたしのアパートの郵便ポストに入っていたアルバイトのチラシがきっかけでした。
女子限定、未経験者歓迎、日給割り増しととにかく景気の良いことが書いてあったので、週末のお祭りの足しにしようと申し込んだら、ご覧の有様です。
要は仕事というのは、風で俗な嬢ちゃんになるというアレでした。
そんな仕事は真っ平だと、わたしは即座にチンピラの一人を天井に突き飛ばして逃げようとしましたが、銃を取り出されて下手に動けなくなった、ということなのです。
どうしてもクソもありませんでしたね、自業自得でした。わたしのばか。
「お、女の子相手に拳銃とか、恥ずかしくないんですか?」
「全然? 行け」
「っ!」
強がってみましたが、おじさんはあっさりといなしてみせましたです。
咄嗟に片手で持ち上げたソファを置いて遮蔽物にしようとしましたが、おじさんの指示で動き出したガタイのいい黒服の二人が動き出しました。彼らはソファを取り上げると、すぐさまわたしと距離を取ってきます。おまけに懐から取り出した拳銃を、こちらへと向けました。
三つの銃口を向けられて、わたしは動けなくなってしまいます。下手なことをすれば弾丸がわたしのいたいけな身体を貫いてしまうでしょう。
いくらパリピと月を重ねる程の力があると言っても、手が届かなければなんの意味もありません。物理は遠距離の前に無力なのです。
「さあて。これでお終いだね、カナカちゃん」
「う、うううっ」
わたしの額から滲み出た嫌な汗が、頬を伝っていきますです。
彼らとの距離は、だいたい三、四メートルくらい。横っ飛びに逃げようがハチの巣。上や下の壁を殴り抜いて逃げようとしてもハチの巣。勇ましく前に特攻すれば、もちろんハチの巣。何をしようと引き金には間に合わない気がしています。
後ろの窓から飛び降りるれば助かりそうな気がしましたが、ここは四階です。落ちればまず助からないでしょう。
万事休す、です。終わり、なのでしょうか。わたしは、こんな、ところで。
「カナカァッ! パンツ見えてるよォォォッ!」
「っ!?」
突然、窓の外からとんでもなく素っ頓狂な声が響きましたです。
ビクッとしたおじさん達でしたが、それよりも何よりも、わたしは自分が痴態を晒してしまっているんじゃないかという乙女心が勝り、思わずしゃがみ込んでしまいます。
次の瞬間。わたしの背後から窓ガラスを突き破りながら、黒塗りの高級車が飛び出してきました。
黒塗りの高級車が飛び込んできました?
「「「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッ!!!」」」
「っ!? っ!?」
わたしが綺麗な二度見をかました時、横転している高級車は彼ら三人を巻き込んで壁に衝突し、汚いサンドイッチを作りました。バンズは壁と車、ハムはおじさん達です。
普通に死んでいてもおかしくはなさそうな勢いだったのですが、彼らがうめき声を上げているのでギリギリ生きていることを確信しました。
わたしにはこの惨状を引き起こした人間に心当たりがあります。
先ほどの素っ頓狂な声に、車を四階に投げ込んでくるという非常識な怪力。そしてわたしのことを「カナカァ」と語尾を伸ばして呼んでくる輩は、この世でたった一人なので。
「じ、実兄」
「カナカァッ! 貞操は無事かァッ!?」
壊れた窓の外から四階のこの室内に飛び込んできたのは、ダークスーツに黒い長髪をなびかせ、真っ赤に充血させた目を見開いているシスコン。わたしの実の兄、日佐(おさ)レンでした。
わたしよりも長い腰まである黒髪ロン毛で、着る服はいつもダークスーツに赤ネクタイという謎のこだわりを持っており、手足が細くて長いので虫みたいな印象を受けます。注意しておきますがホストではありません。
「よし、衣服に乱れはないなァッ! しかし服の上からという可能性もある。念のために指紋を」
「ど、どうしてここに?」
「それはもちろん、お兄ちゃんがカナカァのお兄ちゃんだからさァ」
理由が理由になっていませんです。
まず、実兄は地元の村役場で働いています。今日は平日。更にはわたしの地元は大学から車で三、四時間ほどの海無し県の山奥にある、百葦村(ももよしむら)というところです。
そしてここは、地元とはかけ離れた大学のある街の駅の近く。実兄が居ていい距離ではありません。
「まさか、わたしのこと監視してたんじゃ」
「もちろんさァ。バイト先に問題がないかを見極める為に、そして無理をさせないよう後で詰める為に。カナカァの服に発信器と盗聴器をベヘラァッ!?」
得意げに歩み寄ってきた実兄のあごを思いっきり殴り上げてやると、彼の身体はすっ飛んで天井に腰までめり込みましたです。
妹の服に何を仕込んでくれてやがるのですか。通りで助けるタイミングが良かった訳です。服を軽く調べてみると、小指の先くらいの大きさの機器が縫い付けられているのを発見しました。アパートに帰ったら、他の衣服も全部調べてやるです。
昔からシスコンの気はありましたが、ここまで妹煩悩だったとは。わたしは盛大にため息を吐きました。
「ん~、サイレンの音が聞こえてきたねェ。カナカァ、そろそろ裏口から家にお帰り。後はお兄ちゃんにお任せさァ」
天井にめり込んだままの実兄が声をかけてきました。ふと気が付けば、遠くからいくつものパトカーの音が響いてきています。
ここまでしておいて、事件にならない筈がない、ですか。警察で取り調べされるのも嫌ですし、帰ることにしましょう。実兄なら、何とか後始末してくれるでしょうし。
「あっ、実兄」
帰ろうとしたわたしでしたが、ふと、一つ忘れていたことを思い出しましたです。
わたしは天井にめり込んでいる実兄の方を見ないままに、声を漏らしました。
「助けてくれて、ありがとう……です」
思ったより声は出ませんでしたが、ちゃんと言うことができました。やり方や監視していたことは兎も角、実兄はわたしを助けてくれたのです。そのお礼を言わない程、わたしは冷血女ではありません。
「……どういたしまして。お兄ちゃんにとって、カナカァのその言葉が何よりも嬉しいよォ」
天井から実兄の優しい声が聞こえてきましたです。ちゃんと、届いていたみたい、ですね。
「じ、じゃあ、もう行くです。きちんと後始末、しておくですよ」
「はいはい。ん~、これだから妹ニウムはやめられないねェッ!」
「キモイこと言ってんじゃねーですっ!」
「あははははァッ!」
その後は実兄が上手く言ってくれたのか、わたしの家にお巡りさんが来ることも電話がかかってくることもありませんでした。というか、ビルに車が突っ込むという散々な状況になったあれを見て、彼は何をどう言い訳して切り抜けてきたのでしょうか。
わたしはこういう時、深くは突っ込まない方が良いことを知っていますです。何もなく終わっているという、終わり良ければ全て良し。触らぬ何かに祟りなし、ですね。
なおアパートに帰って衣服を全て確認したところ、約三分の一の衣服に何らかの機器が取り付けられていました。同時に、トイレとお風呂以外の部屋の中にもいくつもの小型カメラや盗聴器も確認しました。
次に会ったら半殺しにしてやると、わたしは心の中で固く誓いました。
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