第十四話「いわば世界を裏で牛耳っている黒幕ってことッ!」
「恥ずかしかった?」
「そ、そうなん、です」
キヨおばさんの言葉に頷きます。今まであった言葉を必死になってかき集め、突貫工事でいいから会話を組み立てるんです。
例え風が吹けば壊れてしまうような脆いものでも、今この窮地を乗り切れるのであれば、書割で十分です。
「ホウロク、様から、いきなり結婚、とか言われて。わたし、まだ二十歳なのに、学生結婚、することに、なって。最近、聞いたばっかりで。ホウロク、様のことは、話して、ましたけど。結婚なんて、思ってなくて……だ、だからその、は、恥ずかしくてみんなには言えなかったんですっ!」
上手く言えたなんて思えません。最後には勢いをつけようと声まで張った始末でしたが、これで十分です。これで、押し通します。
「いきなりで恥ずかしかったって。そりゃそうだけど、どうしてお友達を置いて一人で来ようなんて思ったの? ホウロク様からお客さんを呼んでって頼まれたんでしょう。それに結婚なんだから、みんなに祝ってもらえばいいのに」
「それはちゃんと招待状を出した時の話ですっ。用意もなく、お祭りを楽しむぞーなんてお気楽に考えてた時に、実はわたし結婚します、なんて言える訳ないじゃないですか。女の子は用意がありますし、男の子だってご祝儀とか、なんか、あるんです。だから、その。ホウロク……様との約束では、果たせなくなりますけど。その分、たくさん、えっと、あの。ご奉仕とか、して、ごめんなさい、しようって」
どんどん勢いがなくなっていきます。キヨおばさんの顔も眉間にしわが寄っていて、イマイチ納得のいっていない感じです。
わたしは嫌な汗をかき始めていました。
彼女にした言い訳も、ほとんどが嘘です。嘘に嘘を重ねていくと、何になるんでしょうか。普通に考えたら、破滅以外にはありません。
それでもわたしは、正気に戻っていることを言えない以上、今この時を嘘を塗り重ねて乗り越える以外に道はないのです。
「だからってホウロク様の言うことを破るなんて。カナカちゃん、あなた」
『ゆ、許してあげてくださいッ!』
するとキヨおばさんのスマホの向こうから、聞き慣れた声が聞こえてきました。この、声は。
「クロ、ちゃん」
『カナちゃんだっていきなりで、こう、ちゃんとできないことだってあると思います。結婚はおめでたいことですけど、いきなり言われて心の準備は、できないと思います、から』
『その通り、日佐クンは何も悪くないんだよねッ!』
驚いた彼女が通話をスピーカーにしたので、声が一層はっきりと聞こえてきます。更に続けて聞こえてきたのは、濃い顔が簡単に思い出せる彼の声でした。
『結婚とは人類がつがいの取り合いを防ごうと取り決めた、社会行為の一つ。いわば、獣と人を分ける一種の境界線だ。それは時を経て時代と共に変化していき、現代では人生における一つの大きな通過点となった。そんな大舞台にいきなり立たされて、戸惑わない人間がいようか。否、そんな人間は少数であるに違いない。心臓がビックフット並みに剛毛な人間か、アカシックレコードにアクセスして未来の全てを知っている人間しか考えられない。つまり、混乱した日佐クンが正常な判断を下せないことは、何も不思議なことではないんだよね。むしろこんな状況でも冷静な人間こそ、いわば世界を裏で牛耳っている黒幕ってことッ!』
「ぶ、部長まで」
言っている意味は八割がた分かりませんでしたが、彼もわたしを電話越しで庇ってくれていることだけは、よく伝わってくるです。
「なん、で、そんな、わたし、なんかに」
『だってカナちゃんは、ワタシの友達だから』
ボヤいた筈なのに、クロちゃんは返事をしてくれました。呟きさえ拾ってくれるマイクが搭載されているとは。最近のスマホは、お節介なくらいに高性能です。
『ボッチだった、こんなワタシと遊んでくれて。女子会とか、初めてだったよ。友達なら、助けるのは当たり前だから』
「く、クロちゃん」
『そうだ。そして私も部長として、部員の危機は放っておけないんだよね』
クロちゃんに続いて、部長まで嬉しいことを言ってくれますです。
『何せ我がオカルト研究部に自ら来てくれたのは、日佐クンが初めてだったんだからな。あの日泣いたのは本気だったよ、何せ部の存続がかかっていたからね。来てくれたのであれば、我々は同志だ。同志は手を取り合わねばならん。つまり、次は私が助ける番ってことなんだよねッ!』
「部長、まで」
二人の言葉に、わたしは目が潤んでいくのを感じましたです。
言ってしまえば、些細なことでした。わたしが自分でオカルト研究部に入ったのも、たまたま会ったクロちゃんと友達になったのも。特に意図があった訳ではなく、巡り合わせでそうなっただけ。それが彼らにとってたまたま都合が良かっただけのこと。
それだけのことで、彼らはここまでしてくれました。それこそが、彼らとわたしの繋がりでした。
「え、えーっと、カナカちゃんのお友達かな? 言いたいことは分かるんだけど、それでもねえ、ウチの村じゃホウロク様の言うことは」
『その心配は不要ですよマダム。何故なら我々は今からこの田ノ上さんの車に乗って、そっちに向かうってことなんだからねッ!』
「……えっ?」
次の部長の言葉に、こみ上げてきていた涙が引っ込みました。血の気が一気に引いていき、体温がどこかに奪われていきます。
こっちに、向かう、って。まさか。
『カナちゃんが約束したのは、ワタシ達が行くこと、なんですよね。だったら今からでも向かえば、そのホウロクさんとの約束も、破らないですよね?』
「ま、まあ、そうだけど」
クロちゃんの言葉に、キヨおばさんが戸惑いながらも頷いています。わたしは首を小さく横に振りました。
「だ、駄目。駄目、です。クロちゃん、部長」
『待っててねカナちゃん。すぐに行くから』
『我々の到着が日佐クンの無実を証明するだろう。歓待と謝罪を用意しておきたまえッ!』
『え、えーっとキヨさん。なんかこっちは盛り上がってるんだけど、連れて行くってことでいいんけ?』
彼らの後に、田ノ上さんの声がしました。おじさん特有のガラガラ声に懐かしさを感じましたが、今はそれどころではありません。
「た、たぶん。じ、じゃあ田ノ上さん、よろしく」
「く、クロちゃん、部長っ!」
「あっ、ごめんカナカちゃん。もう、切っちゃった」
止めようと思った時、キヨおばさんは既にスマホを耳から外していました。
「ま、まあお友達が来てくれるみたいで良かったじゃないの。これでホウロク様に怒られなくても済むわ。他に話があるなら、今から電話する? おばさん、静かにしてましょうか?」
「い、いえ、その。大丈夫、です」
二人のお陰でわたしは目の前の危機を乗り越えましたが、同時に新たな危機を招いてしまいましたです。ホウロクに支配された村に、二人が来てしまうことに。
こんなわたしを、嘘までついたわたしのことさえも庇ってくれた彼らを、放っておくことはできません。絶対、無事に家に帰さなければならないです。
「なんとか、なんとかするです」
キヨおばさんの話をやり過ごしながら、わたしはずっと考えていました。実兄と共に、彼らを村から連れ出す方法を。意地でも、何としても。
その間にも、バスはトンネルに入っては出てを繰り返していました。いくつものトンネルを抜けたすぐ近く、油断していると見落としてしまいそうな曲道へと、バスは左折していきます。
道路に設置された青い看板には直進した先の街の名前の他に、左折した先の村の名前がありました。
わたしの生まれ故郷。そして今や、ホウロクとかいう中年が牛耳っているのであろう、恐ろしい村。
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