第十八話「鳥肌がスタンディングオベーションします」


 夜になり、ホウロクの屋敷の大広間にて、前夜祭という名の宴会が始まりましたです。キヨおばさんやその他の皆さんが、各種のお酒と共にご馳走を用意してくれています。

 地元の野菜と鶏肉を漬け物のように醤油に漬け込み、鉄板で焼いたけいちゃん、朴葉の上に味噌と野菜、キノコ、近くの特産牛肉を乗せて焼く朴葉味噌、お昼に食べた漬物ステーキ等が大きな一枚板のテーブルにズラリと並んでいます。


 その様は満漢全席百葦村ももよしむらバージョンと言った有様でした。


「ごめんねぇ、遅くなっちゃったぁ」

「待たせたねェ」


 料理が並んでから少しして、ようやくホウロクが顔を出しました。実兄も一緒だったのですが、もしかして呼びつけられていたのでしょうか。

 実兄の顔が痛そうに歪んでいなくなったことと合わせて気になりましたが、わたしを見てウインクしてきたので多分大丈夫でしょう。洗脳を気合いで乗り越えたシスコンを信じる、です。


 楕円形のテーブルにはホウロクを起点として右回りに、実兄、わたし、クロちゃん、部長、キヨおばさんらお手伝いおばさん数名の順に並んでいます。

 全員分のコップが配られると、キヨおばさん達が順番にお酌していきました。


「あっ、私はこう見えて下戸なので飲めないんだよね。気持ちだけ受け取った上で、ウーロン茶かオレンジジュースを所望する」


 さりげなく部長がアルコール類を断りますです。この後運転を予定している彼に、お酒を飲ませる訳にはいきませんからね。

 飲める人間にはビール、部長らにはウーロン茶の用意が済んだ時に、ホウロクが乾杯の音頭を取りました。


「じゃあ、今年のお客様とお祭りの成功と、儂とカナカちゃんの初夜前夜を祝ってぇ、乾杯ッ!」

「か、乾杯、です」


 ゾッとする言葉を受けながらも、わたしは何とか口に出せました。乾杯の音頭で下ネタをぶち込んでくるとか、信じられねえです。

 隣のキヨおばさんが「もう、ホウロク様ったらお上手なんだから」と持て囃しているのが、更に信じられねえです。わたしも少し前までは、向こう側だったことも。


 兎にも角にも、あとはこの宴です。ここさえ乗り切ってしまえば、あとは適当な理由をつけて屋敷を後にし、みんなで車に乗り込んで逃げるだけ。最後の関門、です。


「あれぇ? カナカちゃん、お酒が進んでなくない?」

「うっ」


 ちょびっとだけお酒を口にして、後はけいちゃん等の料理で誤魔化していたら、ホウロクが目ざとくわたしのコップを見つけてきましたです。

 声を詰まらせた後、わたしはそそくさと日本酒の瓶を持ってホウロクの傍に寄ります。


「ま、まだ始まったばかりなので、まずは料理からいただいてるです。それよりもホウロク……様。お酌、いかがです、か?」

「うんうん、よろしくねぇ。これからは儂の妻として、毎日お酌してもらうんだからさぁ」


 絶対にお断りです、という言葉を飲み込んで、わたしは再びひん曲がった釘みたいな笑みを浮かべながらお酒を注ぎました。

 ホウロクはそれを一気に飲み干すと、なんと肩に手を回してきます。「ップハーッ」と息を吐きやがったので、わたしの鼻孔に奴の酒臭いさが直撃しました。鳥肌がスタンディングオベーションします。


「いやー、身体はまだまだだけど、可愛くなったねぇ、カナカちゃん。今なら合法ロリとして楽しめそうで、儂はもうムンムンだよぉ。おっぱいは大きくなったかなぁ?」

「そ、そう、です、か。よよよ、良かった、です、ね。あ、あはは」


 回された生暖かい手が胸に行こうとしていたので、そっと離しますです。それでも彼の手は肩付近を撫で回しつつも胸に行こうとするので、拒否するわたしとの攻防戦が繰り広げられました。

 更にはホウロクが元来持つ体臭と酒臭さのダブルパンチがあります。負のハーモニーを奏でる異臭に鼻が曲がりそうになり、先ほど食べたけいちゃんが食道をUターンしてきそうになりましたが、何とか気合いで持ちこたえました。


 奥ゆかしきヤマトレディは、嘔吐なんてしないのです。


「ほ、ホウロクさん。わ、ワタシからも、いかがです、か?」

「おー、本当かね。嬉しいなぁ、最近の子にしちゃ、気が利くじゃないかぁ」


 見かねたクロちゃんが、瓶を持ってきてくれました。ホウロクはわたしから手を退けると、今度はクロちゃんの方へと寄っていきます。


「ん~、若い子っていい匂いするよねぇ。これはなんのシャンプーかなぁ?」

「ひ、ひぃぃぃ」

「ほ、ホウロク殿。ここは男同士、一つ討論と行かないかねッ!?」


 クロちゃんの肩に手を回そうとした時に、部長がインターセプトに入りました。


「私はこう見えてオカルト研究部の部長を務めている。こういった村々に伝わる土着信仰には、とてもとても興味があるんだよね。つまり、ホウロク殿の話は大いに聞きたいってことッ!」

「ほほう、最近の子にしちゃ殊勝な心掛けだ。いいとも、我が村にかかるお話を、存分に語ってしんぜよう」


 自分の話ができると気を良くしたのか、ホウロクは手を引っ込めて部長の方へと向き直りました。その隙にクロちゃんがわたしの元まで逃げてきます。


「こ、怖かった。気持ち悪かったよぉ」

「クロちゃん。本当に、本当にありがとうです。そしてごめんなさいです」


 涙目になっているクロちゃんをあやしつつ、わたしは謝罪しました。それを全く意に介していない様子で、ホウロクが喋っています。


「そもそもこの村は戦国時代くらいに戦の為の拠点として開墾され始まったんだけど、かつては極貧の村だったんだよぉ。何せ沼地が多くて、生えてるのは葦ばっか。今でこそ葦は色々と使い道が考えられてるけど、当時はただの雑草でしかなかった。水田にしろ畑にしろ、引っこ抜いても引っこ抜いても生えてくる。全然作物が取れなくてねぇ。戦が終わったら用済みになる予定だった。でもそんな村に、神様が来たのさぁ」

「神様というと、日佐クンの言っていたお土様かな?」

「その通りッ! よく知ってるねぇ」


 調子良く話している内容に、わたしも耳を傾けていました。そう言えば、お土様の話をちゃんと聞くのは初めてかもしれません。


「そのお土様が、我々に豊穣の恵という肥料を授けてくれた。その肥料を撒くことで植えられた種以外は芽吹いてこないし、しかも栄養満点で大きな作物が取れる、まさに夢のような肥料だった。このお陰で村は無くならずに続くことになっただよぉ」

「ああ、ウーロン茶が切れてるね。ほらほら」

「ありがとうなんだよね、日佐クンのお兄さん。ごくり。しかしそんな素晴らしい肥料ならば、他に売り出してどんどん展開していけば良かったのではないか? そうすれば村も発展したんじゃないかな」

「それはね、肥料の製法が秘密だったからさぁ」


 合間に実兄によってウーロン茶を注いでもらいつつ、当たり前の疑問を口にした部長に、ホウロクはチッチッチと指を振ります。


「肥料の製法は村長にのみ受け継がれていてねぇ、しかも大量生産が難しいときたもんだ。そうなると下手に公開すれば、時の権力者に独占されかねない。そんなことになるくらいなら、目をつけられないように小さく納まって、村の中だけで細やかな栄華を誇っていた方がいい。代々の村長は、そんな保守的な輩ばっかりでね。お陰で戦争時なんかも大した被害を受けずに、国への税金をちょろまかしてたらふく食べて凌いでたらしいんだけども。現代になればこの通り、限界集落になっちまったって訳さぁ」

「なるほど。つまりは鶏口牛後の心意気って訳なんだよね」


 鶏口牛後。大きな集団や組織の末端にいるよりも小さくてもよいから長となって重んじられるほうがよい、という四字熟語ですか。

 下手な野心を見せなかったからこそ、村は長く続いていたって訳なんですね。


「しかーし、情報化が進んだ今、最早そんなこと言っている時代でもない。村で最年少なのがカナカちゃんってことから分かる通り、この村はもう限界に近づいている。そこで儂は考えた。この村を大いに盛り上げる為の方法をぉッ!」

「おおッ! して、その方法とはッ!?」

「教えな~い。それが明日の祭りの目玉の一つなんだからねぇ」


 ホウロクは盛り上げるだけ盛り上げておいて、最後の最後で梯子を外しやがりました。流石の部長もキョトンとした顔をしています。


「まあ明日になれば分かることなんだからさぁ、ここはもったいぶっていくよぉ。あっ、もしかして教えてもらえると思った? ごっめ~ん」

「そ、そうなんだ、よね。あ、あはは」


 てへ、してやったぜと言わんばかりに得意げなホウロクに対して、額に青筋が浮かんでいるのが目で分かる部長です。

 拳を思いっきり握り込んで目を見開き、それでも笑おうと口角を上げてる所為で、出来損ないのピエロみたいな顔になっていますです。


 凄い。部長がキレそうになってるの、初めて見たかもしれません。


「あ~、喉乾いちゃったなぁ。カナカちゃん、お酒ぇ~」

「は、はいです」


 まるで召使のように呼ばれてイラっとしましたが、わたしは何とか笑みを取り繕ってお酌に行きました。

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