第十一話「結婚式、そして公開同衾するんだぁ」
翌日。急遽部長とクロちゃんを呼び出したわたしは、昼過ぎに大学内のクラブ・サークル棟の三階にやってきました。オカルト研究会の部室を開けてみれば、既に彼らの姿があります。
「どういうことなんだね、日佐クン? 急に合宿が中止だなんて」
腕組みをしていて座っていた部長は開口一番、訝し気な顔をしながら問いかけてきましたです。扉を後ろ手に締めながら、わたしはハッキリと口にしました。
「どうもこうもないです。言葉の通り、今年の合宿は中止です」
「いやいやいや。ついこの間まで日佐クン、ノリノリだったじゃないか」
「人は変わるのです」
「そんな殺生な」
「摂政でも関白でも構いません。とにかく、行くにしても別の場所にしましょう。わたしの故郷には来ないでくださいです」
びしゃりと言い切ると、部長は困ったような顔で後ろ頭を掻いていました。
「あ、あのさ、カナちゃん。せめて、理由を教えてくれないかな?」
「そ、そうだッ! 人類の相互理解はまず説明にあり。我々は言葉をかわす生命体として、互いの納得なしには物事を進めていくべきではない。せめて駄目な理由を明確にし、共有し、そして納得する必要がある。そうでなければ、世界を牛耳る秘密結社の洗脳と何ら変わりはないぞッ!?」
クロちゃんの言葉に乗っかる形で、部長が手を叩きました。
「さあ日佐クン。行けなくなった、あるいは行ってはいけなくなった理由を語るか否か、はいかイエスで答えたまえッ!」
「うっ」
しかも目を見開いて迫ってくるという、断れない顔芸がセットです。わたしは言葉に詰まってしまいました。
詳細は全く不明ですが、変な虫か何かを飲ませて洗脳まがいのことをしているホウロクがいる村に彼らを連れて行くのは、非常に好ましくありません。詳細不明な危険性がある以上、そんな場所でサークル合宿なんかすべきではないんです。
中年オヤジを見せびらかして悦に浸っていたわたしなんかと、ずっと一緒にいてくれた部長とクロちゃんです。この二人の身を案じるくらいの人情は、わたしにだってあります。
「…………」
「どうしたんだ日佐クンッ!? さあ、プリーズ、アンサー、ミーッ!」
「カナちゃん、どうして? 教えてよ」
わたしは頭の中でつらつらと挙げられる理由を、言えずにいましたです。
言ったところで納得されないと思いますし、実兄のことまで話してしまえば親切心を出され、手伝うなんて言われかねません。
「……とにかく、駄目なものは駄目です。合宿は去年と同じ、ツチノコ探索の旅にしましょう。日程は再来週の土日です。ツチノコを見つけるまで、家には帰しませんです」
「絶対嫌ァッ!」
「わ、私の顔が通用しないなんて」
クロちゃんが悲鳴を上げ、部長は身を引いて打ちひしがれたかのような表情を浮かべていましたです。
ってか部長、ご自身の顔についての自覚、あったんですね。
「そ、そもそも明日には、日佐クンのお兄さんが迎えに来るんじゃなかったのかい?」
「実兄にも迎えは不要だと連絡してあります。心配しな」
わたしはその時、言葉を切ってしまいました。自分の手提げ鞄から着信音に設定しているベートーヴェンの交響曲第五番、通称『運命』が鳴り響いたからです。この曲は電話です。
こんな時に一体誰かと取り出して画面を見てみたら、わたしの顔から血の気が引きました。表示されている文字は、『ホウロク様』とあったからです。
「カナちゃん。出なくて、いいの?」
スマホを握ったまま動けないでいるわたしを、クロちゃんが心配そうに見ていますです。このまま出なければ終わるんじゃないかとも思いましたが、スマホはいつまでも『運命』を鳴らし続けています。
「も、もし、もし?」
観念したわたしは震える指で通話をタッチし、恐る恐る耳元へとスマホを持っていきました。
『やあ、カナカちゃん。久しぶりだねぇ』
「ひ、久しぶり、です。ホウロク……様」
耳に届くねちっこい口調に、わたしは身を固くしましたです。
『しばらく声を聞けてなかったからさぁ、思わず電話しちゃった。聞いてよー、もー、百葦祭(ももよしさい)の準備なんだけどさぁ。今年は歴代最大のイベントになるから、あれやこれやで忙しくってさぁ。レン君じゃないけど、儂もラブリーな君の声を聞かないとやってられないんだよねぇ』
「そう、なん、ですか。大変、ですね」
『あれぇ? カナカちゃん、どうしたのぉ?』
ホウロクの怪訝そうな声色に、わたしは身体をピクリと震わせました。
『いつもより元気がないねぇ。もしかして具合でも悪いのかい?』
「い、いいえ。そ、そんなこと、ない、です」
『そう? いつものホウロクちゃまちゅきちゅきだいちゅき~、ってやつはぁ?』
鼓膜を震わせる彼の言葉に、嫌悪感しか芽生えませんです。湿った生暖かいナメクジが耳から体内に侵入し、脳みそを這いまわっているかのような不快感を覚えます。
「い、今部活中、でして。人前、なので、あの。そういう、のは」
『あー、そっかぁ。それじゃあ仕方ないねぇ……でもね、カナちゃん。その内もっと恥ずかしいことをすることになるよぉ』
実はね、とホウロクが続けますです。わたしは嫌な予感しかありませんでした。
『今度の百葦祭(ももよしさい)でね、儂とカナカちゃんの結婚式、そして公開同衾するんだぁ』
「えっ?」
『今までは妹煩悩のレン君が婚前交渉は駄目だの、二十歳前は駄目だのうるさかったけど、今度の祭りで君は儂と晴れて正式な夫婦になる。そうすればもう、レン君も黙るしかない。みんなから祝福されながら、夜空の下で儂と蜜月を過ごそうねぇ。ああ、今から楽しみだなぁ』
冷たい槍を突き刺されたかのように、わたしの背中に悪寒が走ります。身体が勝手に震え出し、歯がカチカチと噛み合いません。
こいつ、今、なんて、言いましたか。
結婚式? 公開同衾? 夜空の下?
一つ一つの単語を頭の中で並べていくと、内側から込み上げてくるものがあります。わたしは思わず手で口を抑えました。
「うっ」
『本当にどうしたの、カナカちゃん? まさか』
一度言葉を切った後、ホウロクは何かを考えこむかのような間を置きます。
『女の子の日ってやつ? まいったな~、初めてがストロベリーな夜になっちゃうねぇ。まあそれも、いい思い出ってやつかぁ』
全てがセクハラであるのに得意げなホウロクに、もう返せる言葉が思い浮かびませんです。
わたしは込み上げる吐き気を手で口元ごと押さえ込んで、必死になって悟られまいとすることしか、できませんでした。
『んじゃ、楽しみにしててねぇ。ああ、避妊具は要らないから、わざわざ用意してくれなくてもいいよぉ。元気な子ども、たぁくさぁん作ろうねぇ。それじゃ』
「は、い。さよう、なら」
ようやく電話が終わった時、わたしはその場にうずくまってしまいました。
「か、カナちゃん大丈夫? ぶ、部長。これ、救急車とか、呼んだ方が」
「ああ、日佐クンの顔色が非常に悪い。ここは119番の出番だろう、救急車ァッ!」
「だい、じょうぶ、です。本当、に」
スマホを取り出す前から叫び出した部長に向かって、わたしは首を横に振ります。
「もしかして合宿の中止も、体調が悪いからなんじゃ」
「そ、そうです。だから中止なんですっ!」
クロちゃんがもしやという顔をしたので、わたしは全力で乗っかることにしました。
「家に帰ればお医者様からもらった薬があるので、今日はこれで失礼しますです。クロちゃんに部長。念のためにもう一回いいますが、今週末の合宿は中止です。絶対に来ないでください。あとわたしは家で薬を飲んで寝てますので、お見舞いも不要です。いいですか?」
「う、うん」
「り、了解、なんだよね」
気持ち強めに声を張ると、クロちゃんと部長はきこちなくながらも頷いてくれました。
よし、彼らについてはオッケーです。さっさとクラブ・サークル棟を後にしたわたしは、アパートに戻って早速荷造りを始めました。目的地は、故郷である百葦村(ももよしむら)です。
先ほどのホウロクからの電話の後では行く気が全く起きないのですが、行かない訳にはいきません。
と言うのも、何故か実兄との電話が繋がらなくなってしまったのです。迎え不要の連絡もチャットだけですし、既読もついていないので伝わっているかが非常に怪しいです。
ヤクザと言っておりましたので、今朝にあの事件現場にも足を運んでみたのですが、立ち入り禁止とされていて中に入ることができず、周辺を歩き回ってもヤクザも実兄も全く見つけることができませんでした。
実兄は明後日の祭り本番までには戻ってくると言っていました。連絡が取れなかった以上、百葦村(ももよしむら)に帰って実兄を問い詰め、迎えを頼んだ誰かに口頭で止めさせなければなりません。
彼の安否を直接確認することも含めて、わたしは百葦村(ももよしむら)に帰らなければならないのです。
着替え、財布、スマホ、飲み物、そしてネット通販で届いた切り札をリュックに詰めると、わたしはアパートを出ました。
「…………」
玄関に鍵を差し込んだ時に、ピタリとわたしは動きを止めました。今更ながらに、不安な気持ちが津波のごとく押し寄せてきたからです。
ホウロクのことを持ち上げていたのは、実兄だけではありません。村民のみんなもそうだったということは、キヨおばさんや他のみんなも何かされているということです。
つまり、村に行けば味方はいません。元に戻ったことを隠して、わたしは一人で、実兄を助け出さなきゃいけないのです。
一人、ぼっちで。
「すぅぅぅ、ふーっ」
部屋に鍵をかけて振り返ったわたしは、夏の生暖かい空気を思いっきり吸い込みますです。肺の中に空気が満ちていった後に、ゆっくりと吐き出しました。
「待っていてください、実兄。それに、あんな奴との公開同衾なんて、死んでも嫌です」
決意を新たにしたわたしは、勢いよくアパートを飛び出しましたです。時刻はお昼も中頃に差し掛かったくらいで、照り付ける太陽に丁度雲がかかります。
影が差した道に少しの不安が芽生えましたが、わたしは首を振って走りました。
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