第二十九話「土公之子。土を司る土公神の一柱だ」



「なんて、ことを。お前は、自分が何をしたのか分かっているのかッ!?」

「分かってるよぉ。少なくとも伝統の祭りを野外フェスに変えてくれた君よりはねぇ」


 その時、フッと揺れが収まりました。

 いきなり物静かになったことで、終わったのか、と思った次の瞬間。アヤメちゃんの立っている付近の地面に亀裂が入って。


「スィャァァァアアアアアアアアアッ!」


 彼女の足元から、巨大な芋虫のような生命体が現れましたです。大きさはフルトレーラーくらいでしょうか。


「がっはっ!?」

「アヤメッ!」


 凄まじい勢いで天井に叩きつけられたアヤメちゃんが息を漏らし、生命体が退いたことで落下してきました。パリピが彼女を抱き留めます。

 芋虫は飛び出した後に壁に張り付いて、あちらこちらに動き回っていました。


「じ、実兄っ!」


 ハッと気づいたわたしは、慌てて実兄の元に駆け寄りましたです。動き回っている芋虫が縛られている実兄の近くに行こうとしていたからです。

 駆け寄ったわたしは実兄を抱えて飛び、何とか衝突を回避することに成功しました。


 散々に動き回った後、芋虫はホウロクの背後にあった穴へと納まりました。


「ハーッハッハッハッ! これがお土様だ。神の御前だぞ、頭を垂れろぉッ!」


 前で得意げなホウロクも目に入らないまま、わたしはその存在に視線を送っていました。

 これが、お土様。わたし達がずっと祈り続けていた神様、なのですか。


 水晶玉を連想させる濃い青色の目は半分飛び出しており、頭部には黒い触覚のようなものが生えています。横に開く口の中には触手のようなものが生えており、時々開いては周囲の土を取り込んでいました。

 真っ白でチョココロネのように段重ねになっている巨大な身体に長い尾が続き、細かくムカデのような黒い脚がいくつも生えており、鍵盤を叩く指のようにその場で上下運動を繰り返していました。


土公之子つちぎみのし。土を司る土公神どくうじんの一柱だ」


 少し離れたところでアヤメちゃんを横抱きしているパリピが、その名を口にしていましたです。


「ほう、よく知っているなぁ。腐っても或辺家の一端かぁ」

「一体何匹の蟲を憑かせた?」

「さあてねぇ。毎年の供物に混ぜてたから、数えたことないなぁ」


 わたしがよく見てみると、お土様の白い身体に赤い線が走っているのが見えました。最初は太い血管か何かなのかとも思いましたが、彼らのやり取りを聞いて違うと理解します。

 お土様の身体には、血管と見えてしまうくらいの蟲が、あの赤いムカデのような子蟲が入り込んでいると分かってしまいました。


「まさか、豊穣の恵みっていうのは」

「ご明察だよ、ハルアキ君。あの肥料の正体は、お土様の糞なんだ。おおっと、変な動きをするなよぉ? お土様はすぐにでも動けるんだからなぁ」


 ホウロクが両手を広げ、肩をすくめています。


「土を食んで生きるこの神様が糞をいつ出すのか分からないお陰で、商品化が難しくてねえ。不定期にこの穴を探索しなきゃならなかった訳なんだが……儂は見つけてしまったんだよ。この神様が確実に糞を出してくれる方法を。それが人間を食わせることだったのさぁ。父だった前村長が邪魔だったからね、こいつに食わせてみた時に偶然発見したんだ。そしてカナカちゃんの両親を食わせた時に確信した」

「えっ?」


 わたしは目を丸くしましたです。

 こいつ、今、なんて、言いましたか。いなくなったとは言っていましたが、両親が亡くなったとは聞いていましたが、まさか。


「お、お前。わたしの、お父さんと、お母さん、を」

「そうさ。前村長の時は偶然だと思ったけど、君のご両親を食べさせた時に確信に変わったんだよ。元々君のお父さんは、豊穣の恵みの商品化の為に来てくれた訳だからねぇ。身を挺して商品化に尽くしてくれたって訳さ」


 飲まされて、わたしが変わってしまったあの日に、山積みにされていた豊穣の恵みを思い出します。あれが、そうだったん、ですか。お父さんとお母さんを食わせて。

 ああ、そう、なんですか。


 勝手に身体が震え出します。いつの間にか、思いっきり拳も握りこんでいました。

 そうか、こいつが最初から全部、わたしも、家族も、何も、かもをっ!


「お、お、お前ぇぇぇっ!」

「駄目だ、お魚ちゃん。奴の後ろには神様がいる、何が起きるか分からないッ!」


 駆けだそうとしたわたしを、パリピが声で制してきます。二、三歩前に出たわたしは、思わず立ち止まってしまいました。


「おおっとぉ、怖い怖い。でもねぇ、カナカちゃん。ハルアキ君の言う通り、今の儂に盾突かない方がいいよぉ。何をしたところで、土に還ったご両親なんて戻ってこないんだからさぁ」


 ホウロクがニタニタと笑いながら、挑発するかのような声を上げます。その声色に、態度に、わたしの頭に一気に血が上っていくのを感じました。

 もう神様もへったくれも知ったことか、です。わたしも、実兄も、お父さんもお母さんも。全てがこいつによって狂わされ、殺されたんです。


 そんな相手が笑っていて、我慢なんかできるのでしょうか。

 いいえ、我慢できるほど、わたしは大人ではありません。


「絶対、許さない、ですっ!」

「お魚ちゃんッ!」


 少し遠いパリピの言葉も振り切って、わたしは再びホウロクへと駆け出しました。


「あーあ、全くカナカちゃんは。でも仕方ないよなぁ。神様に逆らったんだからなぁ。ぬああああッ!」

「スィャァァァアアアアアアアアアッ!」


 わざとらしくため息をついた後、ホウロクが悶えながらフェロモンを出します。呼応するかのように、お土様が甲高い音で吠えました。

 神様も何も、関係ねーです。今はこの燃え盛る怒りを、拳に込めて殴りぬくのみ、です。そうしないと、わたしの気が収まらないのです。


「おおおおおおおおおおおおお……おっ?」


 吠えながら拳を構えたところで、わたしの声は勢いを失いましたです。ついでに拳を振りかぶったままの状態で、立ち止まってさえしまいました。

 何故かって言われましたら、お土様が動いたからです。


「へ?」


 わたしの方ではなく、ホウロクの方に向かって。


「な、な、なにをやってるんだこいつッ!? 餌はあっちだッ! 儂の言うことが聞けんの」

「スィャァァァアアアアアアアアアッ!」


 巨大な身体を左右に激しく振りながら、お土様がまた吠えます。

 振り回す度に、お土様の身体からポロポロと何かが飛び散っていくのが見えました。赤いムカデのような蟲、百足蟲ひゃくあしの子蟲でした。


「えっ? な、なんで、子蟲が」

「スィャァァァアアアアアアアアアッ!」


 反り返ってひと際大きな奇声を発したあと、お土様は口を開いたまま勢いよく頭を振り下ろして。


「は?」


 真下にいたホウロクを、その大口でひと呑みにしてしまいましたです。再び頭を上げた時、先ほどまで奴がいた場所には汗の跡以外に、何も残っていません。いなくなって、しまいました。

 あまりのことが咄嗟に起きすぎて、わたしはその場で呆然と立っていることしかできません。


「神は自然由来の大いなる存在。人間程度が完全に制御することなんて、不可能なんだ」


 お土様が咀嚼したものを飲み込むかのように身体をくねらせた時、耳にパリピの声が届きました。


「あの神降ろしの時、オレもそれで失敗して、アヤメを失った。この土公之子つちぎみのしだって、何かの気まぐれでここに居てくれただけ。それを蟲で操っていると、勘違いしていたんだな。神の怒りを買った者の末路は決まっている。いつか、オレだって」


 パリピの方を見やると、彼は抱いているアヤメちゃんのことを見ていましたです。その時の彼の目は、憂いを帯びているように見えました。


「スィャァァァアアアアアアアアアッ!」


 お土様が叫びました。こ、今度はなんですか。その身をくねらせたかと思うと、勢いよく動き出します。


 わたしの方へと向かって。

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