終話「ばーか、です」
「式神であるわしでは、主様の心までは癒せなんだ。素面のまま、こんなに力を抜いている主様なんざ初めてじゃ。感謝してもしきれん」
「大したことじゃないです。ただお礼を言っただけですよ」
「それができる御仁が、この世に何人おろうか。貴女様は、本当に素晴らしい女の子じゃ」
頭を上げたアヤメちゃんが、優し気な瞳をしていましたです。とても作られた存在には、見えないくらいに。
「ま、わたしのお願いは聞いてもらうことになりますけどね」
仕切り直しと言わんばかりに、わたしは弾んだ声を上げましたです。目元を袖で拭ったパリピは、訝しげな顔をしています。
「……前にも聞いたけど、本当にやる気なのかい?」
「当然です。わたしがそうしたいって、思ったんですから」
「じゃが危険じゃぞ、わしらの手伝いをしたいなんざ」
続けてアヤメちゃんも苦言を呈しました。
そうです、わたしがやりたいことというのは、野良で霊災を祓っているこのパリピの手伝いをすることなのです。
「あのホウロクのお陰とは言いたくないですが、わたしには式神にも負けないくらいの力があります。それに普通の生活の裏では、こんなことがたくさん起きていることも知ってしまいました。力があって、知ってしまったのなら、指をくわえて見ている訳にはいきませんです」
この国の中では、ホウロクのような事件が絶えず発生しているのです。わたしと同じような目に遭っているいる人だって、たくさんいる筈です。
ならば、今度は助けられたわたしの番です。わたしがその人達を助ける番なのです。
「だからって、何も破門されたオレの手伝いをしなくても。実家に案内してあげるから、そっちでいいんじゃない? ちゃんと色々教えてくれるしさ」
「いいえ。わたしはお前についていくです。助けてもらったんだから、今度はわたしが助ける番です」
そしてわたしが助けるのは、何も見知らぬ人々だけではありません。目の前にいるこのパリピにだって、恩返しをしなければならないのです。
「それともお前、わたしのお願いが聞けないんですか? わたしの言葉で涙した癖に」
「うーん、やっぱりお魚ちゃんは手厳しいなぁ……ひょっとして、オレに惚れたとか?」
するとパリピが冗談めかして聞いてきましたです。いつもの軽口の調子であり、本気でそう思って聞いてきている訳でもないことも、容易に理解できます。
なのに。
「なっ!?」
何故かわたしは言葉を詰まらせ、同時に頬が一気に熱くなっていくのを感じました。
見えませんが、まさか顔が真っ赤になっているのではないでしょうか。冗談じゃありません。
「調子に乗るな、このパリピ、ですっ!」
「ぶへらァッ!?」
わたしは目を見開き、しゃがみ込んだ後に全力で飛び上がりながらアッパーカットをかましてやったら、パリピは錐もみ状に回転しながら宙を舞い、真ん丸な夕陽と重なりました。
夕陽とパリピとわたし。やはり風流と侘び寂びが助走つけて殴りかかってきそうですね。
やがて地球が持つ重力に従ってパリピが落下してきました。墓石の合間で潰れたカエルのようなポーズでうつ伏せになっているその姿は、彼に憧れる大学の女の子達が見たらさぞや失望することでしょう。
「全く」
わたしは一度首を振った後、パリピの近くにしゃがみ込みました。追撃が来るのかとパリピが警戒心をむき出しにしながら、恐る恐る顔を上げてきます。
視線が交差した時、わたしは自分の顔を彼に近づけていって。
「んっ、です」
「ッ!?」
彼のおでこにキスしてやりました。
「お、おおおお魚ちゃんッ!?」
「おお、どうした主様? ずいぶんと慌てておるなあ」
わたしが立ち上がった時、アヤメちゃんからからかうような声が上がります。
「まあ、それも仕方ないかのう。主様はあれだけ飲み会だなんだしておきながら、女子にはついぞ手を出さなかったからのう。なんだかんだ言って、性根の奥手で真面目な部分は抜けておらん。キスされたのも初めてなん」
「あ、アヤメッ! 余計なこと言わなくてもいいからッ!」
「ぷっ、あっはっはっはっはっ!」
顔を真っ赤にして本気で焦っているパリピを見て、わたしは笑わずにはいられませんでした。
なんだ、遊び慣れてるのかと思ったら、そうだったんですか。可愛いとこもあるんですね。
「っと、クロちゃんからチャットが」
その時に、わたしのスマートフォンが震えました。通知から内容を見てみれば、「ゼロ次会からもう始めてるから、カナちゃんもいつでも来てね」という内容と共に、宗像先輩、沢村先輩、部長、クロちゃんの四人でビール瓶を持っている写真がありました。
あ、そっか。この後は飲み会でしたっけ。
場所は元ホウロクの屋敷。更地にするのも金がかかるということで、屋敷はそのままの形で居酒屋に変貌したのです。こんなところにもフェスの後遺症が。
今日は開店記念日ということで、わたしも招待されているのでした。
「パリピ、わたしは先に行ってるですよ。っていうか、お前も誘われてたじゃないですか。さっさとするです」
風が吹きました。木々がそよぐ音の中に、お父さんとお母さん、そしておにいちゃんの声がした気がします。彼らが笑っているような、そんな声が。
気のせいであることに変わりはないかもしれませんが、わたしはそうは思いませんでした。空の上にいる彼らが笑ってくれていると、信じています。
わたしは踵を返すと、木の桶を持って歩き出しました。墓地の入口にある返却口にそれらを戻した時、遠くからパリピの声がします。
「お、お魚ちゃんッ!」
振り返ってみれば、彼はまだ顔を真っ赤にしたままでした。思った以上の初心野郎だったみたいですね。わたしのファーストキスをあげたのは、もったいなかったかもしれません。
「ばーか、です」
夕陽が半分くらい沈んだ頃。それを背にしたわたしは、彼に向けてあっかんべーしてやりました。
大好きですよ、このパリピが。
絶対に言ってやらないですけどね。
ふふっ。
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