第6話 決闘方法
「喧嘩はやめて!!!!」
麻由は、ザリガニとカエルの間に入り、両手を広げた。
おお、あの内気で泣き虫な麻由が怪異をものともせず勇気を見せるとは。
宏明は一瞬感動しかけたが、すぐに自らの頬面を引っ叩いた。そうだ。感動している場合じゃない。
宏明は再び「さすまた」を構えた。
「むぉ! これは影武者殿! ここは武士道の渦中にて、止めてくださるな! 止めてくださるな!!」
「喧嘩はダメでしょ!!!」
すると、庭に入ってきたご近所のおじさんの一人が麻由に話しかけた。
「大丈夫だよ。この二人いつもここでやれ決闘だのなんだの騒いでるけど、殴り合ったりはしたことないんだ。
まあ猫同士、犬同士がじゃれあってると思って見てればいいよ。
そうだ。なんならお嬢ちゃんが決闘の方法決めてあげればいいんじゃないか?」
すると、今の演説にあたりからは拍手がちらほら湧き始めた。
「ギョア。グワンア」
「うむ!! それは御名案也! しからば影武者殿!! 決闘の方法を決めていただきたく存じ上げる!!」
「え……」
麻由は、外野席に目を向けた。助けを求めてる目だ。
先ほどのおじさんが穏やかに答えた。
「お嬢ちゃん。なんでもいいんだよ。かくれんぼでも、だるまさん転んだでも」
「え……じゃあ…… ……ジャンケン!!」
麻由の一言に、会場が拍手で包まれた。
「この春崎藤右衛門! ジャン拳においては家中随一と謳われし剛の者にて!!
中でもジャン拳、ハサミの型はこの世田谷において右に並ぶもの無しと評された強者にてござる。その勝負受けてたつとここに宣言いたす!!
よって余興として、拙者の十八番、『橋弁慶』を披露いたす!!
オホン!!!!! 『是は西塔の傍に・・・』」
「それは今度でいいや。」
麻由がザリガニの狂言を制したことで、先ほどよりも大きな拍手が巻き起こった。
いつの間にか、決闘が盛り上がっている中で、宏明だけその異質な光景を呆然と見ていた。宏明から見える景色は、奇妙な夢の中のようだった。
「しからば!!それがしとマユちゃんの決闘にあたり!勝者への献上品を指定いたす!!
それがしがこの決闘に勝利した『ばやい』…… …… そこに居られる鈴木靖子殿を我が妻として向かい入れたい!!!」
「まあ!」
宏明は、夢の世界から現実に急速反転した。
「ダメに決まってるだろう!! 人の伴侶に手を出すなケダモノ!」
前のめりに反論する宏明を、ザリガニは巨大なハサミで制した。
「控えよ! ここは武士道の渦中であるぞ!」
「シュギョウチュウだから女の人のそばに行っちゃいけないんじゃないの?」
まん丸い目をして麻由がザリガニにたずねた。
「左様。しからば拙者が修行中のおりは、『通い婚』として靖子殿をここにお預けいたし、然るべき時期がくれば正妻として赤堤に向かい入れたい所存である!」
「勝手なことを抜かすな!! なんだ『通い婚』って!! ……お前、妻の名前をどうやって調べた!!」
「まあまあお兄さん」
宏明の側にいた近所のおじさんが、熱くなっている宏明を諌めた。
「あのザリガニ、口と図体はコレ(妙なジェスチャー)だけど、マユちゃんに勝てた試しがないんです。今回もきっと、マユちゃんが勝ちますよ」
「そんなこと言って……万が一負けたらなんですか!? 靖子をザリガニに奪われる訳ですか!?」
「そんな時は……」
当の靖子は妙に落ち着いていた。
「そんな時は、あなたが責任とって、藤右衛門さんと決闘して私を取り返しにきてくださいね」
「靖子さんも、どうしてこんな状況を受け入れられるんです!?」
「話はまとまったか! しからば、マユちゃんが決闘に勝利した『ばやい』! マユちゃんはそれがしに何を望む!!」
「グア」
おお!と、会場で拍手がまきおこった。
「うむ!!心得た!!しからば決闘をはじめる!!」
カエルの方がなんと言ったのかわからなかったのは、自分だけだろうか?
そんな宏明の些細な疑問などよそに、
ザリガニと、周りの空気によって、なし崩し的に決闘は始まろうとしていた。
‥…ところで、何か肝心なことを忘れてないか?
途端に宏明は冷静になった。そして不安になり始めた。カエルとザリガニがジャンケン。
ザリガニはチョキしか出せないだろうが…… ……カエルの方は「グー」を出せるのか……?
「まった!! まった!!!」
「まったなし!! ではマユちゃん参るぞ!!ジャンケン……」
やめてーー!! 靖子を外来種に獲られちゃう!!!
宏明は目に涙を溜めて、ジャンケンの行方を見守るほかなかった。
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