第16話 お祓いをしよう
ガシャン!!
ドッドッドッド!!
ドン!
なんだ!?外の騒ぎに目を覚ます宏明。
窓の外を見ても、格別何かがいるわけではなさそうだった。
白々と静かな、朝の松原である。
気のせいだろうか……と、引き返そうとしたその瞬間である。
ガタン!!と、重たい何かと硬い何かとの接触音が聞こえたのである。
心なしか、部屋中がやや、振動したようにも感じる。
……外には誰もいない。
そして……次は何やら人間の笑い声が聞こえた。
「なんですか……?」
靖子も目を覚ます。宏明は天井を見た。
……屋根の上だ。屋根の上から物音がする。
宏明は走って玄関から家の屋上を見た。
…… ……
4・5人の男性が、屋根の上で、「端」を駆け抜けたり、
バック転をしたり、
隣家の屋根から飛び移ったりしている。
どことなく、天狗の戯れに見えた。が、これは迷惑行為である。
「ちょっと!!」
宏明は屋根の上の男たちに声をかけた。
男たちは、宏明に気づき、
「あ、おはようございまーす!」
と爽やかな笑顔で返した。
「何してんの!」
「あ……『パルクール』す!!」
「うん……うん海外のYouTubeで見たことがあるよ。そういう画を。でもどうだろうな。
屋根の下ではとんでもない音がするんだけどね。」
宏明がそういうと、男たちは困ったような顔をした。困った顔をしながらも、爽やかさは鉄壁のようで、スポーツマンとしてのプライドを失っていないように見えた。
……しかしこれは迷惑行為である。
「あ、はい……そう言う競技ですので……」
「うん。そう言う競技なのも知ってるよ。……本当はよく知らないけど。
でもどうだろうな。普通はそう言うのをやるは、許可を取ってやるものじゃないのか」
宏明が慎重に言葉を紡ぐのは、彼自身疑心暗鬼になっているからである。
と言うのは、朝6:30に人の家の屋根の上で堂々とパルクールをする彼らは、果たして怪異なのかイカれた輩なのか、宏明はもはや判別がつかなくなっていた。
怪異だとしたら、人型は初めてである。
「許可なら……とりましたね」
そう言って男性は庭の方を指差した。
宏明は玄関を駆け抜け、勝手口から庭に出た。
身の丈4尺以上の皇帝ペンギンの怪異が、リビングから椅子を持ち出して深々と座り、顔でか胴長足みじか口悪怪異猫にうちわで仰がせていた。
みかんを輪切りにしたものをワイングラスの淵に差し、宏明の缶ビールをワイングラスについで、ストローでそれを吸っている。
そして庭から屋上のパルクールを楽しんでいた。
「ははは。愉快。愉快。ダイヤモンド愉快。」
「……おい」
宏明が声をかけると、皇帝ペンギンは宏明に気づき、
「お!!間男のマオちゃん!!マオちゃん!!」
「誰が間男だ。お前……」
「マオーーーン!!」
「……なんだよ」
「マオちゃんの鳴き声だよ! マオーーン!
……まあまあマオちゃんもいらっしゃい。面白いよー。ついでにこれをペンペン皇帝に食べさせなさい」
皇帝ペンギンは、リビングから勝手に持ち出したみかんの入ったボウルを宏明に差し出した。
「やらん!」
「ははは!! 君たち、ご苦労だった! 朝からご苦労様!」
皇帝ペンギンが屋上のパルクーラー(?)に声をかけると、男たちは、
「ウーっス」
と返し、どこから取り出したのか天狗の面をつけたらクルクル……と回転しながら、人幅ほどの竜巻を纏って太陽とは逆の方向に飛んでいった。
「マオちゃん!まあまあ座りなさい」
皇帝ペンギンに指図されたが、二人分の椅子が用意されているわけでもなく、どうやら『自分の足元の芝生に座れ』と言っているようである。
等のペンギン本人は、リビングから持ってきた椅子に深く腰掛け、短いなりに足を投げ出し、その姿が実に皇帝然としていて様になっていた。
このペンギンと口論を始めると2分で終わる話が3時間20分途中休憩無しになる。そう感じ始めていた宏明は、黙ってペンギンの傍に、騎士よろしく片膝をついた。
「うむ。座ったね。マオちゃん」
皇帝は満足そうに短い足をバタバタさせた。時折ペンギンらしい仕草を織り交ぜてくるのが腹たつ。
「もうちょっと、近こうよりなさい」
ペンギンが指図するので、宏明は膝先10センチほどペンギンに近寄った。
「もっと、もっと」
ペンギンが指図するので、宏明の膝が椅子にあたった。
するとペンギンは突然小声になり、
「もーっと。もっと寄りなさい。マオちゃん」
宏明の下半身はこれ以上寄れないので、耳をペンギンの口元まで近づけると……
「ヒャは!!マオちゃんの吐息がくすぐったい!!」
ペンギンが椅子の上で暴れ出した。
相手が人間なら手が出てるところだが、なにぶん相手は皇帝だ。それも子供の皇帝ペンギンだ。
宏明は奥歯で感情を噛み殺した。
と、鈴木家の庭に一羽のカラスが「アー」と鳴きながら迷い込んできた。
皇帝はそれを見ると、
「コラーー!!とりーー!! トリは出ていきなさい! 皇帝が一番嫌いな動物だトリは!!」
と、椅子から降りて一通り暴れ出した。
……ペンギンは鳥ではないのですか。宏明は奥歯が削れるほど歯を食いしばった。
このようにして、宏明の不毛な時間は過ぎていき、完全に現実と呼ばれるカテゴリーから乖離された鈴木家の日常が今日も始まるのだった。
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