第15話 リビングでの一幕 下
「私は平凡なテーブルです。……『こけし』とか『木馬』等と並ぶくらい……」
テーブルの身の上話に、いちいちツッコミたくなる気持ちを宏明は押し殺した。
「だけど、心の中に漠然とした『不安』がありました。『二日酔い明けのアホ毛』のような不安です。
私を囲んで座ってらっしゃる皆様におかれましては、立場の違いから理解はしていただけないのでしょうね。
……例えば、私が非常階段を登っています。踊り場を渡って、二階、三階、その全ての階段の13段目に必ずお米粒が落ちてる。
例えるならそのような不穏さです。そのようにして私の中の不穏さは、広がっていったのでございます」
宏明は目を閉じて我慢強く聞いていた。
「……『粉雪』という有名な歌がございますね。名曲には間違い無いのですが、ボーカルの『こなーゆきー』というサビの、『な』の歌い方が気になると言う方が一定数おられるようです。
重症の方はそこで必ず『くしゃみ』が出てしまうようでございます。このような現象のことを『特異過敏性』などと言うことがあります。
そういった方々は毎年冬場になり、『粉雪』を聞くたびにくしゃみを出すのでしょうか?」
「……それが、悩みですか?」
「いいえ。今のは私の中の『不穏さが広がる様』の比喩です」
いいから本題を話せ本題を!!!
という言葉を、宏明は奥歯で噛み殺した。
テーブルの上板が突然30センチ下がる。
「なぜ!?」
「……私の話聞いてます?」
「聞いてます! 聞いてますのでできれば話の核心部分を……」
さらに上板が10センチ下がる。
「私のペースで話すことは叶いませんか……?」
「……どうぞ…あ、戻るの大変そうなのでそのままでどうぞ」
テーブルは原型に戻った。
「坂本龍馬を教科書から消すなら、先にソクラテスから消すべきだろう。と私は思うのです。
物を乗せる台は、物に乗ってみたいとは思わないでしょうか?
私は『自分は右翼ですから』と自分で言っちゃう輩がもれなく苦手です」
「……『比喩』ですよね?」
「いいえ。今のが本題でございます。宏明さんがお急ぎのようですので」
「…… ……どれ?」
上板が30センチ下がった。
「いやいやいや! なんか3つぐらい言ったじゃないですか! そのうちのどれですか?」
「全部です」
「あ! 全部なんだー!!」
テーブルは、4本脚のうち、宏明側の2本脚を持ち上げ、脚同士を擦り合わせて見せた。
「お願い……できますか?」
「そうですね…… 坂本龍馬云々と、右翼が云々は私は力になれそうに無いので……なんですか?台がどうたらっておっしゃってました?」
「はい あれはまさに、自分のコンプレックスを投影した比喩にございます」
「と、申しますのは?」
「宏明さん、5分ほど私の『台』になっていただけますか?」
ようやく辿り着いた!! 長かった! しかも、そんなに重くないテーブルの下敷きになればこの場を切り抜けられる。
なんだ簡単なことだったじゃないか。
「私でいいなら、台になりましょう」
宏明は、リビングの床にうずくまり、そこにテーブルの2本の脚が置かれる。
「……どうですか?」
「なんだか……思ってたのと違いますね。台が高すぎるのかもしれません」
宏明は、今度はうつ伏せに大の字になって、リビングの床に張り付いた。
「これでどうですか?」
「ああ、いいです。5分間このままでいいですか?」
「……どうぞ」
2階から降りてくる足音に目をやると、
顔でか胴長短足怪異猫がこちらをみている。
「あ……!! 違う! これは違くってだな!!」
猫は『失望した』という表情を前面に出し、
「シャメニンゲン(ダメ人間)」
と、云った。
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