第12話 宏明の受難 中
時を同じくして、麻由の寝室。
猫の怪異がガタガタガタ……と震えている。
「どうしたの?猫ちゃん」
「しゃあ……」
「何?怖いの?」
顔でか胴長短足猫が震えていると、ソファークッションのマッサージ機能が作動しているように見える。
「アイツが来たジャン……」
猫の怪異は明らかに訪問者に怯えていた。
一方、鈴木家玄関。
「なんだね君は!!」
そう言ったのは宏明ではなく、ただいま。と上がり込んできた身の丈4尺以上の皇帝ペンギン、の子供だ。
「こっちのセリフだ!『なんなんだ』お前は!」
一触即発の空気の中、リビングから靖子が出てきた。
「こんな時間にどうしたんです?宏明さ……まあ!」
「おお!照美!照美やい!!」
皇帝ペンギンは、紐で結んだお土産を、その辺に放り投げて靖子に駆け寄り、熱い抱擁をした。
どうやら照美とは靖子の事らしい。
「あら?」
「照美…… 寂しい思いをさせたなぁ……さあ、夫と濃厚接触をしよう!存分に!存分に濃厚接触をしよう!!」
宏明は皇帝ペンギンを靖子から引き剥がした。
「なんだね君は!」
と、ペンギンが叫んだ。
「だからこっちのセリフだ!! 話が全く見えん! いい迷惑だ!」
「話も何も……」
皇帝ペンギンは頭に巻いたネクタイを外して、靖子に持たせた。
「主人が家に帰ってきただけのことだろう」
だからそれがわからんのだ。と、宏明が頭のこめかみに指を当てて悩んでいると、
珍しく麻由がこの時間に二階の自室から降りてきた。
「どうしたの? ……あ! ペンギン!!」
すると皇帝ペンギンは麻由を見るなり、
「千代子!! 千代子やい!!」
と駆け寄り、麻由に熱い抱擁をした。麻由は大喜びである。
「千代子!! ごめんよ風来坊で無頼庵な親父で……一緒にパリに行こう。いつか一緒にパリに……」
「ええ加減にせい」
宏明はスリッパで皇帝ペンギンの頭を叩いた。
「なんだね君は! 主人の留守中に勝手に家に上がり込んでからに。千代子はやらんぞ!」
「麻由は俺の娘だ! いい加減にしないと本当に警察呼ぶそ!」
「それはこっちのセリフだ! 警察呼ぶぞ!」
埒が明かない。話が平行線だ。この場合の平行線とは話が全く交わらないという意味で、実際は利根川とセーヌ川ほどの距離がありそうだ。
しかしお互い川の話をしているところに、この会話の面倒臭さがある。
宏明は、これ以上どうしたらいいのかわからないでいると、皇帝ペンギンはスタスタと家に上がり込んでいる。
「達郎! 降りてきなさい達郎! お父さん帰ってきたぞ!」
すると、二階の麻由の部屋から、
「シャー……」
と弱々しい声が聞こえてきた。
「達郎! 達郎!!」
皇帝ペンギンは勝手に二階に上がった。
……突然、第三の壁を壊すようなト書を許してほしいが、皇帝ペンギンのフォルムを思い出してほしい。
股下の長いモモヒキを履いたおっちゃんのような……否、遠目から見ればアーモンドチョコのようなあのフォルムだ。
一説によるとペンギンの足自体は長いのだそうだが、それでも人間が利用する階段を駆け上がるのは本来は不可能である。
本来不可能であるはずの行為を宏明は見ていたのだが、登っていく様を表現できない。
下手くそな作文の表現よろしく「どうにかして」登っていったのだ。トントントンと音を立てて。
「達郎!」
皇帝ペンギンは麻由の部屋の扉を開けた。「どうやって?」ではない。「どうにかして」ガチャっと開けたのだ。
猫の怪異は麻由の布団を被り身を隠していた。なにぶん全長が長いので、尻と尻尾が出てしまっている。
「達郎! 達郎!」
麻由より大きい皇帝ペンギンの子供が、麻由のベッドに飛び乗り、猫の怪異を布団ごと踏み潰している。
「シャーーーー!!」
猫の断末魔の叫びが家中に響いた……
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