第11話 宏明の受難 上
日曜日の朝、
宏明にとっては実に目覚めの良い朝だった。実に体が軽い。
ベッドから出て、大きく「伸び」をしたら既に脳も目覚めていた。
雀たちや烏の声もクリアに心地よく聞こえる。
始まりかけていた四十肩も、まるで嘘のようだ。
総じて、調子がいい。
休日に調子がいいと嬉しくなる。
鼻歌まじりに廊下に出、それでなんで今日調子がいいのか思いついた。
そういえば……昨日は深夜に麻由をトイレに連れてってない。
麻由がいつも深夜、宏明を起こすのは、決まって宏明がノンレム睡眠に通ずる扉の取っ手に手をかけた直後だった。
昨晩はそれが無かった。
……一人でトイレに行けるようになったんだな。
こういう朝に娘の成長を感ずるのもまた、嬉しい。
非常に気分が良いので、まだ熟睡してるであろう麻由の寝顔を見たくなり、部屋の扉を開けた。
すると……
麻由は、全長2mある顔でか胴長怪異猫を、抱き枕よろしく抱きしめて寝ていた。
猫の方は起きており、片手間に「しっぽ」で麻由をあやし、猫のぬいぐるみを後生大事に小脇に抱えながら本を読んでいる。
其の姿は、カナダあたりで暮らしている頼り甲斐のある逞しい夫にも見えた。
「おま……!!」
宏明が詰め寄ると、猫は宏明に気づいて険しい顔で前足の肉球を口にあてがい、
「シ!!(静かに。)」
朝から猫に説教をされる始末となった。
……
「靖子さん」
掃除機の音が鳴り響く鈴木家のリビング。
宏明は新聞紙を片手に、テーブルの向かいに座っている靖子に声をかけた。
「何です?」
宏明は、掃除機の音のする方に視線を向けていた。
三角巾を被り、エプロンをした猫が、非常に短い手足で掃除機をかけている。
腕が短いので、掃除機の延長管を小脇に抱えて自らの胴体と固定し、一生懸命掃除機のノズルを捌いていている。
「プリンちゃん」と読んでた猫のぬいぐるみは、自分の背中に縛りつけていた。
「アレ、飼う事にしたんですか?」
「飼うだなんて嫌ですよ。一緒に暮らすんです」
「はいー?」
「助かってますよ。少し不器用さんですけど、真面目だし飲み込みも早いし。カエルさんとも和解したみたいですから、
安心して麻友(とプリンちゃん)を任せられますよ」
「任せられません!」
コツン、コツンと音がすると思ったら、掃除機のノズルが宏明の座っている椅子に当たっている。
目をやると、猫が邪魔そうに自分の足元に掃除機をかけている。
「ああん!?」
「掃除中ジャン! メシ食ったら、どっか行けジャン!」
宏明と猫の間に険悪な空気がながれていると、麻由が起きてきた。
「おはよー。あ、猫ちゃんもおはよう」
麻由は徐に猫の長い胴体に抱きついた。
「シャ」
猫の怪異は掃除機の電源を一旦切り、ポンポンと抱きついてる麻由の頭を撫でた。
宏明は、猫の『デキた彼氏感』が早速鼻についた。
「ねえママ、後で猫ちゃんと神社に行っていい?」
「気を付けて」
「わーい!よかったね猫ちゃん」
「シャー」
「麻由! まーゆ!」
思わず宏明は会話に割り込んだ。
「何」
「神社もいいけど……同じ人間の友達と遊びなさい」
すると顔面を猫に殴られた。
「痛って!!」
「ホントはしゃ前(お前)のしゃごと(仕事)ジャン。……しゃーじつしゃだいゴミ……」
「……いま『休日粗大ゴミ』っつったかこの!!」
「パパ! 朝ごはん中に騒がない!」
おかしい。一家の主人が、この家で一番『まとも』であるべき人間が鼻つまみ者のような扱いだ。
「ふんだ! ご馳走様!」
宏明は新聞を抱えて部屋に閉じこもった。
結局、麻友と猫と三人で神社に行った。
その晩のことである。
明日の仕事に備えて寝る準備を済ませた宏明であるが、外から物音がする。
「ペンつくペンつく、ツッペケペンのペンペン」
?、気のせいかと思いもう一度耳を澄ますと?
「ペンつくペンつく、ツッペケペンのペンペン」
はっきり近づいてきており、それは家の玄関にまでやってきて、
どん、どんと家の扉を叩いた。
宏明はアクシデントの予感がした。
「ただいまー! おーい! お父さん帰ってきたぞ!」
玄関の外から大声でそう聞こえる。
宏明は靖子を見て……
「何か知ってる?」
ときいた。靖子は首を振った。
「おーい! タツロウ! お父さん帰ってきたぞ!」
……酔っぱらいかな?全くどうなってるんだ世田谷は……
仕方なく宏明が玄関を開けた。
そこには……
ネクタイを頭に巻いて、お土産の箱を紐にくくりつけた、
1m以上の巨大な皇帝ペンギンが玄関の前に立っていた。
外見から、灰色の産毛が全身を覆っているので、子供の皇帝ペンギンだと思われる。
「ハァーー……」
新しい怪異の出現に宏明は頭を抱えた。
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