第10話 マユちゃんが動いた!
「ブロロロロロロ……」
カエルがいびきをかいて寝ている。
宏明が助けを求める麻由の元にきた時には、
カエルは二度寝を決め込んでいるのであった。
「パパー」
「シャー」
寝ているカエルを前に、麻由も猫の怪異も涙を浮かべている。
ため息を一つついて、宏明は策を講じた。
カエルに触らずして、カエルをどかす方法である。
相手は怪異と言っても、たかだか4尺程のカエルだ。鉄骨の束ではないのだから、ある程度の基地局と力場があれば動かせるだろう。
宏明はまず支点Aとなる、適度な大きさの台を探した。
はたしてそれは庭にあった。5寸程の平べったい小石である。宏明はこれが基地局として最適であると判断した。
次に力場を発生させる力点Aを探した。これは鈴木家の物置にあった。妻靖子が実家の長野から持ってきた雪かき用のスコップだ。
……こんなもの東京で必要か?と思わないでもない宏明だったが、今は利用できそうだ。
雪かきの全長の半分ほどの位置に、基地局を設置し、
雪かきのスコップの部分つまり力点Bにあたる部位を怪異の足元に差し込む。
これで5寸高に上がった雪かきのハンドル部つまり力点Aを地面方向に向けて力を入れれば、怪異の方が地面から5寸浮き上がる筈である。
不思議なもので、自分がやろうとしていることはテコの仕事であるということに宏明は気づいていなかった。
思考停止になるほど、カエルが苦手なのだ。
ともあれこの作戦でカエルの下敷きになっている猫のぬいぐるみを救出できそうだった。
宏明は、そお……っとスコップをカエルの足元に差し込もうと思った時である。
「宏明さんー?」
家の中から妻の声がする。
「そのスコップを汚したり、傷つけないでくださいね。くれぐれも」
最後の五文字に、宏明は冷戦当時の米、露間の緊張感に通ずるものを感じ、スコップを用いるのはやめようと判断した。
差し当たり使えそうなものは、お隣の庭の金木犀から風で飛ばされた木の枝ぐらいだ。おおよそ力点としては期待できない。
……手詰まりだ。天は見放した。
「ねえパパ。手でマユちゃん持ち上げたら?」
見かねた麻由が代替案を提示したがそれに対して
「無理無理無理無理無理無理……」
「何で」
「かぶれちゃう。痒くなっちゃう」
「ならないよ?」
などという問答を繰り広げている間に
「シャー!!」
猫の怪異は、我が子(ぬいぐるみ)の危機に焦っていた。
宏明は猫の前に直立する。
「申し訳ないが、これは、不可能だ。まあ3時間もすればどくと思うから、そのころにいらして……」
すると猫の怪異は、頭から宏明に突進した。猫の頭突きである。これが思いのほか痛かった。
「って…………何すんだこのバカ猫!!」
「シャー!!」
続いて猫の鉄拳ラッシュが襲い掛かる。痛くはないがその切迫した迫力に宏明は身をかがめてしまう。
……麻由からの視線は、痛い。
「マユさーーん」
勝手口から、靖子が現れてカエルの手をとった。
「そこだと日焼けしちゃいますから、小屋に行きましょう」
「グア」
するとカエルは素直に靖子に従い動いていく。
「ほらこっちこっち。はいお上手ですよー」
「グワ」
その姿を呆然と眺める三人。
……ハッと、猫の怪異は、土汚れとガマの油まみれになったぬいぐるみを救出した。
「ぷりんシャーーーん!!!」
猫の怪異の目からスプリンクラーのような涙が虹を作った。
「綺麗だー……」
宏明が久々に見た虹に見とれていると、靖子がやってきて、「プリンちゃん」を抱えた。
「まあまあ、ちょっと汚れちゃいましたね。今お風呂に入れて差し上げますから、少しお待ちになってくださいな」
靖子は微笑んで猫の怪異に告げると、
怪異は一層涙の出力をあげ、靖子に抱きついた。
「シャーーーーーー!!」
「あらあら元気出してくださいな。すぐ綺麗にしてきますからね」
そう言って靖子はプリンちゃんを抱え、怪異をなだめながら、家に消えていった。
鈴木家の庭に、何とも形容し難い沈黙が訪れた。
ややあって、
「ママすごい」
と、麻由は宏明を見もせずに家に入っていった。
宏明は、気持ちと我が身が、冷蔵庫に1か月放置されたナスのように、しなびていくのを感じながら立ち尽くした。
そこに、家から、泣き止んだ猫の怪異が短い二本足で宏明の元に歩いてやってきた。
「シャメニンゲン(ダメ人間)」
それだけ告げると、まるで鈴木家の主人のように猫の怪異は家に入っていった。
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