第40話 たぬきの巡査と犬と靖子
木枯らしが、ヒュルル……と吹いた。
「あら。こんなところにお店を出したんですか?」
松原8丁目の朝。犬の散歩をしている靖子が、庭先の電信柱に机と椅子を置いたたぬき達に声をかけた。
「こんにちは! ご婦人!」
デカ長のたぬきが敬礼をする。
「ここは何屋さんなんですの?」
「何屋……そうですね! 今は、売るものが無いので、仮に『電柱屋』とでもしておきましょう!」
「まあ!電柱を売ってらっしゃるのね」
すると、犬に怯えている巡査のたぬきがデカ長に話しかける。
「デカ長……犬です」
「わかっているよ。そんなことくらい」
「これは、怪異ですか?!」
「え?……怪異……では無いだろう。犬は哺乳類だ。もしくは犬類だ」
「ですが、噛みますよ!? 引っ掻きますよ!? ロシアの警察犬は、一度食らいついたら絶対離れないと聞きます!」
「何! 本当か!!……」
「ここは慎重に見定めないといけないと思います。デカ長」
「うーんそうだなあ……」
「デカ長、一つ、私に任せて下さい」
たぬきの巡査は、勇敢に靖子の前に出た。
「(大塚明夫の声で)失礼。奥さん」
「はい」
「そちらの犬は……『飼い犬』、『怪異犬(かいいいぬ)』どちらでございますか?」
「あら、嫌ですわ『飼い犬』なんて。家族です」
「……なるほど。どうやら話が見えてきました。家族だそうです。デカ長」
「うん。何が見えてきたんだ?」
「犬の実態です」
「そうか、それでこの犬は怪異なのか?」
「違います。怪異犬でも飼い犬でもない、家族犬です」
「なるほど。じゃあ……どうすればいいんだ?」
「えっと……どうすればいいでしょう?」
「バカもん! そんなこともわからないのか! 研修期間中何をしていた!!」
すると、犬が電信柱に向け、片足を上げてオシッコをした。
「「あ」」
「あら、すいませんせっかくのお店に」
靖子がいうと、デカ長が顔を青くして、
「あ!! いいえ!! いいんです! お店と言ってもね! まだ売るものもないので!
……どうする。『商品』に小便をかけられたぞ!」
「もう『怪異』と同じ扱いでいいんじゃないですか!?」
「うーんでもなあ……噛みつかれたわけでも引っ掻かれたわけでもないしなあ……」
「小便は、怪異である証拠になりますかね」
「バカもん! そんなこともわからんのか! 研修期間中何をしていた!」
「わん!!」
すると今度は犬が、巡査の食べかけの狐うどんを啜り始めた。
「「あ」」
「あらあら、まあすみません。お店の商品でらした?」
デカ長は青い顔をして……
「いえいえ! 商品と言ってもね! 電柱ではない方の商品ですので!
お気になさらず……」
デカ長がタジタジしていると、巡査が隣から割り込んできた。
「いえ。奥さん。残念ですが事態は深刻になりつつあります。
さっきまでがステージ3ぐらいの深刻さなら、今はステージ1ぐらいの深刻度だと認識してください」
「あら、数が減ってますね」
「そうです。そしてステージ1ということは、これ以上減ることがないことを意味しています。
そのくらいの深刻度です。
これは……危険のない犬でしょうか?」
「さあ……どうでしょうね? 犬によるんじゃないですか?」
「……この犬の事です奥さん」
「あら嫌だ。私ったら」
靖子が笑っていると、犬が巡査のズボンの匂いを嗅いで、ペロペロなめ始た。
「でででデカ長! 舐められてます!」
「見ればわかる! で、どうなんだ!?」
「『どう』というのは……?」
「わかることはないのか! 痛いとか、痒いとかだよ!」
「普通です」
「そうか! それでわかったぞ! この犬は、『舐めたら普通』の犬だ!」
「噛んだらどうなるんですか!?」
「怪異だ」
「なるほど。そうやって見極めるんですね……」
巡査がメモをとっていると……
靖子が犬のリードを引いた。
「じゃあ、私たちこれで。お仕事頑張ってください」
「あ……奥さん!」
デカ長が靖子を引き止めた。
「はい?」
「最近、何かお困りのことはございませんか?
もちろん、お困りのことが恥ずかしい事なら無理には聞きません。
この電柱に話してください」
「お困りのこと?何かしら……」
「この辺りは比較的治安も良い場所ですが、何が起きるかわかりません。
何か、些細なことでも良いので。
あ、もし奥さんご自身が後めたい事があるなら、無理には聞きません。
この電柱に話してください」
「そうねえ……あ、そういえば」
「なんですか!?」
「最近、外を歩いていると誰かに後をつかれてる気がしますの」
「後をつかれているだって!!!?
それは何にですか!?」
「わかりませんの」
「なるほど!! わからないんですね!!?
どうだい。私は真実に近づいたぞ!!」
デカ長が得意げになっている間も、
巡査は犬に舐められ続けていた。
デカ長は、制服を脱いで、靖子にかけた。
「奥さん、どうか落ち着いて聞いてください。
後をつけているものは……怪異かもしれません」
「怪異?」
「ええ、ええ、落ち着いて落ち着いて……。
仮に怪異だとしても、わたしたちが、このステッカーを貼りますので。
深刻に考えないで結構」
「まあ、でも怪異なんですの?」
「ええ、ええ、落ち着いて落ち着いて……。
怪異でも、大丈夫です。わたしたちが、このステッカーを貼りますので。」
「ステッカーを貼ったら……どうなるんです?」
「ええ。具体的に、周りからわかりやすくなります。
『あ、あれは怪異なんだ』……とね。それで、
奥さんの後を付け回す怪異は、どんな怪異ですか?」
「そうね……あれは……パンダかしら」
「パンダ! そりゃあもう怪異です!! 君! メモをとりたまえ!」
「はい!」
「そして上着を脱ぎたまえ!」
「はい!」
「上着を脱いだら、ご婦人にかけて差し上げたまえ! こんなこと言われなくてもすぐやれ!!」
「はい!」
「で、奥さん、そのパンダの怪異の特徴は」
「特徴……そうね。特徴がないパンダかしら……」
「そうか……『特徴がないパンダ』か……言い換えれば、『ない特徴がパンダ』って事だな……
奥さん、これは少々、根深い事件かもしれません」
たぬきの巡査が、デカ長の上着の上からさらに自分の上着をかけると……
「わん!!」
お尻に犬が噛み付いた。
「「あ」」
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