第32話 パパが変
ある朝の、鈴木家のリビングでのことである。
麻由は、この間の、神社の地下室での光景がやはり気になっていた。
あれから怖くて神社には近づけてない。しかも、老人から『誰にも言うな』と釘を刺されている。
しかし、このことを胸の奥にしまっておくのは良いことではないのではないか、子供ながらに麻由は思っていた。
あったかいココアの湯気の向こうには、宏明が新聞を読んでいる。
宏明に話したところで、甲斐性なしの父親が何かの役に立ってくれるとは思えない。思えないが、まずはやはり宏明に話すべきなのではないだろうか。
麻由はそう、思っていた。
ココアを一口。それで息に弾みをかけて、勢いで口に出してしまえ。
「パパー」
麻由が話しかけた。
宏明は、肘で、鼻をほじっていた
「ナンダイ マユ」
宏明の首の後ろからは定期的に火花が飛び散っており、
宏明が動くたびに、何かしらのモーターが動作している音が響いた。
「……パパ? 風邪ひいたの? 声がいつもより変」
「ソウカイ? ヨシ、チェックシテミヨウ」
ガシャン!と言う音とともに、宏明は肩を落とし、深く俯いた。
ややあって、「ボーン」という、MACが立ち上がる時と同じ音楽が響き、
ピーピーガリガリと宏明の体内から聞こえてくると、
どう言う意味があるのか、宏明は左手の人差し指、中指、薬指で、左目を押さえ、
「System standby……」と、明らかに宏明の声ではない起動音が響いた。
そして宏明の鼻から「シューー」と、ドライアイスから発せられるような白い煙を吐き出し、
「イジョウナシ」
と言った。
キッチンから靖子が、朝ご飯のサニーサイドアップを運んできた。
「アリガトウ ヤスコッコ」
「いいえ。麻由も早く食べなさいね」
「ねえママ」
「なあに?」
「パパが……なんか変」
「そうかしら? 宏明さんはいつも変ですよ?」
靖子は、キッチンに戻って行ってしまった。
「…… ……パパ?」
「ワタシハ、『パパ』デハナイヨ。マユ」
「え、パパじゃないの?」
「パパ、デハナイ。『パパパ』ダ」
宏明は、つま先で背中をかきながら、左肘で、サニーサイドアップを吸い込んだ。
「…… ……パパはどこ?」
「ヤスコッコ! ヤスコッコ! コッココッコ!」
「はーいなんですか?」
キッチンから靖子が返事をする。
「コーヒーガ、ワッチャッチャ、ラッチャチャ」
「はいはい。コーヒーがワッチャッチャラッチャチャなのね」
宏明は、脇で耳を挟み、くるぶしでこめかみを叩いた。
「……スマンネ。デ、ナンダッケ」
「パパはどこ?」
宏明は、肘で自分を指した。
「パパパ、ダヨ」
「パパパやだ! パパがいい!!」
「パパパ、ノホウガ、イイヨー」
「どこが?」
すると宏明はスマートフォンを取り出し、
「トウキョウ、テンキ」
と、Googleに向かって言った。
「東京の今日の天気は、午前中、曇り、午後から雨の予報です。傘の準備をお忘れなく。」
と、機械音声が喋った。
「ドヤ」
「……え、何が?」
「トウキョウノ、〒ンキ、ツラベラレルヨ」
「それだったら麻由にもできる! パパがいい!」
「パパパ、ノガ、イイヨー」
「パパパやだ! パパがいい!」
「なんですか朝から騒がしい」
キッチンから、靖子がコーヒーを運んできた。
「ねえママ、パパは?」
「え?目の前にいるじゃありませんか。変な麻友ですこと」
「パパじゃないの!」
宏明は、「パーン!」と鼻と耳からクラッカーを鳴らした。
「パッパパー♪」
「ほら! パパじゃない! パパこんなに面白くない!」
「あら、それは宏明さんに可愛そうですよ。
宏明さんだって1年に一回くらいは、背伸びして磁石くらいには面白くなれることだってありますよ」
「でもパパがいい! なんでママもわかってくれないの!?」
「どっちだっていいじゃありませんか。私がいて、麻由がいて、宏明さんがいて。それでいいじゃありませんか」
宏明は、『つむじ』で尻を掻いている。
「よくないもん! もう知らない!」
麻由は走ってリビングを出て行った。と、トイレから出てきた宏明とぶつかる。
「イテ! こらだめだろう廊下を走っちゃ」
麻由は、『本当の』宏明を見て、みるみる涙が溢れてきた。
「パパー!!」
「わ! なんだなんだ」
麻由が宏明に抱きついた。
朝から何があったのかいまだに飲み込めてない宏明は、麻由をなだめてようやくリビングに戻ってきた。靖子意外は誰もいなかった。
「……靖子さん、麻友、何かあったの?」
「なんです?」
「いや、泣いてたから……」
「さあ。難しい年頃ですからね」
「ふうん」
宏明が、自分の席に座ろうとした瞬間、トイレから麻由の声がした。
「パパ!!」
「はいー?」
「トイレが汚い!!」
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