第42話 シャクレパンダー
何の音もない、冬の夜の松原である。
宏明が仕事を終えて家路に向かっている最中 、明らかに自分をつけている気配を感じた。
自分の後ろをコソコソと、壁や電柱に隠れながら跡をつけてくる。
しかし自分の面積が隠れる対象より大きいために、帰って鬱陶しく思えてしまい……
「何ですか」
宏明は声をかけた。
声をかけた相手は、白と黒の毛むくじゃらの四つ足の動物……いや、はっきりと、パンダであった。
青いズボンを履いる。顎が、異常にしゃくれている。
宏明が声をかけても、まだ自分は隠れているつもりなのか、顔と異常にしゃくれた顎の半分を電柱から出して、じ……っと宏明をみている。
また怪異か。最近増えたよなあ。宏明は異常に顎のしゃくれたパンダを見ながらそう思っていた。
パンダは真面目な顔のつもりなのだろうが、しゃくれ過ぎた顎のせいでふざけて見える。
そのふざけたような顔がコンプレックスだから隠れているのかな?
宏明はそこまで察すると、気にせずに家路に戻ることにした。
「宏明さん」
電柱から声がする。異常に顎がしゃくれたパンダが話しかけている。
宏明が振り返ると、パンダは姿勢を崩さず半分電信柱に隠れてじー……っと宏明を見ていた。
「初めまして。わたし、『シャクレパンダ』と申します」
怪異の名前は見た目そのままだった。どうやら自分の容姿にコンプレックスを持っているのとは違うのかもしれない。
……だとするならなぜ隠れているのだろうか。
「はい。何か御用でしょうか?」
「宏明さんにお伝えしないといけない、大事な用事がございます」
「……はい」
「その……あまり大きな声で話せない内容でございまして」
「はあ」
「こちらまで、きていただけますか?」
怪異に頼まれた。面倒臭えなあ、と宏明は思ったが、宏明の中では怪異とは面倒臭いものに成り果てていた。
宏明が、パンダが隠れている電信柱の前までやってくると……
「もう少し、近くまで来れますか?」
と頼まれた。訳もわからず、宏明は耳をパンダの口元まで近づけると、
「ぷう」
生暖かい息を吹き込まれたと思い、思わず視線をパンダに向けると、
先ほどまでパンダの口があった場所には、ズボンで隠れていたはずのパンダの尻があった。
「くっせえな!!」
思わず宏明が大きな声を出すと、
いつの間にかズボンを上半身に『履き替えて』いたパンダの尻が、後ろ足で孔明の胸ぐらに掴みかかってきた。
「貴様!! 怪しい奴め!!」
「わ! なんだ何だ!? 尻がしゃべってる!?」
「尻とは失礼な!! 小官はFBIのブラウン捜査官だ!!」
パンダの尻は、ものすごい力で宏明を突き飛ばした。
これまで、数多くの怪異と接触してきた宏明だが、上半身と下半身で性格の違うパンダの怪異は初めてだ。
「おい! 怪しいそこの貴様! この辺りでパンダを見なかったか!?」
「……パンダ?」
「そうだ!! (ぷう。)……失礼。
凶悪なパンダだ!! それはそれは(ぷり)……失礼。
それはそれは悪いパンダだ!」
「ん?どういったパンダです?」
「顎がしゃくれていること以外特徴がないパンダだ!(プススーー)失礼。
とにかく悪い!奴はな!(ぷう)
人の顔に、屁をこくようなパンダだ!!(ぷぷーー)……失礼」
「はあ……」
「あと一歩なんだ。あと一歩で(ぷーーー)
あと一歩で奴を追い詰めることができるのに!(ぷす)
いつもあと一歩の所で取り逃す!(ぷり)
全くしたたかなパンダだ!!」
「多分ですがー……」
「何だ! 貴様やはり(ぶ)……失礼。
貴様やはり何か(ぷ)っているな!!」
宏明は、なんと説明したらいいのかわからなくなってしまい……
「多分一生見つけられないんじゃないすかね……」
と、思ったままの言葉を放った。
「何を貴様ー!(プププププ)」
勢い凄まじく、尻(と屁)が迫ってくる!
「来んな! 来んな来んな! 近寄るな!」
宏明は、尻(と屁)を押し退ける。
もう嫌だ。関わったらダメな怪異だ。さっさと退散しよう。
宏明が、足早にその場から離れようとすると……
「宏明さん……」
『上半身の方』の声が聞こえてくる。
振り返ると、案の定、いつの間にかズボンを下半身に履き替えた、異常に顎のしゃくれたパンダが、草の茂みに隠れている。
宏明は大きくため息をついて……
「また今度……」
と言ってその場を離れようとした。
「あ、お待ちください宏明さん。
他の者、特に警察機関には聞かれてはまずい内容なのでございます。」
「左様ですかさようならー」
宏明はパンダも見ずに立ち去ろうとすると……
「と言いますのは、この町で何が起きているかと、黒鉄様の居場所でございます」
思わぬ名詞に、ついに宏明は足を止めた。
「親父の?」
「はい……」
「居場所って……どういうことですか?」
宏明は、パンダの声がする方に近づいた。
「……逃さんぞ貴様ーー!!」
草の茂みから尻が飛び出した。
宏明は踵を返して、走って家まで逃げた。
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