第43話 はじめての取り調べ
「ねえ、たぬきちゃんたちは『お巡りさん』なの?」
翌朝の松原である。
鈴木家の庭に面した道路、その電信柱の麓に派出所を設置したたぬきの巡査たちに、麻由が話しかけている。
「こらこらお嬢ちゃん。こんなところに来ちゃダメだよ」
タヌキのデカ長は手を腰に当てて前屈みになり、顔を膨らませた。
「どうして?」
「ここはね、悪い大人しか来ちゃダメなところだからだよ!」
「じゃあタヌキちゃんは悪い大人なの?」
麻由にそう聞かれると、デカ長は帽子を一度被り直し……
「悪い大人じゃないよ。そして悪いタヌキでもない。でも警官は常に公正でないといけないからね。
普通のタヌキだ。
でも警官は、困ってる人を見たら助けないといけないからね。
『良い寄りのタヌキ』とでも言っておこう」
「どっちなの?」
すると、デスクに座っているタヌキの巡査が質問に答えた。
「僕たちはね、ただ悪い人を取り締まってるタヌキさんなんだよ」
「つまりは『お巡りさん』ってことでいいの?」
「「そうだよ」」
この数秒間のお役所仕事という無駄な時間を麻由は経験し、ようやく本題に入った。
「ねえお巡りさん、調べてほしい場所があるの」
すると、タヌキたちは顔を合わせた。
「僕たちと商談するということかな?」
「ショウダン? よくわからないけどお巡りさんなんでしょ?」
タヌキ達は再び顔を合わせた。
「お嬢ちゃんは、何かに困っているのかな?」
「困ってる……わけじゃないけど、気になってることがあるの」
「あー『気になってる』だったらあ微妙だなあ。『困ってる』だったらね、お嬢ちゃんと商談できるんだけどね」
「困ってないとダメなの?」
「警察と話すという事はね、困っているか、困らせているか、どちらかなんだよ」
「えー……」
麻由が下を向いてしまい、タヌキ達はまたまた顔を合わせた。
「……どうする? 私には、この子が困っているように見えるが」
「そうですね。確かに、困っているように見えます。ですが油断はできません」
「油断?」
「子供は、嘘をつきますから」
「なるほど。それは油断ならんな」
すると麻由は、俯きながら、
「あのね、神社の下に、何かあるの」
と言った。
「……どう思う?」
「どうでしょうね。可能性は五分五分といったところでしょうか……
一度、彼女が嘘をついているか取り調べを行った方がいいかもしれません」
「そうだな。よし」
デカ長は、自分の丸椅子を麻由に差し出した。
「お嬢ちゃん、とりあえず座りなさい」
「え、麻由悪いことしてないよ」
「それを、今からタヌキさん達が調べるんだよ」
たぬきの巡査が優しく話しかけた。
麻由が椅子に座ると、タヌキのデカ長はデスクの引き出しから画用紙を取り出した。
そして、鉛筆を取り出して何かを描こうとするが、その手が止まっている。
「なあ……ロールシャッハテストって、どうやるんだっけ?」
「え……デカ長。そんなこともわからないんですか?
ロールシャッハ・テスト、英訳して: Rorschach test, Rorschach inkblot testは、投影法に分類される性格検査の代表的な方法のひとつで、
被験者にインクのしみを見せて何を想像するかを述べてもらい、
その言語表現を分析することによって被験者の思考過程やその障害を推定するものですよ」
「そんなことは知ってるとも! やり方を聞いてるんだ私は!」
「あ、やり方ですか? ロールシャッハですから……ロールみたいなのを書けばいいんじゃないですか?」
「ああ、そうだった。そうだった」
デカ長は、ぐるぐると、画用紙に渦巻きを書いた。
「お嬢ちゃん。これは何に見える?」
「カタツムリ」
たぬき達は顔を合わせた。
「……合格だ。おめでとう。この地域でロールシャッハテストに合格したのは、お嬢ちゃんが初めてだよ!
これは大変名誉なことだよ!!」
「ありがとう。何かもらえるの?」
「えーーと……そうだな。確かにテストに合格したわけだから、表彰してあげよう。」
デカ長は、デスクを漁って、『重要』と書かれた缶の箱を取り出した。
「これなんかいいんじゃないかな」
箱を開けると、警視庁から配布された『怪異ステッカー』が入っていた。
デカ長は、一枚取り出して、両手で麻由に渡した。
「略式だが表彰式を行います。合格おめでとう」
「ありがとう。これなあに?」
「これはね、貼っていると、『自分は怪異です』って周りに伝えることができる、大切なシールだよ」
「どこに貼ればいいの?」
「シールだからねえ。そうだな。とりあえずお家の冷蔵庫にでも貼っておけばいいんじゃないかな?」
「はーい」
「じゃあ、気をつけて帰ってね! もうここに来ちゃダメだぞ!」
「……神社を調べてくれないの?」
「うーん、じゃあ……」
たぬきのデカ長は困ってしまい、ステッカーをもう一枚取り出して麻由に渡した。
「ほら。パパの分だ」
「いらないこれ。麻由怪異じゃないし。ねえそんなことより神社を調べてよ。
怖いなら麻由もついていくから」
たぬきは、これで何度目かのたぬき同士の目配せをした。
お巡りさんも大変なんだなあ。と、麻由は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます