第38話 モンスターパレード
今日は12月の5日。
麻由の誕生日だ。そして、麻由にしてみれば、初めてちゃんと祝ってもらえる誕生日である。
しかし学校から帰ってきた麻由は、複雑な心境だった。
学校のクラスの皆に、自分の誕生日を伝えられていなかった。そして、偶然、同じクラスの子に、
12月5日生まれがいたのだ。
この日2年Cクラスは、その子の誕生日を祝うことになった。
校長先生からは図書カードのプレゼントまで受け取っていた。
私も今日誕生日です。 その一言が、麻由にはどうしても言えなかった。何でかはわからない。
もちろん、誰かの誕生日を祝うことは、それはそれで、楽しいことだ。
だがこの時麻由が感じていたのは、疎外感に近いものだった。
みんなの笑顔に囲まれて、「おめでとう」を言ってもらえるその子が、麻由は羨ましかった。
長野に帰りたい。長野に帰りたい。長野に帰りたい。
このところ、麻由が学校で繰り返し、繰り返し思うのはこの一言のみだった。
一人の帰り道、麻由は小石を蹴って帰っていた。
今日も宏明は帰りが遅いらしい。
もしかして、自分の誕生日を祝ってくれる人なんて、この世に誰一人としていないのではないか。
いや、そんなはずがない。そんなはずは絶対にない。ないのだが……
どうしても嫌な妄想が麻由の頭を離れてくれなかった。
蹴っていた小石は、学校から100mもしないところで側溝の中に落ちていった。
本当は家まで蹴って帰りたかった。
一人の帰り道、麻由は、拾った木の棒を左右に振りながら歩いていた。
同じクラスにこんなことをする子は誰もいない。それは麻由にもわかっていた。
しかし、こうしていれば、長野でのいい思い出を東京でも思い出すことができるのだ。
男の子も、女の子も、みんなで野山を駆け回って、木の棒を振り回して、体力の限界まで走って笑って……
まゆは棒を投げ捨てた。
もうあの頃の生活には戻れないのだ。いくら拗ねても、いくら泣いても。
賢い麻由には全部飲み込めていた。
日が短くなり、風が冷たいため、帰り道がとても寒い。
風が吹くたびに、麻由はマフラーに顔をうずめた。
そして……松原の8丁目に差し掛かる頃には、悲しくて涙が出ていた。
長野に帰りたい。東京には居たくない。
そう心で念じながら歩いていた麻由に聞こえたものは、
『ピンポンパンポーン』という街中に響くアナウンスの音だった。
「こちらは、世田谷区エンティティ放送です本日の町内情報をお伝えいたします。」
かなりの音量だ。こんな放送を聞くのは、初めての気がする。
「本日は、8丁目にお住まいの、鈴木麻由ちゃんの誕生日です」
唐突に自分の名前が町中に響き、麻由は思わず立ち止まった。
「よって今から、『スペシャル・モンスターパレード・for麻由』をお送りいたします。
皆様、奮ってご参加ください。」
……? なんのことだろう?
麻由が、呆然と立ち尽くしていると、
トントコトントコトントコトントコ…… ……
と太鼓の音が町中に響いた。どこから鳴っているのかはわからなかった。
トントコトントコトントコトントコ……
太鼓の音は大きくなっていく!
トントコトントコトントコ……ピョエーーーーーヒョロロロロローーーーー!!!
突拍子もなく、横笛の音が響き、あまりにもの音量の大きさに麻由は驚いてしまった。
トコトン!! ドン!! …… ドン・ドン・ドドン!! イヨーーーーー!!! ドン!!
すると……
道端にいる麻由の後から、カラス天狗達が、バック転をしながら通り過ぎた。
道路で、ロンダートからバック転をきめ、片手側転までするものも現れた。
少し視線を上にやれば住宅街の屋根をカラス天狗たちが飛び跳ね、駆けて行く。
「え? え?」
すると、今度は管楽器のファンファーレと小太鼓の音が響いた。聞いたこともない音楽だがとにかく陽気な音楽だ!
そして、サンバ調の陽気な音楽とは似合うとはとても言い切れない、
「ソイヤ!」 「ソイヤ!!」という声が聞こえる。
「姫殿ーー!!」
麻由が声のする方に視線を送ると、
春崎藤右衛門をはじめとする、赤包の巨大アメリカザリガニたちが、鉢巻はっぴ姿で神輿を担いでいた!
神輿を引いているのは、神社の撫牛だ! ものすごく遅い! ものすごくゆっくりとこちらに近づいてくる!!
「此度のよき日に! 我が春崎一門をお招きくださり! この嫡男藤右衛門!! 超越至極に存じまするー!!」
「「存じまするー!!」」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」
ザリガニ達が、バルちゃんの掛け声と共に復唱する。
中には、「麻由LOVE」という巨大なうちわを仰いでいる個体もいれば、進路に桜吹雪を撒いている個体もいる。
神輿の上には、お家のリビングにあるテーブルと大人二人分座れるソファが置いてあり、ソファの7割ほどを占めて座っているのはカエルのマユちゃんであった。
マユちゃんは別に喜ぶでもなく、無表情に牛に引かれ、ザリガニ達に担がれている。
「この春崎藤右衛門!! 此度の良き日に!! 姫殿を迎えに参った故!! 今しばらくお待ちいただきたい!!
全力でそちらに向かいまするー!!」
「「向かいまするー!!」」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」
「向かっておりまするー!!」
「「向かっておりまするー!!」」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」
麻由が、一行を待っていると、スローペースな神輿とザリガニの後ろから、
イギリス紳士の格好をした、顔でか胴長短足猫が、黒い帽子にスティック、そして付け髭をして麻由の元までやってきた。
「猫ちゃん」
「シャー…… お嬢シャマ、馬車のご用意が」
と、猫が言い終わることに、丁度よく牛とザリガニの行列が麻由の元までやってきた。
「え……乗ればいいの?」
「グア」
麻由は、促されるまま、神輿に乗り、カエルの隣に座った。するとファンファーレの音がますます大きくなり、音楽は最高潮の盛り上がりを見せた。
テーブルの下から、4mの緑と赤と黒のまだらヘビが出てきて、麻由のマフラーの内側に巻き付いた。
何だかあったかい。
「はぁーー、うるさいなーうるさいなーっつってねぇ」
そしてテーブルの足に隠れるようにして、ハムスターが顔を覗かせた。
「あ…… あう……ああ……」
「いいよ。麻由のお膝に乗りな。ハムちゃん」
麻由がそう言うと、ハムスターはちょこんと、まゆの頭の上に落ち着いた。
「では!! しばらくの旅となりますが!! 出発といたしますーー!!」
「「いたしますー!!」」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」
正直、歩いた方が早い、ゆーっくりとした速度で、麻由をのせた神輿は進む。
「もう」と銅の牛に引かれ、「ソイヤ、ソイヤ」とザリガニに担がれ。
10mを実に2分は駆けて、賑やかな行列は進んだだろうか。
突然、サンバ調のファンファーレが止まり、ザリガニ達も鎮まり、あたりを沈黙が支配した。
しかし、その沈黙もすぐさま、やはりどこから鳴っているのかわからない演歌調のBGMと共にかき消された。
そしてあたりは霧に包まれ、白く薄暗くなったと思ったら、
そこらかしこに赤や、青のステージビームが無造作にあたりを照らし、
どこに吊られているのかわからない巨大なミラーボールが回転した。
そして……神輿の前のマンホールがひとりでに空いた……と思ったら、BGMの盛り上がりと共に、
皇帝ペンギンの子供の怪異が道路の下から迫り上がってきた!!
眩い電飾と、目にうるさいスパンコールで飾られた派手な衣装を身にまとい、ペンギンの背中からは電飾が施された羽根が生えている!!
ペンギンは、前奏ですでに感極まっており、目を閉じて悦に浸っていた。
そして、前奏の終わり、1小節のドラムソロが終わると、ペンギンはワイヤードマイクを片手に歌い出した。
「千代子ーー♪ 千代子のーー♪ 千代子のーーおおんおおんおおおーーー♪
千代子ー♪ちーよこ・こ・こー♪千代子ーのーでんでん太鼓ーーー♪」
そして地上から火薬がパアン!!と炸裂した刹那、
「千代子ーーーー♪ 千代子やーーーい♪ ちーよこ・こ・こーのーーーでんでん太鼓ー♪」
皇帝ペンギンがマイクを両手で持ち、サビと思われる節を歌うと共に、空には花火が打ち上げられた!
しかし白いモヤのせいでいまいちよく見えない!!
「ちぃよこーー♪ 千代子やーーい♪ ちよ!!…… …… …… ……」
ここでBGMが突然なりやむ。ペンギンは最後の1フレーズを歌う前に大きい間を挟み、
ここで感極まって口をぱくぱくさせた。
そして……
「…… ……こやーーーーーいい♪」
最後のフレーズと共に大音量のBGMがかかり、アウトロでペンギンは三方礼をした。
麻由は、拍手をした。頭の上のハムスターも拍手をした。
手を振りながら、道路の下にペンギンが降りていく。
歌は終わったが、あたりは白いモヤに相変わらず支配されてた。
麻由を、眩しいライトの光が照らす。麻由は、手で影を作り、光のする方に視線を送ると、
ヴオンボボボボ!!! ヴオンボボボボ!!!! ヴオン!! ヴオン!!と大型バイクの音と共に、
目からハイビームのライトを発している馬と、女尼さんが走り込んできた!
馬が神輿に横付けすると、馬が「ヒヒン」と鳴き、
女尼が麻由に向かって、
「ヨゥ…… いい天気だナ? 嬢ちゃん」
と言った。
そして、馬の後部座席(?)を叩き、
「乗りナ……? 俺ぁ気に入った奴(アミーゴ)しかタンデムシートに乗せないんだヨ……?」
「え……」
麻由は周りを見渡すと、どうやら全員が、女尼さんの後ろに麻由を乗せたがっているようだった。
促されるまま、そしてザリガニと猫に補助されて、馬に乗り、女尼さんの背中に抱きつく。
シュルシュル……と、ヘビが、女尼さんと麻由に巻き付いて、シートベルトになってくれた。
「姫殿!!いってらっしゃいませ!!」
「「らっしゃいませ!!」」 「ソイヤ!」 「ソイヤ!」
「行くゼ? 嬢ちゃん。 ……暴走(はし)れ! シービーエックス!!」
「ヒヒン!!」
白いもやを突き抜け、女尼さんと麻由を乗せた馬は疾走した。
何キロ出ているのだろう、それは高速道路でも経験したことが無いような速さだった。
見慣れた街の景色が、記号的に溶けてゆく。
家も、車も。
麻由は必死に女尼さんの背中にしがみついた。
溶けたバターみたいに形を歪めて通り過ぎていく景色と共に、
麻由の悩みも流れていく気がした。
「嬢ちゃん? 人生はナ…… 1オクターブのダイナマイトだゼ……?」
女尼さんが背中越しにそんなことを言ったように聞こえた。
「お……っと」
そう言って、女尼さんは馬を止めた。
すると、後ろの方から、
「わんわん!!」
と、まゆ五郎丸が走ってきた。
……いつの間に巨大化したのか、馬と変わらない大きさである。
まゆ五郎丸が、馬に横付けし、互いに頭を擦り合わせて挨拶を済ませると、
女尼さんが口笛を鳴らした。
「俺より速い……ってサ」
「ワン!」
まゆ五郎丸は、おすわりの姿勢で麻友を待っている。
「アイツ(まゆ五郎丸)に乗ってみな? 嬢ちゃん……」
「え、でも……これより速いんでしょ?」
「デージョブだべ。 嬢ちゃん。 進むってのはナ?
一歩踏み出すってことの連続だべ?……」
「……うん!」
麻由は、勇気を出して、まゆ五郎丸の背中に跨った。
「わおん!!!!」
……それは、爆発のような衝撃であった。
麻由を取り巻いていた景色が、かすみ、歪み、向かい風の轟音と共に消えてなくなった。
麻由はめも開けられないような速度の渦にいた。
気がつくとまゆ五郎丸は空に浮いていた!!
空中の見えない床を、まゆ五郎丸の脚が亜音速で駆けていく。
それは麻由の意識さえも、遠く彼方に置き去りにするかのような疾走だった。
麻由がぼんやりと、風の中にいることを感じていると……
「シャッチー♪」
麻由とまゆ五郎丸の左側にシャチが、右側にはヒグマの子供が同じ速さで走っていた。
「また一歩、革命戦士に近づいたアルなー♪ めでたいことアルよー♪」
「そいつの言うこと聞いちゃダメだな? 大人になっても保守的でいるべきだな?」
言葉は聞こえど、頭に入ってはこない。そのくらいの速さなのだ。そして……
まゆ五郎丸はさらに加速した。
シャチとヒグマを追い越し、高く、高く、高く、空に登っていった。
薄れていく意識の中で麻由が見たものは、
宏明だった。今より若い。そして変わらない靖子の姿もあり、自分を抱き上げて笑っている。
その傍に、赤ん坊の麻由を抱いている笑顔の老人の姿が見える。
と、老人は、こちらに気がつき、麻由に向かって微笑んでみせた……。
「わん!!!」
まゆ五郎丸が鳴いて、麻由の意識が戻ると、
あたりはすっかり夜になっており、自分の足元は東京の夜景が広がっていた。
あっちは東京タワー
あっちはレインボーブリッジ
宝石箱をひっくり返したように、東京が輝いていた。
そして…… 足元の東京から大きな声が響いた。
一斉に、
「麻由ちゃん、お誕生日、おめでとー!!!」
聞き届けると、麻由は笑って見せた。
「グア」
カエルの鳴き声がして、麻由が目を覚ますとそこは、見慣れた鈴木家の庭であった。
時刻は夕方を過ぎており、暗くなっていた。
麻由は、巨大なカエルの体にもたれかかっていた。
何が起きたのか合点がいかず、神経を繋ぎ間違えたかのように感覚もあべこべで、目をぱちくりさせていた。
鈴木家の勝手口があき、中から靖子が出てくる。
「麻由? ご飯ですよ。今日は誕生日だから、お肉詰めピーマンいっぱい作りましたよー」
「……はーい」
と、麻由は返事を返した。
「マユちゃん、さっきのは夢だったのかな?」
「グォア。ギョロワンギャ」
カエルは聞いているのか聞いてないのか、空をボー……っと眺めていた。
釣られて麻由も空を見てみる。
東京にしては珍しい、満点の星空だった。長野のそれに比べたら全然違うが、
不思議と麻由には、星の居場所がわかる気がした。
「シャー」
麻由が遅いので、家から心配して猫が出てきた。
……夢でもどちらでも、あの瞬間麻由はたくさんの光の中心に居たのだ。
この、不思議なことが起きる麻由の数奇な人生の中で。
麻由は少し笑って勝手口に向かって駆け出した。
空には、まゆ五郎丸がいまだに旋回を繰り返していた。
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