第52話 バイバイパパ
松原2丁目、テナントビル1階。そこは最寄りの駅から歩いて1分圏内にある。
数年前からマンション自体は建っていたのだが、1階のテナントが募集中のまま何年も時が経ち、
ついに入ったのが動物園だった。
動物園にするにはスペースが小さすぎるために、収容されている動物はアゴがしゃくれたパンダ1匹のみだったが、
そのパンダも脱走してしまったので今は、代わりの怪異が展示されている。
腕が8本。ピンク色の触覚を垂らせ、八重歯の尖ったスーツ姿のサラリーマン。つけられた怪異名は「ダメ人間」
宏明のなれの姿である。
そこに、一人娘の麻由が駆け込んできた。
「パパ!!」
半日失踪していた父親と、娘の再会であるが、
「見ないでくれ!!」
宏明は部屋の中の柱の影に隠れてしまった。
自分の娘がどうやってここを探し当てたかわからないが、この姿だけは見られたくはなかったのだ。
そこに、飼育員らしき男?が入ってくる。
「コラーー。だめだー愛想をよくしろーお客様にはー」
それは、手足の生えた全長180センチのチョコボールだ。
アーモンドチョコではない。チョコボールである。
どちらにせよ口などないので、他の怪異と同様どこで喋っているのかはわからなかった。
「ダメ人間! 出てきなさいダメ人間!」
チョコボールは柱の影の宏明を説得しているが、柱からは啜り泣く声しか聞こえてこない。
「パパを返して!」
「パパ? この怪異がかい? そんなわけなかろうもん」
「パパだもん!」
「だってお嬢ちゃんは、『人間の怪異』だろう? 人間の怪異の親も人間の怪異なはずだよ。なあ? ダメ人間」
「……はい」
「この『チョコボール ユカイ』にいってごらん。 私は人間の怪異ではありません」
「私は人間の怪異ではありません」
「そして人間でもありません」
「そして人間でもありません」
言われるがままに素直に答えてしまった。
「ちょっとしっかりしてよパパ!!」
「麻由……ほんとごめん。 俺はだめな父親だー」
「パパがそんなだと、私本当に皇帝ペンギンの子供になっちゃうよ!? いいの!?」
「仕方がないんだ……俺は……俺は……お前達を長野から、とんでもない場所に連れてきてしまったのかもしれない。
今は『チョコボール ユカイ』さんのお世話になっているダメ人間なんだ……カエルもヘビもさわれない。
馬鹿な猫に馬鹿にされる、……お前の誕生日すら忘れる……だめな人間だからこんなことになっちゃったんだ……」
麻由は涙ぐんでしまった。その横で、麻由を元気付けようとしているのか、チョコボール・ユカイは誰も見ていないリンボーダンスを始めた。
「じゃあ麻由帰っちゃうよ!? それでいいの!?」
「……うん」
「ばか!!!」
麻由は走って行ってしまった。
「……さよなら、麻由」
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