第48話 通せん坊4兄弟


麻由と猫は、庭ではなく玄関からそっと出ていった。

庭から出ると、斜向かいのたぬきの駐在さんに呼び止められると思ったからだ。


 ……麻由とて何も本当にドイツに行きたいわけじゃなかった。

麻由は、この町は好きだ。生物図鑑には載ってない不思議な生き物がいっぱいいるが、そのどれもが麻由に親切にしてくれる。

麻由もそんな変な生き物が大好きだった。

けれど、なんだかやはり胸に支える部分がある。この街はなんだかおかしい。小学2年生ながら賢い麻由はそう、思い始めていた。


 猫の短い手をひき、麻由はとりあえず駅のある方へいってみることにした。

……鈴木家の二階のカーテンの奥にいる靖子が、二人の姿を見送っていた。


 商店街の道路に出た。休日だが、商店街は静まり返っていた。商店街を抜ければ、駅は目と鼻の先である。

抜けようか抜けまいかという部分に差し掛かった瞬間に……


「パパーパパパパ♪ パパーパパパパ♪ パパパパパーパパーパパー♪」


 あたりに音楽が響いた。そして、道の左右から茶色い熊の着ぐるみを着た男が三人現れた。


「我らは『とうせん坊4兄弟』!!」


「長男の次男!」


「次男の嫡男!」


「三男の湘南!」


「「「は!!」」」


 いやに恰幅のいい がっしり とした男達だ。着ぐるみと言っても、人の頭よりやや大きめな頭部。そして手袋にスリッパ。

あとは全身茶色いタイツである。各々、胴体には『コラ!!』と書かれている。

筋肉質の体躯に、ピタっとしたサイズ感のタイツなので、各々の筋肉の筋までタイツごしに浮き出ている。

少し生々しい。


 クマタイツの男たちは、狭い商店街の道を『リラックスポーズ』で横一文字に並び、道を塞いだ。

猫は怖がってしまい、2mのガタイが麻由の小さい背中に隠れる。


「通して!!」


 麻由は男たちに哀願するが、男たちは姿勢を崩そうとしない。

あたりには、相変わらず、『呼び込み様』の音楽が響いている。商店街でしょっちゅう耳にするあれだ。


「だめだよ! お母さんなしで駅に行こうとしたら……こうだよ!」


 『次男』と言う名前の長男は、ダブルバイセップスのポーズを決めた。

上腕二頭筋の血管までもがタイツごしに浮き出た。

『嫡男』と『湘南』は横から「よ!! 兄弟」「キレてる!! キレてる!!」などと合いの手を入れている。


「怖いジャン……」


 猫はすっかり怯えていた。

気を良くした『次男』は……


「さらに、こう!!」


 と、ポーズを『サイドチェスト』のポーズに変えた。発達した大臀筋が、今にもタイツを突き破りそうだ。

隣で男たちが「デカイよ! デカイよ!」「ケツいいよ! 仕上がってるよ!」

などと太鼓持ちに徹している。


「なんで通してくれないの!」


 ガタイのいい男たちを前に、麻由は一歩も怯まずに前に出た。麻由は、こういう筋肉質の男性は個人的には苦手だった。

テレビで肉体美を見せつけるタレントが出てくると思わず顔を背けてしまうのだった。

しかし、この日の麻由は苦手だの嫌いだの言ってはいられなかった。


「お嬢ちゃん!! ここを通りたいならまず、体を鍛え上げてからになさい! ほうら!! これをあげよう!!」


 長男の『次男』が、季節外れのスイカをひと玉、どこかから取り出すと、


「ぬうん!!」


 握力でもってスイカを握り潰し、腕の筋を流れるスイカジュースを三男の『湘南』がコップに注いだ。

それを見た麻由は流石に気持ちが悪くなってしまい、背中に隠れてる猫の手を引いてその場を後にした。


 


 何も駅に通ずる道は商店街だけの道ではない。少し回みちをすればどこからだって駅には行けるのだ。

麻由と猫は、路地裏的な歩道を通り抜け、大通りに出ようとした。

大通りに差し掛からんとするその時である。


「パパーパパパパ♪ パパーパパパパ♪ パパパパパーパパーパパー♪」


 再び、どこから鳴り響いているのかわからない「呼び込み様」の音楽がすると、

先ほどの三人がダンスをしながら、ただでさえ狭い道を三人で塞いだ。


「我らは『とうせん坊4兄弟』!!」


「長男の次男!」


「次男の嫡男!」


「三男の湘南!」


「「「は!!」」」



 各々、『フロント ラットスプレッド』のポーズを決めている。

茶色いタイツ達は、正面を向いているにもかかわらず発達しすぎた背中の筋肉が盛り上がった。


「ねえ! なんで邪魔するの!?」


「それは我々が『とうせん坊4兄弟』だからだよ!」


 あと一人はどこにいるんだろう?しかしそれを口にすることすら気色が悪かった。


 猫が、帰りたいと哀願するので、麻由は今日のところは街を出ることを諦めた。当分は体育の先生がトラウマになってしまった。

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