第24話 弱者の盾 下


かの大岡越前、『三方一両損』並の攻防手が、小学2年生の肩に重たくのしかかった。


麻由は熟考の末、


「わかったじゃあこうしよ! ハムちゃん、半分だけドーナッツを返して」


ハムスターは、ガクガクと震えながら小刻みに数回頷いた。


「それで、ワンちゃんのドーナッツを半分猫ちゃんに分けてあげて。」


「ワン!!」


御意にござりますー! と異界の忠犬は答えた。……口をもぐもぐしながら。


「……ワンちゃん?ドーナッツは?」


「ワン?」


柴犬は足元を足元のニオイをクンクンとかいだ。


「ワン!!ワンワン!ワン!!」


一大事にごさります! 洋菓子が賊に盗られてございます!と、柴犬は答えた。


「ワンちゃん、ドーナッツ食べちゃったの!?」


「ワンワンワン!ワンセー!」


其のようにございます! 反省! と犬は返した。


「シャー!!」


猫の目から滝のような涙が流れ、虹を作った。


その光景を見たハムスターは、滝のような涙に怯えて、


「はわわわ……ああ……うわあああ」


と大粒の涙をポロポロこぼした。


「じゃあ、じゃあこうしよう!もうこのドーナッツを二人で半分個にするしかないよ!

 勝手に食べちゃったハムちゃんも悪いけど、ドーナッツ無視して遊んでた猫ちゃんも悪いよね!?」


「遊んでないジャン! あと30分以内に火を起こさないと危険ジャン! キャンプ舐めんなジャン!」


「うう……うううう……うわああ……」


「ワンワンワン」


「グア」


もう! みんなわがままだな!


小学2年生は、思わず眉間に皺を寄せ、ほっぺを膨らませたのであった。


「猫ちゃん、そんなこと言ったってもうドーナッツは無いんだから、半分で我慢するしか無いからね!」


「悲しいジャン、夜に向けてタンパク質の補給が生命線ジャン」


「じゃあ他のものでなんとかすればいでしょ!」


両者譲らず。不毛な言い合いをよそに、ハムスターがそぉぉっと……ドーナッツを口に運んでモグモグした。


それに猫が気がついて思わずヒートアップした。


「食うなジャン!!」


「は……はぶはぶはぶ……」


猫に詰められて、大泣きしながらもハムスターは口を止めない。相当な食い意地だ。


「やーめるジャン!!」


ぺちん、と、ついに猫から手が手が出た。


「あ、あう……あうぅぅ……」


悲しいほど威力のない猫パンチだが、ハムスターは相当痛そうだ。

……演技かもしれないが。


「やめなさい!」


見てられない大乱闘を麻由が制した。


「もう喧嘩はなしだよ!いいね!」


猫はかなり不満そうだが、ハムスターは両目に大粒の涙を浮かべながら、コクリコクリと頷いた。


「じゃあ、半分に分けるから。ハムちゃんドーナッツ返して」


麻由が手をハムスターに差し出す。すると……


「あ……あう……」


ハムスターは硬直してしまい、ドーナッツが体から離れない。


猫は短い足で貧乏ゆすりをはじめた。


「『あう』じゃないよ! 本当はハムちゃんのドーナッツじゃないんだからね!」


流石に麻由が叱っても、ハムスターはカタカタ……と震え、上目遣いで麻由を見ながら固まっている。


「震えたって駄目だよ! 半分でいいってハムちゃん言ったよね?」


「ううぅ……」


そして、ついにドーナッツがハムスターの手を離れた。


麻由が、ドーナッツをなるべく均等に、縦に割ろうとしてその時である。


「あ! ……ああ……ああうう……」


ハムスターが今日一番大きい声を出し、思わず麻由の手が止まった。


「え、なに?この割り方じゃ嫌なの?」


「うぅぅ……ひぅ……あうう……」


「でもそんな、綺麗に半分こできないよ。頑張るけど」


「あわ……うう……」


すると、ハムスターは地面にドーナッツの絵を描いた。


『こう、分けてくれ』と言う要望だろうか。


そこには……ドーナッツを縦や横ではなく、


円の外周と、『内径の辺り』つまりドーナッツの穴のスレスレの部分に点線を引いた。


これで面積的には平等だろう、とハムスターは言ってるのだ。


「……お前!! 猫ちゃんに『ドーナッツの穴でも食ってろ』って言ってるジャン!!」


猫の頭からは湯気が出ていた。


「ひぃ……う……ううう……」


ハムスターは、潤った瞳で麻由を見つめ、両前足を合わせて『お願いします、お願いします』と訴えてきている。


「これは……流石にちょっとなあ……」


一行に事態が解決の日の出を見ない状況に、麻由も困り果てていた。


すると……


「グア」


そういえば先ほどからいたカエルが、口から、先ほど丸呑みにしたドーナッツをポーンと出した。


「え! マユちゃんくれるの!?」


「ギョアンワ」


「優しい!! ありがとマユちゃん!!」


麻由は、カエルに抱きついた。


猫は、カエルの口から、……というか、胃から出てきた、湿ったドーナッツをじーっと見ている。


「よかったね! 猫ちゃん」


「…… 食べたくないジャン……」


「なんで! せっかくマユちゃんが出してくれたんだよ!?」


「『だから嫌』なんジャン! なんか汚いジャン!!」


「なんでそんなワガママなの!?」


再びモメだした猫と麻由を尻目に……ハムスターは麻由の手からドーナッツをそお……っと奪い返し、


人間と怪異の怒鳴り合いを肴に、ドーナッツをハムハム食べ出した。


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